真相は花の中
茅@王命の意味1/10発売予定
Side A
第1話
私の名前はアナベル・アゲラタム。
フローリア王国の子爵令嬢だ。
領地は辺境という程でもないけど、王都や主要都市からはかなり離れた田舎で、人間よりも羊の数のほうが多い。
羊毛とチーズを特産品にしているけど、どちらもウチよりも良質だったり、流通の便が良い土地でも産出されているので正直微妙。
家はアスターお兄様が継ぐ予定。
必然的に私は何処かへ嫁がなきゃいけないんだけど、裕福でも爵位が高いわけでもない我が家では、親の力を期待したところで良縁は望めそうにない。
結局十五歳になった今でも私に婚約者はいないままだ。
今は王都にある全寮制、共学の学園に通っているのだが、たまに実家から送られてくる手紙には「恋人はできた? 嫁入り先見つかりそう?」と、私任せでイラっとくる文章が必ず書かれている。
自分達は縁談で結婚したクセに、娘には自力でなんとかしろって無責任じゃない?
できるわけないじゃん! こちとら容姿も能力も特筆すべきところがないモブやぞ!
コホン、失礼。我が家のことはこれくらいにしておこう。
封建制の世界で男女共学の学園とか、モブといった単語でお察しの通り、実は私は転生者であり、ここはゲームの世界だ。
ゲームの世界でもない限り、年頃の貴族の子女が学園に通うなんてありえないもんね。
この世界は前世でプレイしていたゲーム『フローリアの乙女』の世界なのである!
*
この世界のもとになった『フローリアの乙女』は正統派乙女ゲーム。良くも悪くも普通だ。
最近のゲームなので絵はそこそこキレイ。
思うんだけど、今はイラストレーターの画力の平均値が高すぎて、一定のクオリティに達するとどれも似たような感じになっている気がする。
昔は
今は無課金でもプレイできちゃうソシャゲが毎週のようにリリースされているから、少々絵がきれいなくらいじゃ売れない。
他と差別化するために。数多あるゲームに埋もれないために。
どこの会社も捻った部分や、尖った設定を作るようになったので、その反動で「本格」とか「王道」と呼べる作品が減った。
そんな状況で開発された『リア乙』は、古き良き王道シナリオだった。
とはいえ、乙女ゲーを題材とした小説でインフラ扱いされている男爵家の庶子が学園に入学し、王子様と恋に落ちるというものではないし、卒業パーティーで婚約破棄宣言したりもしない。
*
ヒロインのカトレア・カレンデュラは侯爵令嬢。
庶子じゃなくて、正統な侯爵家の娘。しかし彼女は生粋の貴族ではない。
ヒロインの母親は、現カレンデュラ侯爵の妹だ。
護衛騎士と恋に落ちた彼女は、王弟との結婚を拒否して出奔。
駆け落ち先で生まれたのが我らのヒロイン・カトレアなのだ。
親子三人慎ましくも平和に暮らしていたが、ある年の冬に父親が肺炎で死亡。
一家の不幸はそこで終わらず、間髪入れず洪水で家が流されてしまい、母親は娘を連れて実家に戻るのである。
兄である侯爵はしぶしぶ親子を受けいれ、姪に貴族としての教育を施した後に貴族の子女が集う学園に入学させる。
『リア乙』は平凡ヒロインじゃないので、カトレアは美少女設定だ。
学園卒業後に姪の面倒を見る気がない侯爵は、彼女に自力で嫁ぎ先を探すよう命じるのである。
親近感わいちゃうね! 私は実家細くて、美少女じゃないけど!
