第90話 エリシア共和国へ03

翌朝。

宿を出て市場で適当なサンドイッチを買い、

(ん!?さすが本場ね。チーズとハムの美味しさが違うわ…)

と感動しながらギルドへ向かう。

昨日は夕方であまり残っていなかった依頼の状況を確認すると、そこに大きなダチョウ、モアの魔物の討伐依頼があった。

残念ながら今回向かう森とは違う場所だが、

(こんな大物の依頼も出てるなんて…)

と、少し暗い気持ちでその掲示板を見つめる。

すると、そこへ、

「あ!おはよう、ジル!」

という元気な声がかけられた。

「おはよう、アイカ!」

と言って振り返ると、みんながそこにいて、

「おはよう。ジル。私たち、昨日、ちょっと遅くに着いたの」

というベルにも、

「おはよう。私は昨日の夕方前に着いたから、ちょっとゆっくりさせてもらってたわ」

と返す。

「うふふ。早く会えてよかったわ」

と言うユナに、

「ええ。今回もよろしくね」

と挨拶をすると、さっそくギルドへ到着の報告に行くみんなを少し待ってから、一緒にギルドを出た。


「さて、どうしましょうか?」

と言うユナに、

「みんな疲れてない?」

と聞くが、

「大丈夫。昨日はゆっくり休んだから」

と言ってくれたので、

「じゃぁ、買い物を済ませたらさっそく出ましょうか?」

と提案する。

「了解!」

というアイカの言葉にみんなでうなずいて、市場に食材を買い足しに向かった。

このメイエンから目的地、ハイン村まではおよそ5、6日。

途中には宿場町もあるようだが、おそらく野営も挟むことになるだろうという見立てで食料を調達していく。

そこで、昨日ラクレットを食べたという話をすると、

「もう、抜け駆けなんてずるい!」

というアイカの抗議を筆頭にみんなから羨ましがられた。


「あはは。ごめん、ごめん。冒険が終わったらみんなで食べに行きましょう」

と言ってその場を収める。

そして、本場ならではのチーズや加工肉をわりとたっぷり買い足してさっそくみんなと一緒に馬房に向かった。


それぞれの馬に乗りさっそく門をくぐる。

しばらくは大きな街道を商人の馬車に混じって割とのんびりと進みやがて、裏街道に入った。

ハイン村へはこの裏街道を行くのが一番早いらしい。

途中、宿場町が少ないから行商人は避けているようだが、野営に慣れている私たちには何の問題ものない。

私たちは牧場や果物畑が広がるのんびりとした風景の中を軽い足取りで進んでいった。


順調に進むこと5日。

ハイン村の手前にある小さな宿場町に入る。

時刻はまだ午後。

無理に野営を挟んで進めないこともないが、最後の食料の調達やギルドでの情報収集、ちょっとした休息も兼ねてその日はその宿場町に宿をとった。


まずはギルドに向かい、最近の状況について聞いてみる。

小さなギルドのことで、なんだかのんびりとした雰囲気のおじさんに話を聞くと、どうやら最近思わぬところで大物が出てくることが増えているんだそうだ。

幸い、森の奥の方だから村の生活に影響が出ているわけではないそうだが、牛の群れや山羊の群れがたまに出てくるらしく、新人には近づかないよう指示を出しているらしい。

そんな状況を聞いて、私たちはやや引き締まった表情でうなずき合うと、さっそく宿に戻っていった。

途中買い物を済ませ、宿で風呂を使わせてもらう。

その後は各自ゆっくりと時間を過ごし、夕食にいかにも山がちなこの地方らしい鹿肉のローストをいただくと、その日は早めに休んだ。


翌朝早く宿場町を発つ。

そして夕方前にはハイン村に到着した。

さっそく村長に挨拶に行き、その日の宿をお願いしつつ、最近の村の状況を聞いてみる。

するとやはり森の奥へは近づかないよう指示が出ているので、林業に影響が出始めているのと、果物の収穫量に変化が起こっているとのことだった。

私はその状況から、今回の冒険のことを思いやりつつ、みんなを残し村長の案内で祠へと向かう。

そして、いつものように浄化の魔導石にゆっくりと魔力を流していった。


(なにこれ…)

と少し唖然とする。

調整がひどい。

(こんな状況で良くほんの少ししか影響が出なかったわね…)

