第132話 冒険者ジル、最大の冒険04

みんながワイバーンの解体をしている間。

ほんの少し抜けさせてもらって、さっそく周囲を浄化する。

周辺の空気は一気に軽くなったが、やはり遠くに引っ掛かりを覚えた。

(やっぱり…)

と少し暗い気持ちになる。

そこへ、

「ジル。ちょっとここ手伝って!」

とアイカの明るい声が聞こえてきた。

「うん。すぐ行く」

と答えてみんなに駆け寄る。

そして、私は一瞬暗くなった気持ちを、

(大丈夫。みんながいればなんとかできるわ)

と前向きに切り替えて、解体の作業を手伝った。


昼頃。

「よっしゃ!とりあえずお肉は取れたね!」

とアイカの明るい声がして、一塊の肉を取り出す。

「さっそく食べよう!もう、お腹ぺこぺこだよ」

とアイカに催促されて、私たちはさっそく昼の準備に取り掛かった。


やがて、

「肉だ、肉!」

と嬉しそうな笑顔で同じように肉を一塊抱えたガンツのおっさんたちもやって来て、さっそく焼肉にする。

「うっめぇー!」

「うん。最高っ!」

とガンツのおっさんとアイカが単純な感想を述べると、

「うふふ。口どけのいい脂がたまらないわ」

「ええ。それにこのうま味と甘味。最高ね」

とサーシャさんとユナがちょっと大人の感想を述べた。

ベルとアインさんは無言だが、感動を噛みしめているようだ。

私は、そんなみんなの様子が嬉しくて、

「さぁ、どんどん食べて。あ、お米はそれだけしかないから注意するのよ」

と、まるで母親のようなことを言いながら肉を焼いていく。

気が付けば先ほどまで戦場だった場所に笑顔が溢れていた。


それぞれが満足いくまで肉を食べ、

「ふぅ…。思わず食い過ぎてしまったな」

とアインさんが苦笑いを浮かべる。

私も苦笑いを浮かべつつ、

「とりあえず、お茶を飲んだら移動しましょう」

と言って、みんなの分のお茶を淹れた。


しばらくして全員の胃が落ち着くとさっそく移動を開始する。

今日の所はこの草原の端まで移動することにした。


草原を抜け、適当な場所で野営の準備に入る。

私は何となくわかっているが、念のため魔素の流れを読んでみた。

「どうだ?」

と聞くアインさんに、

「予想通りよ」

と地図で何となくの位置を指し示す。

「目撃のあった地点まではまだもう少しあるか…」

と言って、顎に手を当てるアインさんに、

「ええ。どうやらもうひとヤマありそうね」

と答えると、アインさんは、

「はぁ…。どうやらとんでもないヤマに手を出しちまったみたいだな」

と冗談めかしてそう言った。

そんなアインさんに、

「うふふ。でも楽しいわね」

とサーシャさんがやや呑気な声を掛ける。

「ん?ああ。なにせ冒険者だからな」

とアインさんが苦笑いで答えると、ガンツのおっさんが、

「がははっ。まったく。因果な商売だぜ」

と豪快に笑いながら楽しそうにそう言った。


やがてユナが作ったワイバーン肉入りのピラフが出来上がり、みんなガツガツと食べ始める。

私たちの間に、緊張感はあっても悲壮感は無い。

私も、

(大丈夫。なんとかなるわよ。いえ。なんとかしてみせる)

と密かに気合を入れなおしながら、その絶品のピラフを頬張った。


翌日は移動に充てて、あくる朝。

昨日、しっかりと位置を確認した淀みに向かって進んで行く。

今回の淀みは大きい。

しかし、あまり不安は無かった。

おそらくここまでの冒険でそれぞれがお互いの実力を認め合った結果だろう。

この7人ならたいていのことはなんとかなる。

少なくとも私はそう感じていた。


やがて淀みの中心という所で、先頭を行っていたガンツのおっさんの足が止まる。

「…おいおい」

とつぶやくと、私たちを振り返り、

「こいつぁ、すげぇぜ」

と言って、誰が見ても大物だとはっきりとわかるその痕跡を指さした。


「なんだと思う?」

とアインさんに、

「…ミノタウロス」

と答える。

すると、アインさんが、

「ふっ」

と不敵に笑った。

「相手にとって不足はない。行くぞ」

という声とともに進んで行く。

そして、相手の影が見えた時、

「行くわよ!」

と私が叫んで辺り一帯を一気に浄化しにかかった。


「グオォォッ!」

と怒りの声を上げながらミノタウロスが突っ込んでくる。

2匹。

その攻撃をまずはガンツのおっさんとアイカがなんとか受け止めた。

サーシャさんとユナの魔法が飛ぶ。

そして、アインさんとベルが同時に突っ込んでいった。

私はその様子を見ながら、浄化に集中する。

淀みは大きく深かったが、自分の中で聖魔法を循環させるようにして、丹念に辺りの淀みを消していった。

(…もう少し)

