第91話 エリシア共和国へ04

翌朝。

前日よりも少しだけ足を速めて森の奥を目指す。

みんなのやる気が伝わってくるようだ。

そのことを嬉しく思いつつも、気を引き締めて進み、昼頃、魔素の流れを読むためにいったん小休止を取った。

さっそく流れを読む。

すると、まだ遠いがはっきりと魔素の淀みがあるのが感じられた。

(大きい?…いや、どちらかというと深いって感じかしら…)

と思いつつみんなにそのことを告げ、進む方向を指し示す。

するとみんなの顔つきが変わった。


ゆっくりとうなずき合い、そこからは慎重な足取りで進む。

慎重に辺りの気配に気を配りながら進んで行くと、やがて空が赤く染まり始めた。

「今日はずいぶん進めたし、あまり無理をせずこの辺りで野営にしましょう」

という私の言葉にみんながうなずいて、野営場所を探し始める。

今のところ、辺りに変な空気の重たさは無い。

しかし、それでも油断できない地域にいることに間違いはないということは全員わかっているから、慎重に開けた場所を選び、手早く設営に取り掛かった。

夕食は簡単にサンドイッチと粉スープで済ませる。

その日はやや緊張のうちに夜を迎え、私たちは短い時間で交代しながら体を休めた。


翌朝。

夜明けとともに行動を開始する。

前日にも増して緊張感が高まる中、私が魔素の流れを読むと、昨日よりもはっきりと淀みの中心を捉えることが出来た。

「あっちね」

と方角を指さし、みんなで慎重に進んで行く。

まだはっきりとした空気の重たさは感じないものの、ここからは何が起きても不思議じゃない。

みんながなんとなくそんな感覚を持っているように思えた。


やがて、昼を少し過ぎたところで、先頭を歩いていたユナの足が止まる。

ユナは私たちを手で制し、

「狼かしら…」

とつぶやいた。

私も辺りを注意深く見てみるが、ユナの言う通り、微かに痕跡が残っている。

どうやら狼の魔物の縄張りの中に入ってしまったらしい。

「見た感じ大きな群れじゃないわね」

というベルの言葉に、アイカが、

「慎重に相手をすれば大丈夫そうだね」

と言ってうなずき、私も、

「気を引き締めていきましょう」

とみんなに声を掛けた。


痕跡を辿っていく。

すると、空気にやや重たさが混ざり始めた。

「近いわね」

私がそうつぶやくと、みんながうなずく。

私はその表情と状況をみて、

「ねぇ。例の聖魔法の検証。してみてもいいかな?」

と声を掛けた。

みんながしばらく考え、まずはベルが、

「この群れは小さいみたいだし、私たちジルを守りながらでもなんとかなる…。そうじゃない?」

とみんなに確認するような感じで聞く。

すると、アイカが、

「そうだね。私はいけるよ」

とうなずき、ユナも、

「ええ。私もアイカと一緒にジルの護衛につくのなら問題ないわ」

と答えてくれた。

「じゃぁ、決まりね」

とジルが言って、例の検証をするという方針が決まる。

そして、私たちはそれぞれにうなずき合うと、少しでも有利な場所を探して移動を開始した。


やがて、倒木で少し開けた場所に出る。

「じゃぁ、いくわね」

と声を掛けてみんながうなずくのを見てから私は薙刀を地面に突き刺した。

ゆっくりと魔力を流していく。

慎重に流れを読みひとつひとつの淀みを解きほぐすように地脈の流れを整えていった。

浄化が進むにつれて周囲の空気から重たさがなくなっていく。

やがて、やや離れた場所から、

「ワオォーン!」

と声がした。

みんなの顔に緊張が走る。

しかし、結局狼が私たちを襲ってくることは無かった。


浄化が終わり、私がみんなに向かってうなずく。

すると、みんなもうなずいて、先ほど声がした方へと向かっていった。

しばらく歩き、周囲の痕跡がはっきりしてきた頃。

先頭を行っていたアイカが、

「見て!」

と言って先の方を指さしながら私たちを振り返った。

よく見ると、そこには5、6匹の狼が横たわっている。

まだ息はあるようだ。

しかし、いかにも苦しそうで息をするのが精一杯という様子だった。

「念のためトドメを刺そう」

とアイカが言って、さっそく私たちはほとんど動けなくなっている狼たちにそれぞれトドメを刺していく。

私は魔物相手とは言え、なんとも言えない罪悪感を持ってしまった。


(なに考えてんのよ)

