第22話 王都にて03

翌朝。

意外にも二日酔いのような気だるさはなく、すっきりと起きる。

水差しから水を飲み、手早く着替えると。とりあえず朝食を取りに市場へと繰り出していった。

今日はなんだかさっぱりしたものが食べたくて、野菜とゆで卵のサンドイッチとオレンジジュースを買う。

私は適当なベンチに腰掛けると、忙しなく、しかし、どこか楽しそうに行きかう人達を見ながらそれを食べた。

のんびりとした朝食を終えると、私は、

「さて…」

と小さく声を出して立ち上がる。

おそくら今日にもクレインバッハ侯爵からの招待状が届くだろう。

教会から聖女服も届くはずだ。

どちらもやや気の重いことではあるが、自分で蒔いた種だから仕方がない。

そんなことを考えて私は、あえてゆっくりと宿屋へと戻って行った。

宿屋に着くとさっそく受付係から、荷物が届いていたと言われてそれを受け取る。

綺麗な箱に入れられたそれは聖女服だった。

(仕事が早いな…)

と苦笑いしながら部屋に戻りさっそく試着してみる。

(そう言えば、これ初めて着るわね)

と妙な感慨を覚えながら袖を通したその服は、白いワンピースに白いケープで、スカートとケープの裾にはそれぞれ濃い水色の線が入っていた。

そこに同じく濃い水色の縁取りがされた小さな帽子をかぶり、リボンタイを付ける。

そして最後、胸元に教会の紋章が入ったブローチを付けた。


(うわー…)

という感想しか出てこない。

どこからどう見ても着られているという風に見える。

(これ、知り合いに見られたら絶対に笑われるやつじゃん…。いや、気付かれない可能性の方が高いから大丈夫かな?)

と苦笑いしながら鏡の無い部屋で自分の姿を想像しながら、

「…あはは」

と力なく笑った。


そう早くクレインバッハ侯爵家からの使いは来ないだろうと思い、いったん着替えてまた町に出る。

とりあえずギルドに向かい、どんな依頼があるかを確認し、次に本屋へと向かった。

ああいう店は暇をつぶすには絶好の場所だ。

(お土産は最終日に買うとして、何か面白そうな本があったらついでに買ってもいいかも)

と思いながら貴族街へと続く道を歩く。

何事もなく店に着き、とりあえず絵物語が置いてあるところを一通り眺めた。

そこで、『おしゃれ魔女リリトワと小人の国』という本を発見する。

(あ。これってリリトワちゃんの続きじゃん!)

さっそく喜んで手に取り、次に専門書が置いてある棚に向かった。


いくつかの専門書をめくり、本棚を巡る。

そこで『新・薬草大全』という本を見つけた。

面白そうだと思って手に取りさっそくめくってみる。

すると、そこにはこれまであまり知られていなかったような薬草と薬効、調合の仕方までが詳しく書かれていた。

(うわ。これ欲しいかも)

と思って値段を見る。

値段は金貨1枚。

(…そりゃそのくらいするわよね)

と専門書としてもやや高く、リリトワの本の20倍はするその値段にため息を吐きながらしばし悩んだ。

懐は痛い。

しかし、これがあればチト村の人達のためにはかなり役立つだろう。

(この軟膏の作り方なんて、あのおじいちゃんの腰に良さそうだし、こっちのお腹の薬は割と手に入りやすい薬草で出来るみたいだから、きっと子供の腹痛に効果的よね…)

と村の人達のことを思い出す。

そうやって悩みながら中身を見ることしばし、私はようやく、

(クレインバッハ侯爵にいただいた金貨もあるし、ここは思い切って買っちゃおう!)

と決断し、庶民が半月は暮らせるような値段のその本とリリトワの新作を持って会計に向かった。


今日は店主のベッツさんはいないか奥で仕事をしているらしく、初めて見る顔の若い女性の店員に会計を頼む。

高い本だけあって、丁寧に布で包んでもらい、背負っていた鞄に大切にしまった。

(うん。みんなのことを思えばいい買い物だったわね)

と自分の決断を何となく誇らしく思いながら下町を目指す。

そんな気持ちで歩く私のブーツは来る時よりも軽快に石畳を叩いているような気がした。


さっき店の中で教会の鐘の音が聞こえたから、時刻はとっくに昼時。

(さて、とりあえずお昼ご飯ね。今日は何を食べようかしら?)

