第40話 アイカとユナ05
共に仕事を終えた満足感と生まれ始めた一体感を胸に帰路を行く。
帰りは順調に進み、ゴブリンを掃除した翌々日に無事村に帰還した。
さっそく村長に報告し、温かいお風呂とささやかな、しかし、心のこもった歓待を受ける。
私たちは何日かぶりにゆっくりと休息をとると、翌朝、村長夫妻に見送られながら次の目的地、サイス村へと出発した。
村と村の間をつなぐ細い道を行く。
途中、農家のおじさんとすれ違い、さくらんぼをわけてもらったりしながら進むのんびりとした旅。
瑞々しく甘酸っぱいさくらんぼをつまみながら、くだらない話で笑い合い、旅は順調に進んで行った。
野営を挟み、進むこと2日。
目的のサイス村に到着する。
サイス村はルッツ村よりやや大きく、宿屋もあるということだったので、まずはそこへ宿をとった。
時刻は夕方前、まずは私ひとりで村長を訪ね、村の状況を聞く。
サイス村の状況はルッツ村と比べてやや深刻で、牧草の育ちが年々悪くなっているのだとか。
野菜の状況も良くないらしい。
今の所、村人の生活に大きな影響は出ていないが、このままの状態が続けば2、3年後には若者を中心に村を離れる者も出てくるだろうという事だった。
そんな状況を聞き、事態を深刻に受け止めた私はさっそく祠に案内してもらう。
結果は予想通り、村に流れ込む魔素の量も少なく、また、浄化の魔導石の調整も上手くいっていなかった。
(なんで、こんなことに…)
と悔しさと憤りを感じながらも懸命に対処していく。
深く、深く。
自分の中でそう唱えながら丹念に調整を行っていった。
いつもより少し時間をかけ調整を終えると、
「終わりました。ちょっと調整しておきましたから、もう問題ないですよ」
となるべくにこやかな表情で村長に伝える。
(なんだかこういう方便にも慣れてきちゃったわね…)
と自分自身の成長なのか、それとも衰退なのかわからない心の変化を感じつつ、丁寧に礼を言う村長に対して、心の中で申し訳なく思いながら、宿へと戻って行った。
「お帰り。意外と遅かったね」
と食堂で私を迎えてくれたアイカに、
「うん。ちょっと手こずっちゃった」
と苦笑いで答える。
すると、ユナが、
「ねぇ、それってもしかして…」
と私に疑問を投げかけてきた。
そんなユナに向かって私は重たくうなずくと、
「うん。思ったよりも深刻だった。もしかしたら厄介なことになるかもしれない」
と声を潜めながらも事実を告げる。
2人の顔が一気に引き締まった。
私は、一瞬ためらったが、
「安全第一っていう方針は変わらないわ。でも、出来れば少しだけ頑張りたい状況ね」
と自分の正直な気持ちを2人に告げる。
もちろん、断られることもあるだろう。
そう思っていたが、2人はお互いに見つめ合い、うなずき合うと、私にまっすぐな視線を向け、
「出来る限り手伝うよ」
「ええ。ジルがやりたいようにやって」
と言ってくれた。
その言葉に胸が震える。
「ありがとう」
私はひと言そう言うと、深々と頭を下げた。
「ちょ、やめてよ。そんな…」
とアイカが焦ったように私に頭を上げてくれと言ってくる。
ユナも、
「ええ。依頼主の希望に出来るだけ応えるのも冒険者の仕事なんだから」
と冗談めかして言ってくれた。
「ありがとう」
私はもう一度同じ言葉を繰り返す。
しかし、今度は笑顔で私の感謝の気持ちを2人に伝えた。
「あははっ。話は決まったし、とりあえずご飯だね」
といつもの調子で言うアイカを、ユナが、
「相変わらず食いしん坊ね」
と言っていつものようにからかう。
「えー。なによそれ」
と、これまたいつものようにアイカがふてくされたふりをするとみんなで笑った。
嬉しいような、照れたようなそんな笑顔が広がる。
そんな中、アイカがふと思い出したように、
「そうそう。この宿の名物はオムハヤシとロールキャベツなんだって」
とアイカが私たちにこの宿のおススメを教えてくれた。
それを聞いた、ユナが、
「まぁ、それは素敵!」
と目を輝かせる。
「あはは。ユナ、オムライス好きだもんね」
と言ってアイカが笑うと、ユナは、
「ええ。あれは人類の宝ね」
と真顔でそう答えた。
私はその真顔の返答がおかしくて、
「ははは。そんなに好きなんだね」
と聞くと、ユナは、
「ええ。小さい頃から大好きなの。ケチャップのかかったやつが基本だけど、こういうアレンジ系も大好きよ」
