無題
@Yoyodyne
2日目
カンカンカンと枝を切り落とす不快な甲高い空気の悲鳴が聴こえる。人の声のようだ。実際腕を切り落とされた人の声かもしれない。それか、母親を呼ぶ子狐か。
辺りは日が落ち暗く、それでなくても葉の生い茂る森林は暗い。昨日からここで首を吊った恋人を探している。今から4日前に吊った。吊った瞬間をご丁寧にもタイマーで自撮りし自動送信することで、遺書のようなメッセージと共に送ってきた。
深い森は聴覚を鋭くさせる。それに伴って想像力もどんどん現実から乖離していく。この森は有名な自殺の名所らしい。ネットで検索すると邪魔されず自殺オフに最適だと、死ぬ勇気がなくても、この森は陽の光があまり入らない。陽の光の有無を気にしなくとも、太陽の位置がわからなければ充分だ。ここを出られなくとも生活していける。食料を選り好みしなければ、人生に絶望した後の検体は山程あるんだから。
自治体も公認らしい。いや、ここでは森林が一種の独立した自治体だと言える。一個の文化圏が存在し、完結した生活サイクルが維持されている。ペットボトルのような分解されづらいゴミは拾っても遺体は回収しない。カンカンカンとなる音は動物由来のものだろう。不規則で強弱が付けられている。木には時折モズの早贄に混じって幹にロープを回し自分の首を結びつけた遺体が点在している。獣か人か齧った後の付いたもの、ミイラ化して男か女かも判別つかないもの、彼らは近接する町の自治体員によって服が剥ぎ取られロープも石油製であれば回収されていた。安く流通させるのだろう。私が寄った町にはそういう中古品で溢れていた。足が地面についても人は縊死できる。人が腐るには時間がかかる。9ヶ月たっぷりと内蔵…胃や腸、脾臓、腎臓から腐っていく。運が良ければ顔の見分けがつくはずだ。だが、自信がない。時々見かける死体には首が切り離されたものもあるからだ。私は、その使い道をここに来たその日に目撃してしまった。その禿げ上がった全裸の男は生首の目があった場所、眼窩に自分の腫れ上がって象の皮膚のような質感になったふにゃふにゃの逸物を突っ込んでいた。端から見れば死体のようにしか見えない。彼らは夜になると焚き木をして暖まる(私も将来そうする必要が出てくるだろう)。漆黒の中にぽつねんと火が浮かぶ、緩やかな時の流れる森林で過ごしているうりに思考力も緩やかになり、次第に働かなくなる。
余りに刺激のない環境は脳細胞を萎縮させる。時々なら逆の効果を得るだろう、しかし人は━ソフィスティケートされた環境に適応したヒトは、深淵に耐えられるようにはできていない。いや、これも適応していると言えるだろう。不要な機能を減らしているのだから。深淵に覗かれているとそう自覚している間は、まだ正気を保っているのだろうと私はその時ふと考えた。孤独の中で深淵から覗く時、人は人としての活動を停止する。本来、性悪な生物はただ《法》や《道徳》に拘束されているだけのゾンビであり、そう考えると初めから《人》としての機能は有してないと私は考えを改めた。《物》が《物》であるということを維持するだけなら生命活動は必ずしも必要条件になるわけではない。《物》としての表面上の体裁さえ整っていればいい。
無題 @Yoyodyne
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