と思って美味しそうな店を探しつつ歩く。

おそらく午後にはクレインバッハ侯爵からの招待状が届くだろう。

だとしたら、おそらく緊張やらなにやらで、晩御飯はろくに食べられないはずだ。

だったら昼は少しがっつりとしたものが食べたい。

そう思って、鍛冶屋や道具屋なんかが立ち並ぶ職人街の方へと足を向けた。


とりあえず良さそうな店を探して歩く。

昼時のことでどの店もにぎわっているようだが、私はその中でもひときわ賑わっていそうな定食屋を選んで入った。

(こういう所で人が集まるってことは、安いか量が多いか、そのどちらもかって相場が決まってるのよね)

思いながら、店に入り店員に言われるがままカウンターに座る。

壁に貼られたメニューを見るとがっつり系のものが多く、値段も安い。

とりあえず、周りで食べている人たちの様子を見ると、どうやら結構大盛のようだ。

(やっぱりね)

と思いながら、私はカツカレーを頼んだ。

ややあって、「あいよ!」という威勢のいいおばちゃんの声とともにカツカレーがやって来る。

案の定大盛でカツも大きい。

私は小さく、

「いただきます」

と唱えると、さっそくそのカツカレーに挑みかかっていった。


こってり、がっつりのカレーとカツで満腹になったお腹をさすりながら腹ごなしに少し遠回りで宿屋に帰る。

部屋に戻ると、とりあえずベッドに転がった。

(いやぁ。なかなかの強敵だったわね)

と先ほどまで戦っていたカツカレーの意外と辛味の効いた味を思い出し、微笑む。

そして、そのまま思わず眠ってしまいそうになっている自分に気が付くと、慌てて飛び起き、身支度を整えてクレインバッハ侯爵家からの招待状を待った。


そして、待つことしばし、私の部屋の扉がノックされる。

「はい」

と返事をして扉を開けると、あの時、たしかミリーと呼ばれたメイドさんが立っていた。

「お迎えにあがりました」

と言うミリーさんに、

「わざわざすみません」

と言って部屋を出る。

私の聖女服姿を見たからなのか、それとも下町には不似合いなほど豪華な馬車を見たからなのか、ぽかんとする宿の受付係に、

「部屋はそのままでいいから」

とだけ伝えてさっそく私はその豪華な馬車に乗り込んだ。

もう、この時点で緊張感が凄い。

(うわ。座席ふかふか。ていうか、何、この彫刻。すっごー…)

と感動しながら馬車に揺られる。

そして、馬車は貴族街をさらに奥へと進み、一般庶民は滅多に立ち入らない王宮の側にまでやって来た。


目の前に白亜の大豪邸というよりも宮殿が見えてくる。

そして、馬車は迷わずそこへ入っていった。

(あらぁ…)

と、私がもう何に驚いていいのかわからずぽかんとしていると、馬車は広大な庭の中を進んで行く。

とりあえず私は、その整然と規則正しく手入れされた庭の植え込みを見ながら、

(ここでかくれんぼしたら一生見つからない自信あるわぁ…)

と訳の分からないことを思い、おそらくこれから一生見ることが無いだろうその光景をぼんやりと目に焼き付けた。


やがてどのくらい走っただろうか。

体感的には割と長い事走って馬車がようやく止まる。

私がどうしていいのかわからずぼんやりしていると、馬車の扉が外から開けられ、執事さんから、

「どうぞ」

と手を差し伸べられた。

「え、あ、どうも…」

と、しどろもどろになりながら、その手を取らせてもらって、馬車から降りる。

すると、今度は私の目の前に巨大な玄関が現れた。

その玄関は、階段が無ければ馬車でそのまま入って行けるのではないかというほど大きい。

私がその威容に圧倒されていると、またしても、

「どうぞ」

と執事さんから声を掛けられる。

「え、あ、はい…」

と私はまた間の抜けた返事で何とか答え、その階段をのぼると、今度は玄関の扉が内側から勝手に開いた。

玄関の中には、メイドさんや執事さんがずらりと並んでいる。

そして、その両側に並んだ使用人さんご一同から、

「ようこそおいでくださいました。聖女ジル様」

という声が一斉に掛けられた。

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