5-1話 調査部隊迎撃


 イレヴンはこの後アンリから服を貸してもらう予定だったのだが、あのような事情があってまだパイロットスーツを着たままだった。お陰で彼はそのまま11号機に乗り込める状態にあったのだが、別の事情で一筋縄では行かない。

格納庫に佇む11号機の周辺を、アセラント保有反対派の者たちが占拠していたのだ。ワレンバーグたちがシャルロッテに直談判を仕掛けるのに合わせて、こちらも抑えてあるのだろう。

イレヴンは遠目からそれを見て


「困った」


と思った。(尚、思ったことは全て外部声帯デバイスで出力されていた)

ただし、対処法もすぐに思いついてしまった。イレヴンは今度、ラボへ走る。


「ニコル、起きろ」

「フワァ〜……ん? イレヴンかぁ……どうしたの?」

出撃するでる。手伝え」

「!!」


眠そうに目を擦っていたニコルの瞳が見開かれた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「どけぇ! 全員どけぇぇぇ! アセラントのお通りだ! 動くところを私に見させろぉぉ」

「うわぁっ! ニコルが暴れてる!」

「クソ、手が付けられねぇ!」


ニコルが物騒な工具を両手に、発狂に近い様子で彼らを無理矢理追っ払ったことで、イレヴンは無事11号機のコックピットに入り、起動することができた。


《エンシスジェネレータ起動……動力を確保しました》

《パイロット同調開始……システム、正常に起動しました》


格納庫の扉は既に開いていたので、イレヴンは外に出ると、宙に跳んで一気に飛び立った。

https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16818093082587549830


「あぁぁぁぁぁ! 最高ッ!」

「ニコル! お前ぇ、ブースターに焼き殺されてぇのか !?」


シューベルトが制さなければ、興奮のあまり近付き過ぎていたニコルを焙っていた事も知らず。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 今回は誰かに命令されたわけではないこともあり、イレヴンの戦う動機は曖昧だった。

ただ、彼は無意識のうちにアンリやシューベルト、ニコルにシャルロッテ……自分に良くしてくれた人たちの顔を思い浮かべていた。

まだ関わりは薄いものの、「先生」と同じ善意の雰囲気を纏う彼女らに、イレヴンは特別な感情を抱いている。

彼女らの為にできること……それは敵を排除する事だけだったのだ。



《地形スキャン開始……周辺情報を取得しています》

《マップを作製しました》

《センサーによる索敵結果を反映します……敵機42感知》


20キロ程先に敵の大群を発見したイレヴンは、直ちにそちらへ急行する。

今回の戦場は市街地跡。11号機は街に残された交通標識や自動車などを巻き上げながらそこを飛んだ。

 数分で敵を視認できる距離まで来て、分かったことがある。敵機の数で言えば先日のティニア岬基地よりも少ないのだが、そちらは主に車両やヘリが多かった。

一方、今回の敵はほぼ全てがワーカーかプロエリウス。フォーキンシリーズとて、かなり苦しい戦闘を強いられるのは目に見えている。

しかも、出撃してから気が付いた事として、現在の武装はプラズマキャノンとシールドユニットのみ。前者は弾数制限が厳しく、後者はそもそも攻撃用ではない。

ではどうするのか……


 イレヴンは遭遇したワーカーに思い切りドロップキックをカチ込んだ。脚の構造的にも威力は見込めるようで、接触した瞬間に相手は装甲がひしゃげ、吹っ飛ばされた。そのまま建物に衝突し、無事撃破可能である事が証明された。

とは言え、あまり何度もやると反動が苦しいうえ、脚部も傷んでしまうので、程々に。

2機まとめて蹴ったり、倒したものから武装を奪ったりしてイレヴンは工夫した。

ワーカーの武装はアセラントが持つには小さ過ぎるが、バズーカやハンドミサイルなどのモノによっては使用できるのだ。


 機体のことを心配したり、その場で使える物を模索したりというのは、イレヴンにとって初めての経験だ。

シミュレーションでは潤沢に武装があるのが前提だったうえ、コンピュータの仕様上、相手の落とした武装を拾う事自体できなかった。何より、全て使い潰してでもその戦闘に勝てばよかったのだ。

しかし、今は何の保証も助けも無く、彼にとって確かなものと言えば11号機のみ。イレヴンは唯一のよすがにして自分の身体の一部・・・・・を失わないように、気を遣う事を覚えた。