と自分の甘さを否定する。

しかし、みんなも同じように思ったらしく、

「なんだかちょっと申し訳ないような感じがするね」

「ええ…」

「でも、必要なことよ」

と、それぞれ感想を口にした。


「でも、これではっきりしたわね」

とベルが言うのに私も含めて全員がうなずく。

この状況から見て、おそらく狼たちは聖魔法を受けて弱体化したんだろう。

今、そのことの結果がはっきりと私たちの目の前に横たわっていた。


「今回の浄化はこれで終わり?」

とベルが聞いてくる。

私はその質問に対して首を横に振ると、

「もう少し奥に深い淀みがあるみたい」

と答えた。

「了解。じゃぁ、今日はもう少しだけ進みましょうか」

というベルの言葉にみんながうなずくのを見て、まずは手早く魔石を取り出す。

剥ぎ取り作業を簡単に終わらせると、私たちはまたほんの少し奥を目指して歩を進めた。


その日の夜。

食後のお茶を飲みながらみんなで今日の感想を少し話し合う。

「いやぁ…。それにしてもすごかったね」

とアイカがやや苦笑いを浮かべて言うのに、私が、

「ええ。私もびっくりしてるわ。多少弱くなる程度かと思ったけど、ここまでとは…」

と苦笑いで返す。

しかしそこに、

「でも、ちょっと心配な点もあるんじゃないの?」

とベルが私に話を向けてきた。


私はその問いにうなずきながら、

「ええ。おそらく弱体化は魔物の強さによって変わるっていうのがひとつね。あのオークの時、オークは確かに弱っていたけど、それでも十分な脅威だった。それを考えると、魔物の強さによっては多少弱体化させたとしても油断はできないってことになるわ」

とまずは思いついた可能性を答える。

その意見にみんながうなずき、今度はユナが、

「あとは、ジルの護衛の問題ね」

と言ってきた。


確かに、浄化中私は無防備になる。

今日のように狼程度だったらなんとかなるかもしれない。

しかし、それがもしオークだったら?

ゴブリンでもジェネラルみたいな強い個体がいたり数が多かったりしたら?

そう考えると私は少し恐ろしさを感じた。

隙を突かれてしまえば、私は一気に危険になる。

つまり、あの聖魔法で魔物を弱体化させるという方法も無敵ではないし、作戦や相手の強さによっては失敗することだってあり得るということだ。

そう考えて私は、

「…まだもう少し検証してみないといけないわね。過信は禁物よ。それに作戦も十分に練らないと、強い魔物相手ではまだ危ういわ」

と、みんなに真剣な目を向けながらそう答えた。


その視線と言葉にみんなもうなずき考え込むような仕草を見せる。

おそらくそれぞれに作戦を考えているのだろう。

私もそれについて、少し考えを巡らせてみた。

狼程度ならおそらく私が浄化をしている間、ユナが私の側から弓を放ち、アイカが私とユナの護衛、あとはベルに前衛を任せてそれでいい。

しかし、オークや数の多いゴブリンの場合はどうだろうか。

ある程度地形的な条件が許せば最初にユナの魔法も使えるだろうし、私が上手く隠れて最初に浄化を済ませてしまえば行けるかもしれない。

だが、ユナの魔法がまったく使えなかったら?

私が浄化を終わらせる前に相手に気取られたら?

そう考えるとなかなか上手い作戦が思いつかない。

しばらくの間沈黙が流れる。

その時、

「結局、まだまだってことかぁ…」

とアイカがつぶやいた。


みんなの視線がアイカに集まる。

すると、アイカは少し慌てたような表情になりながらも、

「あの、えっとね。結局、私の守りがもっと硬ければジルは浄化に専念できるだろうし、ユナも、例えばもっと狭い所で使える魔法があれば効率のいい作戦が考えられるじゃん?だから、結局私たちの実力が足りなくて作戦の幅が狭くなってるってことなんじゃないかなぁと思ったんだけど…」

と自分の考えをまとめて話してくれた。

私はその言葉を聞いてハッとする。

(確かにそうだ。私の場合、浄化をしている時に無防備にならないってのは、無理。でも、浄化を早く出来るようになったら少しは違うわよね?それに、ベルももっと剣を磨けば…)

そう思い至った私は、アイカと同じように、

「そうね…。まだまだってことよね」

とつぶやいた。


「ああ、でもこれからっていうことでもあるよね?まだまだこれからだって感じでさ」

とアイカがアイカらしい前向きな言葉を口にする。

私はまたその言葉に気付かされて、

「そうね。私たちまだまだこれからよね」

とあのセリフを口にした。

その言葉で、ユナとベルの顔にも少し明るさが戻る。

「そうね。まだまだこれからよね」

「ええ。もっと精進が必要ってことね」

とそれぞれ前向きな言葉を発してくれた。

私はその言葉がなんとなく嬉しくて、

「ええ。これからも一緒に頑張りましょう」

と声を掛ける。

「うん。そうだね!」

「ええ!もちろんよ」

「そうね。一緒に頑張りましょう」

とアイカ、ユナ、ベルが答えて、今度こそ私たちの表情に笑顔が戻って来た。


温かい焚火の火にみんなの笑顔がほんのりと照らされる。

その明るい表情を見ながら、私は、

(そうね。私たちはまだまだこれからよ)

と、もう一度、いつもの言葉を胸の中でつぶやいた。

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