5-3話 調査部隊迎撃


「あれ使いたい……」


ファットマンのパージしたグレネード砲を見詰めるイレヴンの願望に反し、あれは背部装着型の武装。マニピュレータによる保持及びトリガー操作に対応していない。残念!

例え使えたとしても、不利な状況に変わりは無い。ネストの皆をアセラント同士の戦闘に巻き込まない為に廃ビル群の中へ逃げ込んだものの、こんな狭い環境では11号機最大の強みである機動力が全く活きない。

互いに回避が封じられているこの対面において、勝負を分かつのは武装の火力と機体の耐久力……その両方で勝っているファットマンと張り合うのは無理がある。

プラズマキャノンでどうにか弱点を狙い撃ちすれば勝てるが、その「どうにか」がどうにもならない。プラズマキャノンの砲身冷却には相当な時間を要するので、確実に一撃で仕留めなければ後が無い。


 現状は実質的に詰みだ。

それでも退けない理由が、イレヴンにはあった。

ここで撤退した場合、誰も守ってはくれない。誰も守れない。

こんな状態だとしても、今のネストの戦力の中では11号機こそが最強なのであって、ファットマンをどうにかするまで彼はコックピットを離れはしないだろう。



 そんな時、11号機に近寄るワーカーが1機――パラポネラである。勿論隠密モードでの行動だが、レーダーの優秀なファットマンなら勘付いている筈。それでも手を出して来ないのは、向こうに高い警戒心があるからだろう……お互い様だ。

こうして、アンリは意外にも安全にイレヴンのもとへ来た。


『イレヴン、これ』


パラポネラは担いでいた荷物を降ろした。

11号機が手に取ったそれはスナイパーライフル。きちんとアセラント用の大きさをしており、折り畳まれていた銃身がガシャンと展開された。


『前にたまたま拾ったの。無いよりはマシだと思うんだけど、残弾も1発……これでどうしろって感じだよね、ごめんね』


アンリはまだ彼に申し訳なさそうにしていた。


「……勝てる」


イレヴンの口からさり気無く零れたまさかの言葉に、アンリは目を見張った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 アンリは勇んで、指定された座標へ向かった。


「アンリ、あまり張り詰め過ぎないでくださいね」

「ありがとう、フレディ。でも、この作戦は私の動きに懸かってる……気を抜く訳には行かないんだ!」


しばらくパラポネラを走らせていると、それまで何もして来なかったファットマンがレーダー上で動きを見せた。


「アンリ……接近して来ます」

「分かってる! イレヴンを信じるしかないよ」


彼女はその焦った表情に反し、落ち着いて操縦を続けていた。

そもそも、正規品ですらないワーカーでアセラントと数百メートルの距離にいるという事自体、あまりにも危険だ。

にも拘らず、パラポネラはこそこそと動き回っているのだから、何か企みがあると考えるのが自然であり、実際その通りである。

ただし、この企みを通す為、11号機がファットマンを足止めしなければならない。


「アンリ、この辺りです」


目指していた座標にあったのは、ファットマンがパージしたグレネード砲二門。何に使うかは知らされていなかったが、イレヴンが足止めをする間に、アンリは急いでそれを拾った。


『アンリ、拾えたか?』


外部声帯で出力されたイレヴンの声に口調の変化など無い……だが、今の彼は間違いなく必死だった。

ビルと衝突しないように細心の注意を払いながら相手のショットガンも躱す。安全を取り過ぎると足止めにならず、中途半端な回避では被弾する……そんな苦境に立たされながらも、イレヴンは確かに自分の務めを果たしているのだ。


「イレヴン、今終わった!」

『次の所に行け』


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ファットマンのパイロットはまたも舌打ちをした。


「どうなってやがる、この距離でまたショットガンを避けたぞ!?」


拡散した弾のうちの数発かは掠っている……掠っているだけ。ムキになって彼がまた一発撃つのだが、11号機は体操選手のように滑らかなバク宙を繰り出し、ついには完全回避されてしまった。その際、ピンと伸ばした長い脚を見せびらかして来たかと思うと、一気にドロップキックへ派生した。


「ぬおっ!」


およそ機械の動きではないそれに、薄ら寒い恐怖を抱き始めた彼。

ここまで苦戦するとなれば、優先順位が変わってくる。ファットマンはブースターを最高出力で吹かし、一度11号機を振り切った。

アセラントとは本来、単機での圧倒的な攻撃力と機動力を併せ持って敵前線を突破する兵器であり、その設計思想・観点から言えばこの【ジョン・ファットマン】は鈍重で、武装のコスパも悪い。

