第54話 リッツフェルド公国へ01
私の日々の日課に木剣での薪割りが加わり5日ほどだった頃。
いつものように教会長さんから手紙が届き、ユリカちゃんが恨めしそうな顔になる。
私は苦笑いで、ユリカちゃんの頭を撫でてあげると、さっそく手紙の封を切った。
手紙によると、今回の目的地はリッツフェルド公国東部にあるゴート子爵領、クルツ村。
リッツフェルド公国というのはエルバルド王の親戚筋が公爵として治めている国で、ほとんど同一の国と言ってもいいくらいの近しい関係にある。
そんな隣国への依頼だった。
しかし、私は、
(…また遠いじゃん)
と思って、少しげんなりする。
今回の依頼の地はリッツフェルド公国北西部にあるという、イース村。
距離的には先日、ベルと一緒に冒険したラフィーナ王国西部の村からほど近い。
(ついでに回ってくれば早かったのに…)
と愚痴りつつ、手紙の続きに目を通した。
教会長さんからの手紙にも、「2度手間になって申し訳ない」ということが書いてある。
私は「仕方ないなぁ」というような感じでため息を吐きつつ、その手紙を読み進めた。
すると、そこには今回の護衛は希望通り、アイカとユナ、そしてベルの3人にしたと書いてある。
私は心の中で予想以上に早くなった再会を喜びつつ、手紙を閉じた。
(また楽しい冒険になりそうね)
と思わずワクワクしてしまう。
そんな私の喜びに気が付いたのだろう。
ユリカちゃんがムスっとした顔で私のことを見上げていた。
「あはは…。今度はお友達と一緒にお仕事できるみたいだから、つい、ね」
と苦笑いでユリカちゃんに言い訳する。
すると、ユリカちゃんはちょっと拗ねたような感じで、
「…べつにいいもん」
と言って、そっぽを向いてしまった。
その後、なんとかユリカちゃんを宥めることに成功して、一緒にお風呂に入る。
「今度もこの間と同じくらい時間がかかっちゃいそう…」
と私が言うと、ユリカちゃんはまた悲しそうな顔で、しかし、気丈にも、
「ユリカ、我慢できるよ」
と言ってくれた。
私は、
「ごめんね」
と謝る。
しかし、そこはほんの少しだけ心を鬼にして、
「この仕事はお姉ちゃんにしかできない仕事なの。だから今回も頑張ってお仕事してくるね」
と、私には大切な使命があることをわかりやすい言葉で伝えた。
コクン、とユリカちゃんがうなずいてくれる。
きっと寂しいのを一生懸命こらえてくれているんだろう。
私はそんなユリカちゃんがどうにもいじらしく思えて、なるだけ優しく頭を撫でてあげた。
お風呂から上がって、一緒に夕食を食べる。
その日の夕食はユリカちゃんの好きなハンバーグと私の好きなシチューの中間で煮込みハンバーグ。
きっとアンナさんなりの気遣いなんだろう。
その優しさが嬉しくて、私もユリカちゃんも笑顔で楽しく食卓を囲んだ。
翌日。
さっそく出発する。
寂しさはあるけど、涙は無い。
いつものようにユリカちゃんを抱きしめてあげてからエリーに跨った。
エリーに前進の合図を出す。
後から聞こえる、
「ジルお姉ちゃん、頑張ってね!」
という声に、ユリカちゃんとアンナさんの姿が見えなくなるまで手を振り、私は村の門を目指した。
村の門で、いつものようにぼんやりと門番ごっこをしているジミーに、
「行ってくるね」
と声をかけると、
「おう。任せとけ」
と、余裕のある返事が返ってくる。
私はそんな言葉に少し安心し、そのまま出発しようとしたが、ふと思いついて、
「ああ、そうだ。頼みがあるんだけど、いい?」
と、ジミーに声を掛けた。
「ん?なんだ?」
といつものようにのんびり答えるジミーに私は苦笑いしつつ、
「いや。たいしたことじゃないのよ。あんた器用でしょ?だから私の居ない間に練習用の木の薙刀を作っておいてくれないかな、と思ってね」
と、依頼を出した。
「ああ。そんな事か。わかった、適当に作っておくよ」
と気軽に引き受けてくれたジミーに、
「ありがとう。お願いね」
と言うと、私はまたエリーに前進の合図を出して、今度こそ村の門をくぐって行った。
いつものように裏街道に入る。
季節はもう、晩夏。
私が帰ってくる頃には、チト村も実りの季節を迎えていることだろう。
そんなことを考えながら、いつものようにエリーの背に揺られ、のんびりと進んでいった。
今回は、エルバルド王国内の宿場町シュルツの町で待ち合わせ、そこから2日ほどかけて目的のイース村に入る事になっている。
私は、
(たぶん、シュルツの町まで14、5日くらいよね。そこからイース村までは2日くらいかしら?…ふふっ。みんなさっそくの再会で驚くわよね。ていうか、アイカとユナはベルにどんな印象を持つかしら?まぁ、仲良くできるとは思うけど…。楽しい冒険になるといいわね)
