第67話 辺境へ02
森へ入ってから半日ほど進み、昼の休憩を終えたところでさっそく魔素の流れを読む。
慎重に流れを読んで行くと、まだずいぶんと先の方ではあるが、淀みがあるのが確認できた。
「あっちね」
と淀みのあった方向を指さしながら、ユナが広げた地図に目を落とす。
そして、
「たぶんこの辺りよ」
と前回よりも具体的に範囲を特定して指し示した。
それをみて、ユナが、
「ずいぶん具体的にわかるようになったのね」
と少し驚いた顔を見せる。
「ええ。これのおかげね」
と私は新しい薙刀を軽くポンと叩いてほんの少しドヤ顔でそう言った。
「あはは。楽ちんで助かるよ」
とアイカがなんとも能天気に笑う。
ベルも、
「ええ。より効率的に進めるようになったわね」
と、嬉しそうに微笑んだ。
緊張した雰囲気の中に一瞬の和やかさが生まれる。
私は、そんな雰囲気を心地よく感じて、
「さぁ、行きましょう」
と明るく声を掛けると、先頭に立ってさらに森の奥へと進み始めた。
そのまま順調に進み、陽が沈みかけてきたのを見て野営の準備に取り掛かる。
荷物から野営道具を取り出しながら、
「いやぁ、けっこう進めたね」
とアイカが感心したような声を上げた。
たしかに、今までよりも2、3時間分は遠くまで進めているようだ。
「ジルのおかげね」
と言うベルに、
「これのおかげよ」
と、また薙刀をポンと叩いて、今度はやや苦笑いで答える。
そんな私たちに、ユナが、
「うふふ。とりあえずご飯にしましょう。明日からは行動食が多くなっちゃうだろうし、ちょっとでも温かい物を食べておきたいわ」
と声を掛けてきたのをきっかけに、私とユナはいつものように料理の支度に取り掛かった。
やがて、夕食のポトフを食べ終わりお茶にする。
私たちはお茶を飲みながら地図を広げて再度明日の行程を確認することにした。
私は淀みがあると思しき地点の端の方を指さしながら、
「明日は淀みがあるところのギリギリまで進みましょう。運が良ければ一気に浄化できるわ」
と提案してみる。
その提案を聞いて、アイカが、
「…ってことは、魔物と戦わなくてもいいってこと?」
と聞いてくるが、私は首を軽く横に振り、
「いえ。それとこれとは別ね。ただ、万が一私たちの手に負えないようなものが出て来て撤退しなくちゃならなくなったとしても、最低限の仕事は済ませて帰ることができるってことになるわ」
と少し残念そうにそう言った。
みんなしばし考え込む。
そして、ユナが、
「なるほど。じゃぁ、今回は撤退戦のことも考えておかないといけないわね」
とつぶやいた。
すると、そのつぶやきを聞いたベルが、
「ええ。…ただ、村まで引き連れて行くわけにはいかないから、どこか途中で巻くことができるような場所に見当をつけておきましょう」
と、いざという時に退避する場所を決めておいたほうがいいだろうと提案する。
みんなその提案にうなずいて、また地図に目を落とした。
やがて、
「あ。この辺りなんてどうかしら?見通しのいい林だけど、大きな岩が点在しているから身を潜める所はありそうだし、いざという時も森の中で持久戦に持ち込むよりは良さそうよ」
とユナが言い、
「うん。なんか良さそう」
「いいわね。じゃぁ、撤退戦になった場合はそこを目指しましょう」
とアイカと私はその意見に賛成する。
そして、ふとベルに目を向けると、ベルもうなずいて、
「ええ。殿は任せて」
と言ってくれた。
撤退戦の殿は一番厳しい役目だ。
押し付けたくはない。
しかし、その役目に最も適しているのはベルだろう。
そのことはみんなわかっている。
それでも、一番大変な役割をベルに押し付けているような気持ちになってしまった。
すると、そんな雰囲気を察したのだろう。
ベルは、慌てたように手を顔の前で振りながら、
「だ、大丈夫よ。これでも、小さい頃から鬼ごっこは得意だったんだから」
と私たちを宥めるような言葉を掛けてきてくれる。
その言葉に、私たちはついついくすりと笑ってしまって、
「それなら安心ね」
「ええ」
「あはは!まぁ、そんなことにならないようにきっちり倒しちゃおうよ!」
と明るい声で答えた。
やがて、明るい雰囲気のまま最初の見張りをアイカに任せて残りの3人は各自体を休める。
私もブランケットに包まり、
(大丈夫。なんとかなるわよ)
と、自分に言い聞かせるように心の中でつぶやいて、そっと目を閉じた。
翌朝。
適度な緊張感の中、簡単なスープとチーズを挟んだパンで朝食を取り、さっそく出発する。
進むべき方向と目指す場所までがわかっているのだから昨日同様、順調に歩を進めていった。
やがて、夕方前。
そろそろ淀みの中心に近い所まで辿り着く。
私はどうしようか迷ったが、
「いざという時のことも考えて、浄化は明日にしましょう。この時間に万が一藪をつついて蛇をだしちゃったら大変なことになっちゃうから」