そう思って、さらに集中力を増す。

私の目の前では、みんなが私を守るように戦ってくれていた。

サーシャさんの魔法がミノタウロスの硬い体を貫き、アインさんが脚の辺りを確実に削っていく。

ユナとベルもそれに倣って確実に相手の動きを封じていた。


(いける!)

そう思って私も一気に魔力を地脈に叩き込む。

すると辺り一帯に広がっていた青白い光が一層強さを増し、

「グオォォッ!」

とミノタウロスが苦しげな声を上げた。

立ち止まった相手にサーシャさん、ユナ、それぞれの魔法が飛ぶ。

それぞれ、足を狙ったようだ。

ただでさえこれまでのアインさんとベルの攻撃で傷ついていた足にその攻撃を受けて、ついにミノタウロスが膝をついた。

ガンツのおっさんとアイカがそれぞれにデタラメに振り回される相手の攻撃を的確に防いでいく。

そして、その手に持ったメイスが腕や腹の辺りに次々と叩き込まれていった。

ミノタウロスの動きが徐々に緩慢になり、がら空きになった首筋をアインさんとベルが必殺の一撃で斬り裂く。

そして、そこで勝敗は決した。


2匹のミノタウロスがほぼ同時にドサリと音を立てて倒れ込む。

私たちはそれぞれにまずはお互いの健闘を称えあった。

「なかなかやるようになったじゃねぇか」

「あはは。ガンツのおっさんほどじゃないよ」

「けっ。だからおっさんは余計だっつってんだろうが」

とガンツのおっさんとアイカが会話を交わし、ユナとサーシャさんもそれぞれに、

「うふふ。上手になったわね」

「いえ。サーシャさんに比べたらまだまだよ」

と言って嬉しそうに微笑んでいる。

アインさんとベルは、

「やったな」

「ええ」

と短い言葉を交わして、固い握手を交わしていた。

私もその輪の中に入っていく。

そして、アインさんと、

「助かった」

「ううん。こっちこそ」

と短い言葉を交わすと、軽く手と手を合わせた。

「やったね!」

「相変わらずすごい魔法だったわよ」

「ええ。おかげで楽だったわ」

と言うみんなとそれぞれにハイタッチを交わす。

そして、サーシャさん、ついでにガンツのおっさんともハイタッチを交わすと、

「じゃぁ、さっそく魔石の剥ぎ取りとお洗濯ね」

と冗談を言って、笑顔でその作業に取り掛かった。


やがて、作業が終わると、

「今日はゆっくり休もう」

というアインさんの提案で、その場で早々と野営の準備に取り掛かる。

ミノタウロスはもったいないと思ったが、どのみち、こんな奥までは誰も回収に来られないだろうというアインさんの判断でその場で燃やすことにした。

黒焦げになったミノタウロスの側でワイバーンの肉を焼く。

(なんだかすごいことしてるわよね…)

と心の中で苦笑いしながらも、今日のみんなの活躍を思って少し厚めに切って豪華なステーキを焼き上げた。


割と大ぶりに切ったつもりの肉をぺろりと平らげるガンツのおっさんとアイカ、そしてアインさんとサーシャさんを見て、少し圧倒されながらもその貴族様でも滅多にお目に掛かれない極上のステーキを美味しくいただく。

そして、食後のお茶を飲むと、さっそく魔素の流れを読んでみた。

いつものように丹念に探っていく。

すると、疑いようもないほど大きな淀みがあるのをはっきりと感じた。

(…ちょっと、なにこれ)

と、唖然としながらみんなにそのことを伝える。

当然のようにみんなの顔が一瞬にして引き締まった。


「そんなにか?」

というアインさんに、

「ええ。残念ながらね」

と言いつつ、その淀みを感じた場所を示す。

やはり、その淀みは目撃のあった地点を中心に広がっているようだった。

「まぁ、なるようになるさ」

とガンツのおっさんが呑気なことを言う。

普段ならみんながジト目で見るかツッコミを入れているところだろうが、今回ばかりはその気楽さが逆に頼もしく思えた。

「そうね」

と返して、みんなに視線を向ける。

すると、みんなも苦笑いでうなずいて、その日はゆっくりと体を休めた。

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