第2話 はぐれ聖女ジル02

翌朝。

いつものように安宿を出る。

今回泊った宿は朝食が出ない。

朝食付きの宿を選んでも良かったけど、そういう宿は晩御飯も強制的に宿の料理を食べなければならなくなるから今回は避けた。

田舎町ではありがたいけど、他にたくさんの飲食店がある王都ではちょっともったいない。

そう思って、私は、都会に来た時は必ず素泊まりの安宿を選ぶようにしている。

(やっぱり息抜きのお酒って大事よね)

と少しおじさん臭いことを考えながら、今日も元気に石畳の道を歩き始めた。


朝の早い時間。

行商の品物をそろえにくる商人や通勤する勤め人、中には朝帰りの旦那なんかが行きかう市場をぶらついて、適当に朝食を物色する。

そうやって、露店を見て回った私が今日の朝食に選んだのは、下町の名物は豚バラサンド。

スパイスがたっぷりとかかった豚バラを、野菜と一緒にパンに挟み、たっぷりのマヨネーズをかけて食べるのが下町流。

朝からなかなかの脂っぽさだけど、冒険者も含めた肉体労働者が多い下町では定番中の定番だ。

私も、郷に入っては郷に従えの精神で、朝から盛大にかぶりついた。

ほんのちょっとの葉物野菜じゃ中和しきれないくらいコテコテの脂とスパイスが口の中を支配する。

(これは脂の暴力ね…)

と、正解なのか不正解なのかわからない感想を抱きつつ、豚バラサンド片手にまずはギルドを目指した。


冒険者ギルドは朝から忙しない。

依頼が張られた紙が貼りつけられた壁に冒険者が群がり、受付嬢が忙しく動き回っている。

私はそんな受付のカウンターから少し離れた買い取りの窓口に向かうと、

「お願いね」

と慣れた感じで、麻袋をカウンターの上に置いた。

ゴトリと重たい音がする。

「はーい」

と間延びした返事がして、何度も見たことのある買い取り係のお姉さんがその袋を受け取った。


このお姉さん、なんともぽんやりとした感じだが、じつはなかなかの目利きで、

「えっとー。ゴブリンが1、2、…7つと…あ、リーダーもあるから、普通の6つとリーダー1つですね。あとは…、狼が1、2、…5つと、あとは熊さんですね」

と、鑑定の魔道具も使わずにさっさと魔石の種類と数を数えていく。

そして、魔石を数え終わると、

「ちょっとおまちくださいねー」

と、またのんびりとした口調でそう言って、カウンターの奥から代金を持ってきてくれた。


「はーい。金貨6枚ですよー」

とまたのんびりとした口調で言うお姉さんだが、最後に、

「たまには素材も取って来てくださいねー」

と付け加えてくる。

私がいつものように、

「あー。ごめん。私ソロだから」

と答えると、

「うふふ。知ってますけどねー」

と、これまたいつものように笑われた。


金貨6枚。

これが、ここ20日ほどの私の稼ぎ。

王都の庶民が大体金貨2枚くらいで1月生活できるから、結構な額になる。

でも、旅から旅の冒険者稼業だと、普通は2か月くらい生活するのがやっとの金額かもしれない。

そんなお金を懐に入れ、ギルドを出ると、

(えっと…。絵物語が銀貨1枚くらいしちゃうから…あとは、下宿代に大銀貨5枚くらいは渡したいんだよね…。アンナさんはいつも遠慮するけど、そのくらいは払わなくっちゃ申し訳ないし。となると、残りが金貨5枚と大銀貨4枚、銀貨1枚か…。食料と武器は大銀貨4枚もあれば十分だから…。うん。十分だね)

と考えながら、とりあえずちょっとだけ裕福な人達が住んでる区域にある本屋を目指して、石畳の道を歩き始めた。


大きな商会が軒を連ねる通りを進んで行く。

この辺りに冒険者が立ち寄るのは珍しい。

道行くいかにも役所か大商会に勤めていそうな人たちからチラチラと視線を向けられながら、目的の本屋を目指した。


目抜き通りから1本入った瀟洒な通りに本屋はある。

(懐かしいな。学生時代は良く通ってたっけ。…まぁ、高くてあんまり買えなかったけど)