ただし、防御力では大きく勝っているのであって、その点を生かした突撃は11号機でも止められなかったのだ。

しかも、先程の欠点は他のアセラント・・・・・・・と比べたときの話であり、ワーカーなどに比べれば十分速い。

そうして彼は、早くもパラポネラの姿を捉えた。


「こいつ、俺のグレネード砲を拾ってやがったか。コソ泥の始末が先だ!」


パラポネラはビルの角に隠れながら逃げるのだが、彼もミサイルなども撃ちながらしつこくそれを追った。

しかし、あるタイミングで、パラポネラは何故かグレネード砲を捨てた。


「? ……何がしたかったんだ?」


このままでは逃げ切れないと判断し、荷物を降ろしたのかとも思ったが、それも腑に落ちない。

相手の意図が分からず困惑する彼の耳に、突如として騒々しいアラートが突き刺さった。直後、真上から雷のごとく一筋の青い熱線が落ちて来た――11号機のプラズマキャノンである。


「マズいッ!」


プラズマ増幅現象による一撃死を恐れた彼は、咄嗟にシールドユニットをOFFにした。


《シールドユニット強制停止。プラズマフィールド解除》


その判断を優先した代わり、周辺の地面諸共、左脚が熔けて無くなった。


《左脚部大破。直立及び歩行不能》


彼はこの被害を、最良の判断によって安く済んだと思っていた。実際、ファットマンの防御力が無ければ片足では済まなかったわけで、ブースターを駆使すればまだ一応は動ける。

が、彼はこのタイミングであること・・・・に気が付いた。

ここがかつて役所だったビル――交戦を開始して間も無く、自分がグレネードを撃ち込んだ巨大ビルのすぐ前という事だ。


「まさか、誘い出されたのか?」


彼が機体を動かせるようになるより先に、嫌な予感が的中した。

プラズマキャノン照射後、付近に着地していた11号機がスナイパーライフルを構える……問題はそれ自体ではなく、落ちているグレネード砲の弾倉の方だ。

たった一発でも相当な破壊力を持つ弾を、まだ何発も抱えていたそれが撃ち抜かれた!

次の瞬間、誘爆によって地面を突き上げるかのような震動が走り、視界は赫火で覆い尽くされた。


《シールドユニット起動、プラズマフィールド展開》


先程は咄嗟に解除したプラズマフィールドを、今度は土壇場で再展開。

それでも凄まじい衝撃に見舞われ、彼はコックピットごと自分の脳がシェイクされているかのような感覚を味わう羽目になった。

 シールドユニットと各部装甲を代償にした上で、ファットマンは爆発を耐えた。やはり驚異的な耐久力である。

しかし、そんなファットマンでも「圧倒的な質量」というのは絶対に防げない類の攻撃である。

例えば、巨大ビルの下敷きになる・・・・・・・・・など。

無人になってから管理もされず、劣化していた役所のビルは、最初にグレネード砲が当たった時点で大分不安定になっていた。そこから更に、プラズマキャノンで地盤が溶け、グレネードの誘爆で鉄骨が砕けたのだ。

ビルは軋み、傾き始める。


「つ、潰される!」


彼は悲鳴を上げ、苦し紛れのブーストで倒壊から逃れようとするも、急接近して来た11号機が蹴りで咎める。


「クソッ!」


彼は諦めずに再度脱出を試みた――が、倒壊するビルはそれを許さない。瓦礫がファットマンの逃げ場を完全に封じ込んだ。


「嫌だ、嫌だ! うわぁ、ギャアァァァァァァァッ!」


彼の最期を看取るのは、憐れみ深い天使ではない。確かに純白の翼を背負ったものではあったが、それは人が人を殺す為に創り上げた破壊者アセラントなのだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ファットマンの最後の抵抗を、イレヴンはしなやかな蹴りで返し、一言。


「さよなら」


そのままファットマンはビルの陰に吸い込まれるように地面と挟み込まれ、何もかもが押し潰される音がグロテスクなほど響き渡った


《周辺に活動する敵機無し。全滅を確認》


彼はその通知を耳にして、ようやく肩を撫で下ろした。


「お見事です、イレヴン」

「やったね、イレヴン!」


フレディは賞賛の言葉を送り、アンリがはしゃぐ一方で、彼は


「こんなに疲れたは、初めて」


と、コックピットの中でぐったりしていた。

この頃のイレヴンはまだ、それが達成感の裏返しだとは分かっていなかった。


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