高位貴族でありながら、長年存在を認知されていなかったヒロイン。
半端な時期に編入してきた彼女は『幻の令嬢』として、生徒たちの注目を浴びる。
基本的なマナーは詰め込んだが、実践経験に乏しい彼女は右往左往しながら学園に馴染もうと努力するというのがこのゲームのあらすじだ。
*
メインヒーローであるデルフィニウム王子は王太子。
彼は叔父を裏切った女の娘がどの面を下げてやってきたのかと、ヒロインに近付くのだ。
社交に不慣れな侯爵令嬢を陰日向から助ける親切な王子の顔をしているが、その目的は彼女のアラ探しをして隙あらば糾弾するためだった。
しかしそこは乙女ゲーム。
弱音を吐かず、顔を上げて努力し続けるヒロインのひたむきな姿に、王子は徐々に惹かれていくのである。
ミイラ取りがミイラになる王道パターンですね。わかります。
婚約者と上手くいっていなかった王子は、攻略が進むにつれヒロイン心を許すようになり、少しずつ悩みを打ち明ける。
そしてヒロインに励まされるうちに「人生のパートナーはただ優秀なだけではなく、お互いに対話して支えあえる人間でなければ」と思うようになる。
悩みを解決してあげる系。悪い言い方をすれば相談女。
これまたよくあるパターンだ。さすが王道、どストレート。
*
最後に悪役令嬢のベロニカ・ブーゲンビリア公爵令嬢。
実はブーゲンビリア家は、我が家の寄り親だったりする。
そしてモブ令嬢こと私アナベルは、ベロニカ様の取り巻き……の補欠だ。
王子の婚約者であり、自身が公爵家の令嬢であるベロニカ様の取り巻きは多い。
常にレギュラー争いをし、スタメンはわずか五人。
その他は全員補欠。レギュラーが体調不良とかお家の事情で休んだ時に一時起用されるバーター。
その貴重なチャンスで見事ベロニカ様の心を掴むことができれば、貴族令嬢としての将来は明るいものになるけど、いかんせん「幼馴染」という最強カードを持つブルビネ伯爵令嬢をトップに上位3名が強すぎて自由枠が2つしかない。
かくいう私は、万年ベンチの補欠オブ補欠。
ブーゲンビリア家は寄り親なので、長期休暇の前後など季節のご挨拶に伺うことはあるが、ぶっちゃけ顔を覚えられているかどうかも怪しい。
そんな位置づけだからか、私はゲームではお助けキャラというある意味、唯一無二の役職についていたりする。
ベロニカ様の情報をそれなりに把握しつつ、ヒロインに対しても肩入れできる気楽な立場。
プレイヤーが接触する度に、ヒロインの境遇に同情してベロニカ様関連の情報の横流しとか、攻略対象や学園の噂話を教えたりするのが私だ。
ベロニカ様はエベレスト級のプライドの持ち主だ。
自分にも他人にも厳しく、デレがない。
愛想もないので他人に対するフォローが少なく、天然でパワハラ、モラハラ気質なところがある。
我儘だったり、婚約者である王子に執着して悋気が凄いみたいなテンプレ悪役令嬢ではないんだけど、あからさまに問題があるわけではないので、指摘しにくく矯正が難しい。
そんなベロニカ様が悪役令嬢なので、ヒロインに対するイジメはすごく地味だ。
彼女は「高位貴族は、貴族の鑑であるべし」という信念の持ち主だ。
故に侯爵家の令嬢でありながら、色々と拙いヒロインの振る舞いが目に余るようになり、どのルートを選んでも目の敵にする。
彼女の所作が覚束なかったり、些細なマナー違反をする度に絡んでは逐一指摘するのが『リア乙』の悪役令嬢だ。
初対面の時から
しかも人の一挙手一投足に目を光らせてくる。
次第にヒロインは萎縮するようになり、普段ならしないようなミスを連発する悪循環に陥る。
ベロニカ様の視界に入っている間は常に緊張状態を強いられるので、イジメというより姑のイビリに近い。
正直私だったら教科書ビリビリとか、鞄を捨てたよりも嫌だ。
そしてこれが後の婚約解消の理由の一つになる。
「下の者にプレッシャーを与え、責め立てるだけの者は王妃に相応しくない」ということらしい。
*
さて創造主たる制作会社より、お助けキャラを拝命した私ことアナベルだが、彼女の行く末はどのルートもパッとしない。
