第4話 過去・1

「……あれは、十年前」

 神はそう言って、昔の話をゆっくりし始めた。



「ライカさまー!」

 名前を突然呼ばれ、ライカは驚いたように振り向いた。

 向こうから、顔がそっくりな幼い少女が二人、駆け寄ってきた。

「ねえねえ」とそれぞれが楽しそうに話す二人だが、泥で真っ黒になっており、ライカは思わず笑ってしまった。

「まあ、二人とも。そんなに真っ黒になって、何をしていたのですか?」

 そう言って、二人の手を取り「お風呂に行きましょうね」と一緒に歩んでいく。



「当時、ライカはお前たちの世話係もしていたんだ。良く面倒を見、教育をするライカと、お前たちの姿は、仲のいい親子みたいだと、天使たちからも評判だった」

 そこまで言うと、神はぐっと唇を噛み締めた。

「ただ……何の前触れもなく、突然状況が一変した。当時、天界の門の守護者をしていたリナが、ボロボロの状態でオレたちの前にやって来たんだ」



「神様!大変です!」

 リナの叫び声に、神とライカはぎょっとした表情で彼女を見た。

「傷だらけではないですか!どうしたのです!?」

「す、すみません。魔王が来たので、足止めをしたのですが……力ずくで突破されてしまいました。もうじき来ると思うので、逃げてください」

「なんですって!?」

 リナの報告に、ライカは思わず声を荒げたが、すぐにリナへと駆け寄った。

「まずは、報告ありがとうございます。あなたはすぐに手当てを」

「……ライカも、エルエとナルハを連れて、先に行け」

 神がライカに声をかけるが、彼女は振り向き、口を開いた。

「いえ。むしろ、神様が二人を連れて逃げてください。魔王は私が止めます!」

「何を言って……っ」

 神が思わず声を荒げそうになったところで、物凄い音を立てて扉が開いた。

「まあっ!逃げるとか仰らないで?別に、喧嘩を売りに来たわけじゃないのよ。ちょっと、お話をしに来ただけなのだから」

 そう、楽しげに言いながら部屋に入ってくる魔王に、ライカは思わず怒鳴りそうになったが、二人の間に入るように神が立ち塞がった。

「その割には、随分強引だな。何の用だ、魔王」

 魔王を見据えて言う神の姿を見て、魔王は口角を上げた。

「ふふっ。ねえ、あなたにお願いがあるの。聞いてくれるかしら?」

「……聞くだけ、ならな」

 訝しげに言う神を見ながら、魔王は「まあ、意地悪」と言いながらも楽しそうに笑みを濃くしていく。

「実はね、魔界の門の守護者の後任が見つからないのよ」

 そう肩を下げながら言う魔王だったが、すぐに神を通してライカや双子に視線が向けられた。まるで、獲物を捕らえたような視線に、ライカは思わず二人を抱き寄せた。

「だ、か、ら。そこの双子ちゃんのどちらかを魔界にくれないかしら?」

 その言葉に、神の周りの空気が急に変わった。完全に怒っているようで、彼女の周りの空気がパチパチと爆ぜた。

「……断る。と、言ったら?」

 冷たい声で答える神の言葉を聞いて、魔王は一層と笑みを浮かべる。

「そうねぇ。それならそれで、この場で天界を滅ぼしてやるわ」

 楽しそうにけらけら笑いながら答える魔王に釣られるように、神も満面の笑みを浮かべた。

「ははっ。相変わらずぶっ飛んでるな」

 お互い、笑みを浮かべながら相対するが、どちらも目が笑っていない。

 やがて、少しの間を置いた後、神は笑顔を消すとすぐに、怒り狂ったように大声を上げた。

「バッカじゃないか!?はい、そうですか。なんて簡単に了承できることだと思ってるのか!?」

 その怒声を聞いた魔王も、ぴくりと眉を動かすと、思わず声を荒げた。

「話を聞いてくれるって言うから、話しただけでしょ!?」

「オレは聞くだけ、って言ったけどな!?」

「何よ!屁理屈な奴ね!」

 突然、低次元の口喧嘩を始めた二人を見て、ライカは一歩前へ出た。

「ちょ、ちょっと二人とも。子供たちの前ですし、まずは冷静になってください」

 苦笑いを零しながら、二人の間に入ろうとしたライカだったが、二人揃ってライカをキッと睨んだ。

「黙ってろ、ライカ!」

「黙っててちょうだい!」

 折角止めようと思ったライカに、思わず怒声を上げたが、それを聞いたライカは、にこりと微笑んだ。完全に目が笑っておらず、二人は「ヤバい」と悟ったが、時すでに遅く。

「まあっ!とんでもなく大きな子供がいたものですね。二人揃ってお説教されたいのですか?よろしいんですよ。今すぐそこで正座になってください。さあ!ほら!早く!」

 その激怒ぶりに、神も魔王も「ご、ごめんなさい……」と小さくなる。最早、どちらが上かわからない状態に、後ろで様子を見ていたリナは、子供に見せちゃいけないと思い、双子の視線を逸らしていた。

 ライカは一度咳払いをすると、話を続けた。

「まずは、魔王。私たちは双子を引き離す訳にはいきません」

「なっ、なんでよ!?門の守護者が必要なのは、あなただって理解しているでしょう!?」

 魔王の言葉に、ライカはまっすぐ見つめ返すと、俯いた。

「……あなただって、わかっているでしょう?姉妹を引き離すということは……」

「ライカ!」

 ライカが言い終わる前に、神が彼女の言葉を遮る。

 ライカはそこで口を噤んだが、魔王は何を言おうとしたのか理解したようで、ギリッと奥歯を食いしばった。

 その様子に気付きながらも、神は魔王を見据えて話を続けた。

「本当に……魔界には、後継者がいないのか?」

「確かにカネアはいるけど……あの子の力では、門の守護者は務まらないでしょうね」

 そう言うと、魔王はそのまま双子へと視線を送った。

「カネアと比べてしまうと、あの子たちの力は完璧だわ」

 その視線に釣られるように、神も双子を見つめた。

「……ナルハ、おいで」

 神がぼそりと呟くと、呼ばれた少女はゆっくりと神の方へと歩みだした。

「っ!!神様!?」

 ライカが思わず声を荒げるが、神はすっと左手を上げて黙らせた。ライカはぐっと歯を食いしばる。

「二人の記憶は消す。その方が幸せだろう。あと、魔王。これだけは忘れるな。二人を今後会わせるつもりはない。だから、記憶を戻させるようなこともするな。門の守護者になるのなら、尚更。古の伝承を忘れるな」

 淡々と言い放つ神の言葉に、魔王はすっと表情を消す。

「わたくしは、あんな伝承信じてないのだけれど……わかったわ。同意するわ」


 そして、幼い双子は、お互いの記憶を消された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る