第87話 新しい春05
帰りは少し急ぎ足で村を目指す。
そのおかげでなんとか夕方のうちに無事村に到着した。
宿に戻った私たちはとりあえず荷物を置くとまずはお風呂に向かう。
きっちりと冒険の埃を落とし、いつものように、
「ふいー…」
と声を漏らしながらゆったりとした湯船に浸かった。
「いやぁ、すごかったね」
とアイカがまだ興奮冷めやらぬ様子で言うとユナとベルも、
「ええ。これならもっと強い相手でも苦戦しなさそうだわ」
「そうね。いつかあのオークに再挑戦してみたいわね」
と言って楽しそうな表情を浮かべる。
私はそんな楽しそうなみんなに、
「あはは。気持ちはわかるわね。でも、一番の目的は地脈の浄化と、例の聖魔法が魔物を弱体化させることができるのかっていう仮説の検証なんだから、それは忘れないでね」
と一応笑顔で注意をした。
「はーい」
とアイカがわざと子供っぽく返事をする。
その返事にみんなが笑って今回の冒険は笑顔で幕を閉じた。
オオトカゲの魔物の討伐が終わった翌日。
朝から村長に報告に行き、報酬を受け取るとさっそく王都への帰路に就く。
帰り道もまさしく意気揚々と言った感じでみんな明るく会話を交わしながら進み、気が付けば王都に辿り着いていた。
時刻は夕方前。
宿を取ってギルドに向かう。
無事に依頼を達成したことを報告すると、銭湯に向かい、旅の疲れを癒した。
「さて。どんなお店にしよっか?」
とアイカがさっそくご飯の話をする。
「うーん。ワイワイした感じの店がいいかしら?」
「そうね。なんだか楽しい感じのお店でパーッとやりたい気分だわ」
「ええ。こういう気分の時はガヤガヤしたお店で飲みたいわね」
そんな話をして、私たちは適当ににぎわっている店を探して大通りから一本入った飲み屋街へと足を向けた。
やがて、看板に大きくピザの絵が書いてある店を見つける。
「ここなんかどうかしら。なんだか楽しそうな雰囲気の店よ」
「よさそうだね。ピザなら外れも無さそうだし」
「私は新しいレシピの参考にしたいからここがいいわ」
「私も大丈夫よ。今日はビールの気分だったし」
「じゃぁ決まりね」
私たちはそう言うとさっそくその店の扉をくぐった。
明るくガヤガヤとした雰囲気の中、まずはビールを頼む。
「ねぇねぇ。たくさん種類があるみたいだけどどれにしようか?」
とワクワクした感じで聞いてくるアイカに、私が、
「うーん。そうね。私はまずこの店の看板っていうのを食べてみたいわ」
と答えると、ベルが、
「あ、それならこれじゃない?このトマトとチーズだけのやつ。ほら、一番大きく書いてあるし」
と品書きの一番上の部分を指さしておそらくこの店の看板商品であろうピザを教えてくれた。
「そうね。じゃぁそれは決定で。他は?」
と聞くと今度はアイカが、
「私このソーセージとジャガイモにマヨネーズたっぷりって書いてあるやつが気になる!」
と目を輝かせながら答える。
私がそのいかにもアイカっぽい選択に微笑んでいると、ベルが、
「私はアスパラとベーコンのかな?」
と定番のものを選ぶ。
そして、アイカが追加で、
「あ。こっちのチーズたっぷりのやつもいいかも!」
と、またいかにもなものを選んだ。
そして、最後にそれまで真剣に品書きを見ていたユナが、
「ん?チョコとマシュマロ?…デザートになるピザもあるのね。これは興味深いわ」
と言ってかなりの変わり種を選択する。
「ふふ。じゃぁ、それも頼みましょう」
と言って、私が店員さんを呼ぼうとしたところで、横からアイカが、
「あとは…」
とつぶやいた。
「「「まだ食べるの!?」」」
と他の3人の声が重なる。
その声にアイカが、
「あはは…。じゃぁ、食べ終わってお腹が空いてたら頼むことにしようかな…」
と少し恥ずかしそうにそう言って、注文が決まると、そこへお待ちかねのビールがやって来た。
ビールを持ってきてくれた給仕係のお兄さんに、注文を出してさっそくジョッキを合わせる。
「「「「乾杯!」」」」
という声がそろったところで、私たちはさっそくビールを喉に流し込んだ。
「「「「ぷっはぁ…」」」」