と本当に嬉しそうな表情になる。
私がその表情を微笑ましく見ていると、アイカが、
「あははっ。じゃぁユナはオムハヤシで決まりね!ジルはどうする?」
と聞いてきた。
私はユナと一緒にならない方が良いだろうと思って、
「ん?そうね。じゃぁ私はロールキャベツの方にしようかしら」
と答える。
すると、それを聞いたアイカは、
「了解。じゃぁ注文しちゃうね」
と言いさっそく店のおじさんに、
「オムハヤシ2つとロールキャベツ2つ!」
と注文を出した。
やがて料理がやってきたロールキャベツを見て少し驚く。
やって来たロールキャベツにはトマトソースではなくクリームソースがかかっていた。
(さすが、牧畜が盛んな土地柄ってところかしら…)
と感心しながら口に運ぶ。
(ん!意外とあっさりした口触り。あ。でもバターの風味が凄いわね…。キャベツの甘さと肉のうま味と合わさってすっごくコクが深い。これは新発見だわ)
とその味に感動していると、私の目の前でアイカが、
「んーっ!おいひい!ねぇ、これすっごく美味しいよ。バターたっぷりでキャベツもとろとろ!」
と叫んだ。
次にユナが、
「こっちのオムハヤシもなかなかよ。甘味の中にほんの少し苦みがあって、濃厚なのにさっぱりしてるの」
と言うと、アイカはさっそく「どれどれ」と言った感じで自分のオムハヤシに手を付け、
「むっ!これも美味しいわね。たしかに、さっぱりした感じもあるけど、野菜のうま味がしっかり生きてる感じっていうのかな?とにかくうま味がすごい!」
と感想を述べる。
そして、こんどは2つの料理を交互に口に運び、
「うーん!バターの風味と野菜のうま味、どっちもたまらない!」
と嬉しそうに頬を抑えて幸せそうな笑顔を浮かべた。
そんなアイカに私も笑顔で、
「美味しいね」
と声を掛ける。
「うん!」
と笑顔で答えるアイカの声でその場の雰囲気が一気に明るくなった。
明日からの不安はある。
でも、このひと時だけはそのことを忘れて楽しもう。
私はそう思って、クリームソースがかかったロールキャベツをもう一口、先ほどよりも大きく口を開けて頬張った。
楽しい夕食が終わり、部屋で一人になる。
身支度を整え、
(あれ美味しかったな…。ちょっと食べすぎちゃったかも)
と思いながらベッドに腰掛け満たされたお腹をさする。
そして、
(あの味はきっとユリカちゃんも大好きよね。…アンナさんに言ったら作ってもらえるかな?)
と考えてチト村にいるユリカちゃんとアンナさんのことを思った。
(2人とも元気かな?お利口なユリカちゃんのことだもの、ちゃんとアンナさんの言うことを聞いていい子にしてるんだろうけど…)
と思うと微笑ましい気持ちと同時に寂しさが込み上げてくる。
私は少ししんみりしてしまった気分を変えようと思って立ち上がると、部屋にある小さな窓を開けた。
初夏の爽やかな風が私の頬を撫でながら部屋の中に入り込んでくる。
私は少し遠くを見つめるような目でぼんやりと星空を眺めた。
(聖女の仕事ってなんなんだろう…)
と、ふと考える。
この世界の根幹をなす地脈。
その地脈に触れられる唯一の存在が聖女だ。
神話の時代の聖女が勇者と共にこの地にはびこる魔物の王と戦い…、なんていうおとぎ話を信じるか信じないかは別にして、謎だらけの聖魔法なる魔法を使いこの地域の根幹を支えているというのは事実だろう。
しかし、それのことと真剣に向き合っている聖女が今の教会にはどのくらいいるのだろうか?
そう考えると、私の心が少しだけ重さを増した。
「ふぅ…」
とひとつ、ため息とも深呼吸ともとれるような息を吐く。
(今ここでとやかく考えてもしょうがないわね。とにかく今は目の前のことに集中しなくっちゃ)
と自分に言い聞かせた。
(私が今やるべきことはひとつ)
と、この村が置かれている現状に思いを馳せる。
そして、
(どんな状況になるかはわからないけど、最善をつくさなくっちゃ。じゃないと、ユリカちゃんに胸を張って、『ただいま。お仕事頑張ってきたよ』って言えないもんね)
と自分に言い聞かせた。
窓を閉め、ベッドに転がる。
(大丈夫。アイカやユナもいるんだもの。きっと大丈夫よ)
とまた自分に言い聞かせ私はその日も静かに目を閉じた。
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