第27話 地脈の異変01
怒涛のように過ぎ去った王都での用事を済ませた帰路。
いつものように裏街道を真っすぐに進み、チト村を目指す。
チト村まではあと半日ほどだろう。
その地点まで辿り着いた私はいつものように街道の脇の空き地で野営の準備を始めた。
春先のことで、柔らかい草が多く、エリーはそれを美味しそうに食んでいる。
私も手早くスープパスタを作り、はふはふと口に運んだ。
食後。
適当な倒木に座り、いつものようにお茶を淹れてひと息吐く。
春とはいえ、日が暮れると肌寒い。
小さな焚火に手をかざして暖を取った。
静かな街道脇の林の中にパチパチと薪のはぜる音が響く。
「きゅきゅっ!」
と鳴き声がする。
(あら。またリスかしら?)
と思って振り向くと、そこには白い小動物がいた。
「雪リス…」
珍しい訪問者に思わず驚く。
雪リスというのはこの地域では珍しい種類で、リスと名はついているが、形はどちらかというとイタチに近い。
しかし、体は小さく、私の両手で抱えられるくらいだ。
そんな珍客に思わず微笑んで、
「いっしょに温まってく?」
と声を掛けた。
すると、その雪リスが「こてん」と首を傾げる。
(そりゃそうよね)
と自分の言葉が通じるはずもないと言うことに気が付くと、私はポケットから干し果物を出してそっと差し出してみた。
「どうぞ」
と雪リスに微笑みかける。
その雪リスはまだきょとんとした顔をしていたが、私が、「ほら」という具合に手を少し動かすと、テテテっとこちらにやって来て、私がつまんでいる干し果物の匂いを嗅ぎだした。
「いいよ」
というと、また雪リスは「こてん」と首を傾げて私の方を見てくる。
また私が微笑みながら、
「どうぞ」
と言うと、雪リスは私の手から器用に干し果物を受け取り、その場でかじりつき始めた。
真っ白な体につぶらな黒い瞳。
ふわふわの毛に覆われていかにも暖かそうだ。
「温かそうでいいわね」
と話しかけると、その雪リスはまた「こてん」と首を傾げた。
「ふふふ」
と笑ってその雪リスに手を伸ばす。
一瞬逃げるかな?とも思ったがその雪リスは逃げるどころか、私の手に甘えるようにすり寄ってきた。
また餌がもらえるとでも思ったのだろうか。
その姿があまりにも可愛らしくて、こちょこちょと撫でてやる。
すると雪リスは嬉しそうに、
「きゅきゅっ!」
と鳴いた。
(ずいぶん人懐っこいのね)
と感心しつつまたポケットから干し果物を出してあげる。
雪リスはまた美味しそうにそれを食べ、ついには私の膝の上に乗っかってしまった。
小さな体からほんのりとした暖かさが伝わって来る。
私は、
「ふふっ。警戒心の無い子ね」
と微笑みながら、その雪リスを撫でてあげた。
ぼーっと夜空を見上げて、お茶を飲み、ただ薪がパチパチとはぜる音を聞いてしばらくの間のんびりとする。
ふと気が付いて雪リスに目をやると、その雪リスは私の膝の上無防備に眠っていた。
その姿に癒されて、「ふふふ」と笑うと、いったんその雪リスを地面に置いて寝袋を取り出す。
雪リスは私のコートで軽く包んであげた。
「これで寒くないね」
とひと言声を掛けて焚火の始末をする。
そして、私も寝袋に入りランタンの灯を消すと、穏やかな気持ちで眠りに就いた。
翌朝早く。
コートの中に雪リスの姿が無いことを少し寂しく思いつつ適当にパンをかじると、チト村に向けて出発する。
昼は迷ったが、もうじきチト村に着くことを考えて、エリーの上で軽く行動食をつまむ程度で済ませた。
昼過ぎ。
ほんの少しの空腹を抱えてチト村の門をくぐる。
いつも通りの昼行燈ぶりを見せるジミーに、
「私のいない間サボってなかったでしょうね?」
と声を掛けると、
「平和なもんだったよ」
と、とりあえず安心する答えが返ってきた。
(こいつも謎の多い男よね…)
と思いつつ、
「またしばらくいるからよろしく頼むわね」
と声を掛けて村の中に入っていく。
出掛ける時よりもあぜ道の花は少し増えているようだ。
そんなことを感じながら、私はようやくユリカちゃんとアンナさんが待つ家に辿り着いた。
いつものように裏庭で荷物を降ろそうとしていると、やはり勝手口が開いて、
「おかえり!ジルお姉ちゃん!」
という元気な声とともにユリカちゃんが私めがけて飛び込んでくる。
私もそれをしっかりと抱きとめると、
「ただいま!」
と言ってユリカちゃんを抱き上げ、頬ずりをした。
「あははっ!くすぐったいよ。ジルお姉ちゃん」
と笑いながら身をよじらせるユリカちゃんの可愛らしい非難の声に構わずたっぷり頬ずりをしてからそっと地面におろしてあげる。
もう一度、