そういう役割のキャラなので、ヒロインを助けたところで得るものはない。
ただヒロインに「ありがとう」と言われて終わり。
この世界のヒロイン様にとっては、モブなど主人公のために用意された舞台装置。
NPCには世界の中心たるヒロインが感謝の言葉ひとつ与えるだけでも過分な報酬なのだ。
あえて言うなら、ヒロインが王子ルートに進んだ場合は悪役令嬢凋落の巻き添えをくらう。
王妃の器ではないが、ベロニカ様は仕事はできる。
むしろ仕事しかできないとも言える。
他人に寄り添うことができ、芯のあるヒロインであるカトレアだが、彼女は仕事ができない。
これに関してはヒロインの頭が残念なわけじゃなくて、それなりに成長してから侯爵家に引き取られた彼女には純粋に教育に費やされた時間が短かったことが原因だ。
村人Aでしかなかったヒロインは、たった一年で付け焼き刃とはいえ学園に通えるレベルのマナーを取得している。
その辺りの事情を考慮すれば彼女は地頭も要領も良い方だ。
そんな状態のヒロインなので、ハッピーエンド後に王太子妃の仕事を任せるのは流石に無理だ。
王家はベロニカ様に側室として嫁ぎ、カトレアが成長するまでの繋ぎとして政務を担当するするよう命じる。
婚約者の交代については、卒業前に関係者が集まって内密に話し合われるので、フィナーレで衆人環視のなか断罪したりはしない。
話し合いの内容については、後日ヒロインと王子がイチャつきながら数行語って終わりだ。
*
我が家はブーゲンビリア公爵家についているので、ベロニカ様の進退の影響を受ける。
本来であればウチくらいの下っ端であれば、日頃の恩恵が少ない分、被害も少ないのだが、そこは娘がゲームのネームドキャラクターなのでそれなりに影響がある。
乙女ゲームで王子様と結ばれたのに、悪役令嬢が側室になるなんて、この不況の中で五千円出した購入者からすればたまったもんじゃない。
「そんなの全然ハッピーエンドじゃない」「ゲームの世界でそんなリアルは要らない」「物語の中ぐらい甘い夢をみさせろ」etc.
このまま終わったらクレーム不可避になるので、そこはシナリオライターもちゃんと考えている。
執務をするだけの側室になる。
悪役令嬢に対しては、修道院とか国外追放以上のざまぁ展開。
しかもフォローを強いられた相手は、自分より一段とはいえ爵位が劣り、マナー諸々が不完全なヒロインだ。
矜持をズタズタにされたベロニカ様は側室を辞退する。
彼女を駒としかみていなかった公爵夫妻は、娘に健康上の問題が見つかったことにして適当な家に嫁がせると、二度と社交界に出てこないよう申し付ける。
その「適当な家」が我が家であり、ベロニカ様の夫となるのがアスターお兄様だ。
人口が少なく、都会から遠い。
公爵家の寄り子であり、困窮するほどではないアゲラタム家は、使えない娘を結婚という名で幽閉する場所としてうってつけなのだ。
*
「これは冷静に考えなくても、ベロニカ様のバッドエンド回避一択ね」
ヒロインに味方してもメリットがないどころか、実家に厄介な小姑を抱え込むことになる。
ゲームではベロニカ様を受けいれたことによる、我が家が得られる恩恵について語られることはなかった。
そりゃそうよね。プレイヤーからしたらどうでも良い情報だもの。
しかし今までの状況を考えると、娘の嫁入りを機に公爵が子爵家に目をかけるとは思えない。
むしろ便利な駒扱いされて終わりそう。
娘もお助けキャラなら、家も都合の良い家だ。
ならばベロニカ様が婚約者と上手くいくようアシストし、成功のあかつきには良い縁談を用意してもらうのが賢い選択だ。
ヒロインを他の攻略対象とくっつけても、私にメリットがないのはゲームで知ってる。
なら悪役令嬢に賭けるしかない!
お助けキャラがヒロインをサポートするとは限らない。
私にゲームの記憶があるのは、きっと悪役令嬢を助けよという神の思し召しなのだ。
そうと決まれば、先達に倣いゲームのルートをノートに書き出すぞ!
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