 前線のワーカーは片付き、今度は4機のプロエリウスが相手である。

円陣を組んで弾幕を展開して来るのだが、イレヴンはそれを掻い潜りながら、拾っておいたありったけのミサイルを撃ち込む――遠間から1機目を撃破。

続けて、2機目を前にプラズマキャノンを片方だけ使用。胸部を撃ち抜いたためにジェネレーターが大爆発を起こし、3機目を巻き込んで倒れた。

爆煙に紛れて4機目に接近し、メインコックピットの位置する頭部を踏み潰す。

これにて巨人たちはあっという間に沈んだ。

イレヴンがマップを確認すると、少し離れた方に敵が4機残っていた。それらが第2拠点を占拠しているのだろう。

イレヴンは気を引き締め直して、救援に向かった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 イレヴンは途中でアンリのパラポネラと合流した。先の戦闘の間も、彼女はイレヴンのことを追いかけていたのだ


『イレヴン、大丈夫? あれ、どうやって倒したの?』


大量のワーカーとプロエリウスの残骸を見て来たのだろう。アンリは通信画面の向こう側で青い顔をしている。


「蹴ったり」

『そ、そっか……』


話している間にエネルギーが回復した11号機は、パラポネラを抱えて再び飛び立つ。

そして、市街地跡から旧工場地帯へ差し掛かる頃、一際大きな倉庫が見えた。


「第二拠点はあれ?」


イレヴンの問いにはアンリの助手AIこと、フレディが答える。


「はい。建物の裏側に敵ワーカー3機、確かに居るようです」

『それを倒さなきゃいけないけど……まだ仲間が居る』


アンリはモニターに映るゴマ粒のような人間を見ていた。彼らは人間の数倍大きなワーカーに銃火器を向けられ、脅されている様子。

生身の彼らが戦闘に巻き込まれれば、まず助からない。彼女はそれを危惧しているのだ。


「あそこで戦うはダメ?」

『うん。ひとまず隠れよう』


イレヴンはブーストを切って、ビルの影に着地。パラポネラも地面に下ろした。


『策はあるの。これ!』


アンリは自機が携える銃火器を示した。


「ジャミング粒子入りの発煙弾です。これで一瞬敵の隙を作ることができるでしょう」

『その後はまた君に無茶させることになるんだけど……』

「分かった」


後ろめたさを抱くアンリに対し、イレヴンは作戦をすんなり受け入れた。


『じゃあ、行くよ……』


フレディに射撃アシストをしてもらいながらアンリが張り詰めた様子で引き金を引くと同時に、イレヴンは突撃を仕掛けた。

第二拠点周辺に煙幕が広がり、相手の動きに動揺が垣間見える……作戦通り、センサー類に異常が起きたようだ。

11号機もその霧中に入っていくのだが、あらかじめ相手の姿を捉えていた分有利である。

一気にワーカー3機を捕まえて敷地から押し出し、付近の建物から突き出ていた鉄骨に串刺しにしてしまった。

作品は静かに成功を収めたのだ。


『一件落着か……』


と、アンリは深呼吸をする。

しかし、イレヴンは安堵していなかった。


「あと1機どこ?」

『え?』

「ここに居たのは元々3機、全て撃破した筈では――」

『居た』


レーダーはジャミングの影響でまだ麻痺していたが、煙幕自体は11号機のブーストによって晴れている。そのため、彼は最後の敵機を目視で発見した。

かなり遠方のビル、その屋上に立っているのはサイズ的にアセラントである事は確かで、全身の装甲がごく分厚く、どっしりとした重量級機体だった。

ただし、相手が既にグレネード砲を構えている。背中に設けられたその二門の大きさと言ったら甚だしい。


砲口が火を噴いて間も無く、地面が激しく轟いた。


イレヴンの目は迫る砲弾を正確に捉えており、今からノーダメージで避ける事も難しくない。空中にジャンプし、そのまま砲弾とすれ違うような機動を取る……彼が考えるよりも先にこの判断を実行しようとした瞬間、視界の端に生身の子供の姿が映った。



 直後、第二拠点の隣のビルが炸裂し、猛烈な爆風を引き起こした。熱や衝撃に加え、飛散する大量の破片が辺り一帯を襲う。


《プラズマフィールド、突破されました。シールドユニットダウン》

《姿勢制御に失敗しました》


11号機のコックピット内ではビー! ビー! ビー!と、アラートとエラーのけたたましい音が響いていた。

イレヴンは生命線たるシールドユニットを犠牲に、第二拠点を庇ったのだ。

これは、彼が自身のよすがである11号機と、ネストの見知らぬ者たちを天秤に掛けた末の覚悟――いや、天秤に掛けたというよりも、

11号機の価値を、11号機を誰の為に使うのかをはっきりと定めたのだ。

 ここからの被弾は洒落にならない。それでも彼はすぐに機体を起こし、臨戦態勢に戻る。


《敵アセラント、データに照合有り。機体名【グレイブ・バッファロー】、戦術レベルC 》


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