「ただいま」
と優しく微笑んで頭を撫でてあげるとユリカちゃんは先ほどとは違う意味で少しくすぐったそうな顔をしながら、もう一度、
「うん。おかえりなさい」
と微笑んでくれた。
「あらあら。おかえりなさい」
といつものようにアンナさんが優しく微笑みながらこちらにやって来る。
「ただいま。アンナさん」
私も笑顔でそう言って、さっそくエリーの背中から荷物を降ろそうとした。
すると、突然、
「きゅきゅっ!」
という鳴き声が響く。
私が、
「え?」
と思った瞬間、荷物の中から白いものが飛び出してきた。
「うわっ!?」
私は慌ててそれを受け止める。
そして、受け止めたものを見ると、それはやはり昨日のあの雪リスだった。
「えぇ!?ついて来ちゃったの!?」
と驚く私を見上げてその雪リスはまた「こてん」と首を傾げる。
「どうしたの、ジルお姉ちゃん?」
と不思議そうな顔をしているユリカちゃんに、私は、
「なんか懐かれちゃった」
と苦笑いしながらその雪リスを見せてあげた。
「うわぁ…。可愛い…」
とユリカちゃんが驚きながら目を輝かせる。
「あら、まぁ…」
とアンナさんも驚いているようだ。
「あはは…。どうしよう」
私が困っていると、ユリカちゃんがその雪リスに向かって、
「お友達になって!」
と言って、その雪リスに手を差し伸べた。
雪リスはまた不思議そうに「こてん」と首を傾げる。
そして、しばらくその雪リスはユリカちゃんの目をじっと見ていたが、やがて、
「きゅきゅっ!」
とまるで「いいよ」と返事をするように鳴くと、私の腕の中からユリカちゃんの胸に飛び込んでいった。
「きゃっ!」
とユリカちゃんがびっくりしたような、しかし、嬉しそうな声を上げる。
そして、雪リスがユリカちゃんの肩に乗り、ユリカちゃんが、
「あははっ!ちょっとくすぐったいよ!」
と、さらに嬉しそうな声を上げた。
「あらあら。まぁまぁ…」
と言うアンナさんもどこか楽しげに微笑んでいる。
(あらら…。でも、なんか受け入れられちゃったみたいね)
と私はその思わぬ闖入者を見ながら、苦笑いとも微笑みとも言えない笑顔を浮かべた。
しばらく戯れるユリカちゃんの楽しそうな表情を私とアンナさんが微笑ましく眺める。
すると、ユリカちゃんが、
「ねぇ、ジルお姉ちゃん。この子のお名前は?」
と聞いてきた。
私が、
「ん?ああ、まだつけてないよ」
と答えると、ユリカちゃんは、
「うーん…」
と小さく唸る。
どうやら、名前を考えているようだ。
そんな様子をまた2人で微笑ましく眺めていると、ユリカちゃんが、
「ねぇ、ジルお姉ちゃん。この子って男の子?女の子?」
と聞いてきた。
「え?ああ、ちょっと待ってね」
と言って私は、
「ほら。ちょっとだけこっちに来てごらん」
と言って、雪リスに手を伸ばす。
雪リスはまた「こてん」と首を傾げたが、割と素直に私の手に移って来てくれた。
私は、
「ははは。なかなか賢いねぇ」
と言って撫でてあげながらお腹の方を見る。
動物の生態は専門外だが、なんとなく見てみると、どうやらメスらしき特徴があった。
「うん。この子は女の子だね」
と教えてあげる。
するとユリカちゃんは、一瞬で顔をぱぁっと輝かせて、
「ほんと!?じゃぁ、この子のお名前はココちゃんがいい!リリトワちゃんのお友達の白猫ちゃんと一緒のお名前!」
とキラキラした目を私に向けてきた。
「あはは。いい名前だね」
と言うとユリカちゃんは嬉しそうに、
「えへへ。一緒にリリトワちゃんごっこしようね。ココちゃん」
と言って雪リス改めココに話しかける。
ココもまるでそれに答えるかのように、
「きゅきゅっ!」
と鳴いた。
「えへへ」
と楽しそうに笑うユリカちゃんの頭を撫であげながら、私は、
「うふふ。実はね、リリトワちゃんの本に続きがあったからお土産に買ってきたんだよ」
と、さらにユリカちゃんが喜びそうな事を告げる。
「ほんと!?」
と案の定喜びを爆発させるユリカちゃんを見ると私も嬉しくなって、
「うん。荷物を運び込んだら一緒に読もうね」
というと、ユリカちゃんは、
「やったー!私もお手伝いするね」
と言って、私の荷物を持とうとした。
当然重たくて持てないユリカちゃんを手伝って、一緒に荷物を持ち上げてあげる。
「うんしょ」
と一生懸命荷物を運ぼうとするユリカちゃんとその荷物に乗る新しいこの家の住人、ココの姿を微笑ましく見ながら私はいつものように勝手口をくぐり、あの小さくて暖かいリビングを目指した。
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