と、昔のことを思い出しながらその店の扉をくぐった。

この本屋の専門は薬学や魔法工学の専門書が中心だが、たしか、貴族や商家の子供向けに装丁の綺麗な絵物語なんかも扱っていた記憶がある。

(どうせなら、ちょっといいやつを買ってあげたいもんね)

と思いながら、さっそく絵物語の書棚を覗くと、子供向けにしてはなかなか立派な装丁の本がいくつも並べられていた。

(えっと『獅子王の冒険』。これは男の子向けかな?あ、こっちの『薔薇の女王』ってのは?)

と気になった本を少しめくってみる。

(あー。ダメだ。これちょっと絵が怖い。小さい子にはあんまり向いてないね)

と、明るい性格で、かわいいものが好きなユリカちゃんのことを考えながら品定めをしていった。

やがて、良さそうな本を見つけて値段を見てみる。

(あ、これいいかも。値段も銀貨1枚に収まるし、絵も綺麗。よし、これにしよう)

そう決めて『おしゃれ魔女リリトワの冒険』という絵物語を手に取った。


(まぁ、ついでだし薬学の本とかも見ていこっと)

と思って、専門書が並ぶ一角に向かう。

(懐かしいなぁ)

と思いつつ、本棚を物色していると、急に声を掛けられた。

「ジュリエッタ!」

聞き覚えのある声。

そして私を本名で呼ぶところ。

一瞬にして私のテンションが下がる。

(あちゃー…)

そう思って一応振り返ると、

「ああ、これこそまさに運命!やはり僕と君は運命の赤い糸で…」

とそこまで言われた所で食い気味に、

「お久しゅうございます、エリオット殿下!」

と書店には似つかわしくない大きな声でそのセリフを遮った。

「…おいおい。君と僕の仲じゃないか。殿下なんてやめてくれよ」

とやや情けない顔でそう言う、ちょっとチャラめの青年に向かって、

「殿下は殿下です。あと、ジルって呼んでください」

私はそう言い切ってため息を吐く。

「まったくもう…。相変わらずつれないねぇ」

と言って大袈裟に肩をすくめる男性に向かって、私は、

「…エリオット殿下。そういう所ですよ」

と、またため息を吐き眉間を揉みながら答えた。

「はっはっは。そんな所も可愛いよ!」

と私の態度をまったく気にしない様子でなんならウィンクまでしてくるエリオット殿下を無視しながら私は、

「で。なんでこんなところに?」

と淡々とした口調で聞く。

学生時代ならともかく、学院を卒業した今、いくら自由気ままな第4王子とはいえ、朝から書店にいることなど滅多に無いはずだ。

そう訝しんで訊ねるとエリオット殿下は、

「ああ、ちょっとおもしろい本が手に入ったって聞いてね。矢も楯もたまらずやってきたってわけさ。どうだい?一緒に見て見ないかい?」

と相変わらず軽い笑顔でそう言うエリオット殿下の言葉をまた無視しようかとも思ったが、その珍しい本という言葉に、私はうかつにも惹かれてしまった。


「まぁ、いいですけど…」

と私が答えると、

「ははは。君も相変わらず好奇心旺盛だね。さぁ、店主には伝えてあるからさっそく見に行こう」

そう言ってエリオット殿下はさっさと奥へ進んで行く。

私は自分の好奇心を抑えられなかったことを少しだけ悔やみながらも、苦笑いで後をついていった。


「やぁ、ベッツ。久しぶりだね」

「いらっしゃいませ、エリオット殿下。あと、そちらはジルさんでしたね。お久しぶりです」

とにこやかに答える店主に、

「ええ。お久しぶりです。朝から騒がしくしてすみません」

と一応謝りつつ挨拶をする。

「さぁ、さっそく例の本を持ってきてくれないかい?」

と少年のようにワクワクした顔で話を切り出すエリオット殿下に店主のベッツさんは、

「かしこまりました」

とやや苦笑いで答え、さっそく奥へと下がっていった。

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