と今回の冒険のことを楽しみに思いながら、歩を進めた。
いつものように途中の宿場町で補給をしたり、野営したりしながらの慣れた旅路が続く。
そんな旅路を14日。
私は予定通り、シュルツの町に到着した。
さっそく、ギルドに向かう。
聞けば、まだアイカとユナもベルも到着していないとのこと。
私は、ギルドでこの町には銭湯も酒場もあることを聞くと、素泊まりできる安宿を教えてもらい、そこに宿を取ると告げてさっそく宿へと向かった。
宿に入るとまずは旅装を解き、銭湯に向かう。
ゆっくりと湯船につかり、これからの冒険に備えてしっかりと旅の疲れを癒した。
そして、いつものように良さそうな店を探して町を歩く。
宿場町ということで、目抜き通りにはいくつかの店が立ち並び、どこもそれなりに賑わっているようだ。
私は念のため、一本裏の通りにも入ってみると、そこに比較的小さな居酒屋を見つけたので、思い切ってそこに入ってみることにした。
(私の直感が今回も当たればいいんだけど…)
と思いながら、
「ひとりだけどいい?」
と、いつものように声を掛けて、その店の扉をくぐる。
すると、
「あいよ。どうぞ」
という明るい女将さんの声が迎えてくれた。
(お。今のところ当たりっぽいわね)
と思いながら、カウンターの席に座る。
店の中は意外と広くて、4人掛けくらいのテーブルが6つほど置かれていた。
店の中には、仕事帰りと思しき客が数組いる。
おそらくどれも地元客だろう。
少なくとも冒険者っぽい人物はいない。
(あら、意外と賑わってるのね)
と、若干失礼なことを思いながら、
「とりあえず、ビールね!」
と注文を出して、壁に書かれたメニューを眺めた。
(えっと、どれどれ…。あ。揚げ出し豆腐があるわね。それに枝豆も。いいわね、とりあえず枝豆は行くとして、揚げ出しは米酒と合わせたいから後からかしら。となると、あ、肉うどんがあるから、〆はそれね。ということは…)
と考えて、さっそく、
「おまたせ、ビールね」
と言ってジョッキを出してくれた女将さんに、
「枝豆とナスの辛味噌炒めちょうだい」
と注文を出す。
「あいよ」
と言って奥に下がっていく女将さんを見送ってさっそくビールを飲んだ。
「ぷっはぁ…」
と息を漏らすと、ビールの刺激が五臓六腑に沁み渡っていく。
私はその感触を楽しみながらつまみが来るのを待った。
「あいよ。まずは枝豆ね」
と、さっそく出してくれた枝豆をつまみつつ、ビールを飲む。
(そうそう。これよ)
と、夏の名残を感じながら枝豆をつまみ、またビールをひと口。
(ああ、沁みるわぁ…)
と、なんともおじさん臭い感想を心の中でつぶやきながら、枝豆をつまみさらにビールを流し込んだ。
そこで、ふと気が付いて、ペースを落とす。
このあとナスの辛子味噌炒めがやってくるが、あれは間違いなくビールを進めさせるはずだ。
そう覚悟して待っていると、ちょうどジョッキが空いたくらいのタイミングで、
「あいよ、ナス味噌ね」
と言って女将さんがナスの辛子味噌炒めを出してくれた。
私は「待ってました」と言わんばかりに、
「お替り!」
と言って女将さんにジョッキを渡すと、さっそくナスに手を付ける。
ナスを口に入れた瞬間、ナスが吸った熱い油が口の中に一気に広がった。
「あふっ」
と、思わず声を出す。
はふはふと言いながら、食べていると女将さんが笑いながら、
「あいよ」
と言ってビールを差し出してくれた。
「あひがほう」
と、なんとかお礼を言って、ビールを受け取り、さっそく熱い口に流し込む。
唐辛子の辛さとナスの熱さに刺激を受けた私の口の中を一気にビールが駆け抜けていった。
(くーっ…これは、たまらないわ…)
という言葉しか出てこない。
辛さがビールを求めさせ、ビールで爽やかなになった口がまた油と辛さを求めてくる。
その無限とも思える連鎖に私は見事にハマり、その後、3杯ほどビールを流し込んだ。
ようやく、口の中が落ち着き、優しい味わいの揚げ出し豆腐でしんみりと米酒を飲む。
(ふー…。たまにはこういう暴力的な飲み方もいいわね…)
と、若干意味の分からない感想を心の中で述べながら、ちびちびとお酒を飲み、豆腐と枝豆をつまんだ。
やがて、肉うどんで程よくお腹を〆て店を出る。
私は、
(さて、明日からどんな冒険が始まるのかしら…)
という期待を胸と予想以上に満たされてしまったお腹を抱えて宿に戻っていった。
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