と思いつつ、丹念に調整していくが、思ったよりも時間がかかってしまった。

「どうでしたでしょうか…」

と不安げな顔で聞いてくる村長に、

「ああ、大丈夫でしたよ。ちょっと細かい所まで見ていたので、時間がかかってしまいました。しっかり調整しておいたので安心してください」

と作った笑顔で何とか答える。

そして、ほっとしたような表情を浮かべる村長と一緒に家に戻る道すがら、

「そう言えば、この辺りの薬草の生息地に詳しい人はいますか?」

と何気なく聞いてみた。

エリオット殿下からの依頼について、私も地図を頼りになんとなく探せないことはないが、地元に詳しい人がいるならそちらから聞く方が早い。

そう思って何気なく聞いてみると、どうやら村長がその辺りのことに詳しいらしく、帰ったらさっそく地図で説明してくれるという。

私はそのことに礼を述べつつ、村長宅へ戻り、さっそくその説明を聞いた。


村長によれば、カラコルの実もクルト草もこの時期なら森の奥に小さな群落を作っているだろうから、比較的見つけやすいという。

ただし、その見分けがつきにくいものも周辺に生えているから、とその紛らわしい物の特徴まで教えてくれた。

絵で見ると、たしかに紛らわしい。

カラコルの実については大きさが違うから、素人ならともかく私ならわかりそうだ。

しかし、クルト草は葉の形も大きさも良く似ている。

村長に見分けるコツを聞いてみると、一つは匂い、もう一つは葉の裏に白い産毛の濃さに若干の違いがあるそうだ。

(なるほど、その違いがわからないと苦労するわけだ…)

と思いつつ、村長に礼を言ってその日はみんなと一緒に温かい食事をとり、柔らかい布団でゆっくりと休ませてもらった。


翌朝早く、村長に見送られて森へ向かう。

長閑な風景の中を進み、森に入ると、その日は順調に進み、まだ村人によって適切に管理されている範囲の中で野営をすることにした。

「さて、お料理の時間ね」

と嬉しそうにいうユナに、

「せっかくだからチーズリゾットにしてみない?」

と提案してみる。

「難しそうだけど大丈夫かしら?」

というユナに、

「基本はトマトのリゾットなんかと同じよ。最後にチーズを入れるから塩味の調整はちょっと必要だけどね」

と軽く答えて、私たちはさっそく調理に取り掛かった。


時折ユナにコツを教えながら、米を炒め、煮ていく。

やがて、米が良い感じに仕上がりチーズを入れてリゾットが完成すると、アイカとベルよりも先にちょっとだけ味見をした。

「なるほど…。このチーズの味があるから、あそこで塩は控えめにしていたのね」

と感心したように言うユナに、

「ええ。チーズの味がわからない時は最後に塩を足してもいいから、最初は控えめにする方がいいの」

と、ちょっとしたコツを話す。

すると、設営が終わったアイカがこちらへやってきて、

「あ!抜け駆けしてる!」

と抗議してきた。

「ははは。味見よ、味見」

と笑って、さっそくみんなの分をお皿に取り分ける。

「はい。アイカの分は多めにしておいたからね」

と言ってアイカに少し大盛りのお皿を渡すと、

「やった!」

と無邪気に喜ぶアイカを見てみんなで笑った。


食事は和やかに進み、食後。

お茶を飲みながら、地図を広げ、簡単に打ち合わせをする。

「今回のもう一つの目的になっている薬草があるのがこの辺り。場所はわかるけど、量は少ないからちょっと探索が必要ね。だからまずは魔物をどうにかしてゆっくりと探しましょう」

という私の意見にみんなうなずいてくれた。

「その薬草って知り合いの人のためなんでしょう?たくさん採れるといいね」

と言ってくれるアイカの言葉にほんの少し胸が温かくなる。

「うん。とっても大切な友達のために必要なの」

と言うとユナが、

「まぁ、じゃぁ絶対に採って帰らないといけないわね」

と言って、やる気のある顔になってくれた。

ベルも、無言だけど、私に向かって真剣な顔で力強くうなずいてくれる。

私はそんなみんなの言葉にまた胸を熱くして、

「ありがとう」

とお礼を言った。


「うふふ。相変わらずまじめね」

と言ってユナが笑う。

アイカもベルも微笑んで私に、

「仲間じゃん!」

「ええ。仲間の友達は私の友達も同然だもの」

と言ってくれた。

その言葉に私は心の底から嬉しさを感じ、

「みんなよろしくね!」

と言ってみんなに笑顔を向ける。

するとみんなも、口々に、

「任せて」

と言ってくれた。

暗くなり始めた空の下、笑顔の花が咲く。

私は仲間の存在というものを本当に心強く思いながら、その日は温かい気持ちで体を休めた。

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