と、ここでいったん野営を挟むことを提案した。
「そうね」
というユナの言葉に、みんなうなずいて、野営の準備に取り掛かる。
そして、緊張感の中交代で休み、私たちは明日に備えた。
再び迎えた朝。
手早く準備を整え、地図を確認しながら、ギリギリまで進む。
そして、そろそろ淀みの中心に近いだろうと言う場所で私は足を止めた。
「ここでいったん浄化するわ」
とみんなに声を掛けて薙刀を地面に突き立てる。
そして、一度深呼吸をすると、ゆっくり魔力を流していった。
淀みが深い。
まっさきにそう感じた。
(ちょっとこれは時間がかかるかも…)
そう思いつつも、これまで通り慎重に魔素の流れを整えていく。
絡まった地脈を解きほぐし、滞っていた流れが細部にまで行き渡るように丁寧にしていくと、やがて辺りに漂っていた重たい空気が澄んでくるのが分かった。
そして、そろそろいいだろうと言う頃。
私が浄化していた淀みの中心付近から、
「ブオォォッ!」
という醜い声がするのが聞こえた。
一瞬で、私たちに緊張が走る。
「…オーク」
と私がつぶやくと、私たちの緊張はさらに高まった。
「とりあえず様子を見てみよう」
と、意外にもアイカが冷静な声を掛けてくる。
私たちはそれにうなずくと、森の中を慎重に、敵に覚られないようにそっと淀みの中心を目指して進んでいった。
遠くに影が見える。
オークだ。
数は2。
しかし、様子がおかしい。
なんだから、うずくまっていて苦しそうだ。
私たちは顔を見合わせてうなずき合う。
ここは戦う。
そう判断をした。
「ユナはあっちの右のヤツをお願い。私とアイカは左のヤツに突っ込みましょう。ベルは万が一の時のためにまずはユナの護衛について。もし、右のヤツが動けないようだったらそのまま突っ込んでもらってかまわないけど、どう?」
と簡単に作戦を提案してみんなに視線を送る。
その視線にみんながうなずいてくれたのを見て、私もうなずき、私たちは素早く作戦を開始した。
まずはなぜか動きが悪い右のヤツに向かってユナが魔法を放つ。
この間のワイバーン戦よりもずいぶんと範囲を絞っているようだ。
その攻撃がまずは右のヤツの腰辺りに命中した。
「ブオォォッ!」
と、また醜い声があがる。
私とアイカはその声を合図に一気に飛び出していった。
ベルは少し様子を見ているようだ。
異変に気が付いた左のヤツがこちらの接近に気が付いて、
「ブォォォッ!」
と声を上げながら突進してくる。
やはり、動きが鈍い。
『烈火』の3人が相手をしたあのオークと比べると、明らかに弱い個体のようだ。
(しかし、あからさまに弱いわね…)
と思いながらも、迷わずアイカの後について走る。
すると、ヤツがやや緩慢な動きながらも思いっきりこぶしを振り下ろしてきた。
それをアイカが受け止める。
しかし、その直後、
「のわっ!」
と声がした。
やはり力に押されて、少し後ろに飛ばされてしまったようだ。
しかし、私は、
(十分よ、ありがとう)
と心の中で思いつつ出来た隙をついてヤツの懐に飛び込んでいく。
そして、一気に薙刀を振ると、ヤツの右脚を断ち斬った。
「ブオォォッ!」
と断末魔のような声が響き、ヤツが前のめりに倒れ込む。
すると、私の視界の先にベルが動くのが見えた。
どうやら最初に魔法を食らった個体に向かって突っ込んで行ったらしい。
私はそれを視界の端にとらえながらも、素早く倒れ込んでいるヤツの首元に近づき、一気に止めを刺した。
首元に刃を突き入れられたオークが声も無く動きを止める。
そして、その直後、
「ブオォォッ!」
という声と、なにかがドサリと倒れるような音がした。
見ると、ベルも同じように脚を斬り、首元に突きを入れている。
どうやら、あちらも終わったようだ。
私はそのことを確かめると、ようやく集中を解いた。
「あいててて…」
と言いながらアイカが立ち上がりこちらに向かってくる。
「大丈夫?」
と声を掛けると、アイカは、
「うん。ちょっとお尻を打っただけ。…いやぁ、オークってこんなに力が強いんだね。ちょっと飛ばされちゃったよ」
と、少し照れくさそうにそう言った。
私はなんとなくわかっていたものの、本当に大事が無かったことに安心しつつ、
「じゃぁ、次は剥ぎ取りね」
と微笑みながら声を掛ける。
そして、ユナがこちらにやって来るとさっそくみんなで剥ぎ取りに掛かった。
やがて、剥ぎ取りが終わった頃。
「さて、お洗濯の時間ね」
と、冗談を言って、さっそく浄化を行う。
魔素の淀みは解消されていたものの、オークのせいでなんとなく辺りに漂っていた重たい空気が、浄化によって晴れていった。
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