という声もそろってみんなが笑う。
やがて注文したピザがやって来ると、楽しい打ち上げが始まった。
「うん。このチョコとマシュマロのやつ美味しいわ。…でも、ビールには合わないわね」
というユナに、クレインバッハ侯爵家でチョコレートとブランデーを合わせていたことを思い出し、
「そう言えば、ブランデーのおつまみにチョコレートっていうのを経験したことがあるわ。…あー、でもピザにブランデーはないかぁ…」
と答えて私もどんなお酒が合うだろうかと考える。
すると、横からベルが、
「シードルなんてどうかしら?キリッとしてるから甘い物とも良く合いそうよ」
と言った。
「「それよ!」」
と、甘いピザに合うお酒の最適解がわかったところで、
「じゃぁ、次はエリシア共和国かな?」
とアイカが言った。
私も含めた3人が「?」という顔になる。
そんな私たちを見て、アイカが、
「もう、シードルっていったらエリシアじゃない。まぁ、チョコレートのピザは無いかもだけど、チョコレートならちょっと高い店に行けばあるだろうし、その組み合わせも楽しめるんじゃない?」
と、少しドヤ顔でそう言った。
そんなアイカの話を聞いて、私は、
(たしか、あの国のお酒と言えばシードルよね…。でも確か他にも…)
と昔本で読んだ記憶を思い起こす。
そして、私が、
「なるほど…。いいわね。あの国には確か蒸留酒もたくさん種類があるって本で読んだことがあるわ。ブドウだけじゃなくて、リンゴにミカン、サクランボのお酒もあるらしいわよ。なんとなくだけど、甘い物とお酒って組み合わせには事欠かなさそうね。…うーん、教会長さんが上手いことあの国の依頼を持ってきてくれないかしら?」
と言うとみんなが、
「あはは。いかにもジルらしい意見だね」
「そうね。いかにもだわ」
「うふふ。ジルって本当に呑兵衛さんよね」
と言って笑った。
「えー。なによ、それ」
と、ちょっとだけふてくされた真似をする。
そんな私をまたみんなが笑って楽しいお酒の席がさらに盛り上がった。
翌朝。
みんな揃って王都の門をくぐる。
たくさんの旅人に混ざって楽しく街道を進んだ。
やがて、街道の分かれ道に差し掛かると、
「じゃぁ、ここでいったんお別れだね」
というアイカに、
「ええ。空き家の件は見つかり次第連絡するわ」
と答えて握手を交わす。
「うふふ。楽しみね」
「ええ。私も」
と楽しそうな顔をするユナとベルにも、
「私も楽しみにしてるわ」
と答えて握手を交わした。
それぞれがそれぞれの道を行く。
私はいつものように裏街道へ入りチト村を目指した。
(ふふっ。帰ったら忙しくなるわね。さっそく村長に空き家を紹介してもらって、必要なら手を入れなきゃいけないし…)
と考えながら笑顔でエリーの背に揺られる。
たぶん私の楽しい気持ちが伝わったんだろう。
エリーが、
「ぶるる」
と鳴いて、少し足を速めた。
「ふふっ。エリーもご機嫌ね」
と言って首筋を撫でてあげると、またエリーが、
「ぶるる」
と楽しそうに鳴いた。
細い裏街道の道の脇に咲いた何かの赤い花が春風に揺れている。
私もその春風を全身で感じながら気持ちよくエリーを進ませた。
(これからよ)
と、いつもの言葉を胸の中でつぶやく。
きっとこれからチト村での生活も冒険も楽しくなるだろう。
それに大きな使命もあるからやりがいは十分だ。
私はこれからのことを思って、
(このまま真っすぐ進めばいいのよ)
と自分自身に言い聞かせるようにまた胸の中でそんな言葉をつぶやいた。
私の目の前には真っすぐに伸びた道が続いている。
そんな景色に私は自分自身の、みんなとのこれからを重ね合わせた。
(楽しくなりそうね)
と胸の中でつぶやき、微笑みを漏らす。
今度はエリーが、
「ひひん!」
とさらに楽しそうな声で鳴いた。
「ふふっ。エリーも楽しみなのね」
と言って首筋を撫でてやると、エリーが嬉しそうに脚を速める。
軽やかな風に乗って足取りも軽く進む道の先には、春の陽気をたたえた真っ青な空だけが広がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます