第41話 アイカとユナ06

翌朝。

少しの緊張と共に目覚める。

体の調子は悪くない。

むしろ良いと言ってもいいだろう。

しかし、心は少しだけ硬くなっているような気がした。

ぐっと伸びをして深呼吸をする。

そうやって緊張をほぐし、気合を入れなおすと、私は、

「よしっ!」

と自分に気合を入れ、さっそく装備を整え始めた。


荷物を背負い、1階に降りる。

食堂に入ると、適当にパンとスープを注文した。

ほどなくしてアイカとユナもやって来て同じように朝食を取り始める。

やがてそれぞれが手早く食事を済ませたのを確認すると、私が、

「さて、行こうか」

と声を掛けてさっそく宿を出た。


サイス村に隣接する森はルッツ村のものよりも深い。

それはルッツ村の時よりも困難な状況に直面するかもしれないという可能性を示している。

あの浄化の魔導石や地脈の状況から見てその可能性は高いと思っておいた方がいいだろう。

私たちは覚悟を持って森へと足を踏み入れた。

半日ほど進んだところでさっそく地脈の流れを見てみる。

予想通り、いや、予想以上に地脈が淀んでいるように思えた。


「どう?」

と聞くユナに、

「予想以上かもしれない」

と首を横に振りながら答える。

「…そうなのね」

「ええ」

そんな短い会話で私たちの緊張感はより高まった。

「今日の野営地を探しながら歩きましょう。なるべく安全な場所を選んだ方がいいかもしれない」

私の言葉にアイカとユナもうなずいて、私たちはさらに奥を目指した。


やがて、普段から村人が立ち入らないくらいの地点まで到達し、そこで野営の準備に取り掛かる。

私は、これから始まる緊張の時を思い、

(せめて温かいものを食べてもらいたいな)

と考えて、簡単なスープパスタを作った。


「温かいものってなんだかほっとするね」

「ええ。ありがたいわ」

と言う2人に、

「そう言ってもらえると作った甲斐があるよ」

と笑顔で答える。

そしてほんの少し和やかさを取り戻した空気の中で食事が進み、食後のお茶の時間。

「やっぱりご飯って大事だね。今日改めてそう感じたよ」

とアイカがしみじみとそう言った。

「ええ。そうね。…私も練習してみようかしら」

というユナに、

「パンやパスタもいいけど、お米もあると便利よ。ちょっと調理が面倒になるかもしれないけど、ピラフやリゾットなら簡単だから余裕のある時はおススメね」

と教えてあげる。

「それは挑戦し甲斐があるわね」

と少しやる気を見せるユナに、アイカが、

「じゃぁ、私はしばらく実験台だね」

と肩をすくめて笑った。

束の間の休息に心が一瞬安らぐ。

私たちはこれから迎える緊張の時間を前にほんの少し心をほぐし、交代で休みを取った。


翌朝。

私が進むべき方向を決め、さっそく出発する。

幸い昨夜は何も無かった。

しかし、だからと言って油断して良いという事ではない。

そのことはみんな十分にわかっている。

「さて。行こうか」

私が引き締まった表情でそう言うとアイカとユナもうなずき、その日の行動を開始した。


その日も地脈の流れを読みながら進む。

午後。

まだ辺りは明るい時間。

また魔素の流れを読むとその濃さが格段に増していることに気が付いた。

(この感じだとそろそろ近いわね…)

と感じた私は、

「今日はこの辺りで早めに野営にしましょう。たぶん、明日が勝負よ」

と2人に告げる。

「…もう少し進めないことも無いだろうけどジルがそう言うならそうした方がいいんでしょうね」

とユナが私の言葉に賛同してくれたので、その日私たちは早々に足を止めた。

適当に開けた場所を見つけるとさっそく野営の準備に取り掛かる。

しかし、その時何かの気配が動いた。


ハッとしてアイカとユナに視線を送る。

どうやら2人も何かの異常を感じたようで、私の視線にうなずくと手早く武器を取った。

まずは、3人で集まる。

「何だと思う?」

という私の問いに、アイカが、

「わからない。でも、1匹じゃ無さそう」

と答え、ユナも、

「そうね…」

と魔力を集中させ始めた。

私も注意深く辺りの気配を読んでみるが、どうにも気配が掴みづらい。

(油断してた?…いえ、相手が一枚上手だったってことかしら…。とにかく、もう退けない)

そう思って私は、

「アイカはユナの背後を守って。私は前に出るわ。ユナ、援護をお願い」

と手早く指示を出す。

すると、ユナが、

「…状況的に、それしかなさそうね。護衛失格だわ…」

と少し落ち込んだような言葉を返してきた。

その言葉に私は、

「反省は後でしましょう。今はここを切り抜けることだけを考えて」

と、あえて落ち着いた声でまた指示をする。

「…ええ。わかったわ」

と言うユナの声は少し落ち着きを取り戻したように思えた。


そこへ、

「来るよ!」

とアイカの声が響く。

そして、その声と同時にそれまで希薄だった気配が一気に高まった。

同時に何頭もの狼の魔物が現れる。

(…大きい。しかも10くらいはいそう…)

それぞれの個体も群れの規模も私が想像していたより大きい。

それにあの気配の消し方からして、それなりに成熟した群れなんだろう。

(と、いうことは…)

私はそこでリーダーがいる可能性に気が付き、

「あんまり出過ぎないで、リーダー付きよ!」

と声を掛けた。


「「了解!」」

という2人の声が背後から聞こえたのを合図に狼たちが私たちの周りをゆっくりと動き始める。

どうやらこちらの隙を探しているようだ。

私は目をそらさずじっと睨みつけながら、こちらも油断なく構え集中力を高めていった。


じりじりとした時間が続く。

するとや、群れの奥の方から、

「ワォォォーンッ!」

という鳴き声が響き、群れの動きが止まった。

「来るよ!」

「「おう!」」

そう言った瞬間ユナが矢を放つ。

「ギャンッ!」

と1匹が苦悶の鳴き声を上げると、そこから一気に勝負が動き始めた。


一斉に攻めてくる狼を何とかいなし、正面を突く。

(浅い…!)

そう思って焦りながらも、左右の狼を牽制した。

どうやら後ろも似たような状況らしい。

(深入りし過ぎると、分断される)

そう思ったが、なかなか思うように陣形を取らせてもらえない。

(このままじゃジリ貧ね…)

そんな焦りを心に抱えながら、私はまた、正面を牽制しつつ何とか少しずつ狼を削ろうと懸命に薙刀を振る。

しかし、その動きに隙があったんだろう。

1匹の狼が懐に入って来た。

咄嗟の判断で蹴り飛ばし薙刀の柄を突き入れる。

「ギャンッ!」

と声がしてその方向に踏み込もうとした時、今度は逆からまた同じように懐に踏み込まれてしまった。

私はその突進をギリギリでかわし薙刀を突き入れる。

今度は深い。

しかしそれと同時に私も体勢を崩してしまった。

次に飛び掛かってきた狼を何とかはねのけるようにいなす。

しかし、その爪が私の二の腕の辺りを切り裂いた。

(くっ!)

一瞬走った痛みに耐えて、地面を転がるその狼に薙刀を突き入れる。

そして、また素早く薙刀を振ると、また飛び掛かろうと体勢を整えていた狼を牽制した。

ずきずきとした痛みが二の腕から伝わって来る。

(動ける。たいしたケガじゃない)

そう思うが、その軽いけがが私の集中の邪魔をした。


後でも戦っている気配がする。

しかし、今の私にはそれを気にかけている余裕は一切なかった。

とにかく、薙刀を振って相手を牽制し、時折隙を見つけては一撃を加え、同時に私も何らかの手傷を追ってしまうということが続く。

そして、ようやく狼があと2、3匹となったところで、群れの奥からリーダーと思しき個体が、のそりとこちらに近寄ってきた。

その個体に向かってユナが矢を放つ。

しかし、その個体はギリギリでその矢を交わしこちらにものすごい速さでこちらに向かってきた。

私の横からアイカが飛び出し、なんとか受け止める。

しかし、アイカは体勢を崩してしまった。

すかさず私も応戦に出てリーダーに薙刀を突き入れる。

薙刀の刃先がリーダーの太もも辺りに傷を負わせることができた。

「ギャンッ!」

と鳴き声が上がってリーダーが一瞬離れる。

その隙に今度はユナの矢がリーダーの腹の辺りに命中した。

「立て直すよ!」

私は深追いよりもまずは自分たちの態勢を整えようと指示を出す。

「おう!」

とアイカが答えて、すぐユナの護衛に回った。

(リーダーが負傷したんだから、このまま退いてくれないかな…)

と甘い考えが頭をよぎる。

しかし、その隙を突かれたのだろうか、また懐近くにまで狼を踏み込ませてしまった。

「なっ!」

私は慌てて薙刀を振る。

何とか柄がその狼の横面に当たってくれた。

私も狼も体勢を崩す。

より早く体勢を整えたのは私の方だった。

石突を突き込む。

「ギャンッ!」

と鳴き声を上げるその狼に対してすぐさま薙刀を回し、今度は刃を突き入れた。

素早く抜いて左に振る。

どうやらまた横から新手が迫って来ていたらしい。

何となくの気配で振り抜いたが、どうやら当たったらしく、また、

「ギャンッ!」

という声が聞こえた。

そこへアイカが短剣を突き入れる。

「こっちは終わったよ!」

というアイカの言葉と同時に私の横を矢がすり抜けてリーダーの腹に突き刺さった。

私もすぐに飛び出す。

そして、悶えるリーダーの首筋に薙刀を突き込むと、そこでようやくこの戦いが終わった。


思わずその場にへたり込む。

後からもドサリと音が聞こえたから、おそらく同じような状況なのだろう。

「ふぅ…」

と息を吐いて、空を見上げるといつの間にか辺りは夕日に染められ始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る