第1章
1話 出撃――門出
・前書き
性別不詳の人物に対し、『彼(彼女)』という3人称を用いますが、途中から『彼』に省略します。『彼』の、古い使い方では性別を区別しなかったためです。
また、機械・ロボット用語が大量に登場します。必要に応じて別エピソ―ド「語注」をご利用ください。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
[整備進行状況、80%]
[肩部第2武装装填完了]
《胸部ラジエーター、交換中……正常に接続されました。ロックします》
鳴り響くサイレン、鉄塊が揺れる音……退屈していたイレヴンは
(うるさいなぁ……)
と思っていた。
無機質な声による通知や報告……それ自体は、普段耳にするより少し多い程度だが、このような物々しい騒音を伴う事は無かった。
《機能制限を部分解放、マニピュレーターの操作権限が移行しました》
[右腕部武装保持中……アタッチメント接続完了]
[左腕部武装保持中……アタッチメント接続完了]
《マニピュレーターの操作権限が返還されました》
《武装使用可能になりました》
《エンシス貯蔵タンク100%充填。密閉完了》
[追加ブースタータンクの装着を開始]
またガチャンと音がして、狭い部屋ごとイレヴンの身体が揺れる。
彼(彼女)のヘルメットは機能がOFFになっていたため、視界は真っ暗。この座席に着いたは良いものの、何かの準備が整うのを待つ他無い。イレヴンは仕方無く、その細い手をウロウロさせていると、馴染みのある位置に何かを見つけた――操縦桿である。
同時に、ペダルの存在も確かめたイレヴンは、確かに上官であるボロフスキーの言った通りだと納得した。
彼は先程のブリーフィングにて、
「今回は少し大掛かりなシミュレーションというだけだ。いつもと多少異なる部分があるだろうが、気にせずいつも通り取り組め」
と言っていたのだ。
良くも悪くも、イレヴンはこれに忠実であった。
《エンシスジェネレーター起動》
回り始めたタービンが轟々と響いたかと思うと、出力が上がって行き、今度はけたたましく高鳴り出す。
その音と共に機体の端々へエネルギーが伝わって、行き渡った事を示すかのように全身各所のライトが目を覚ました。
《……動力を確保しました》
[外部電源接続解除]
《パイロット同調開始……》
座席後部の機械とヘルメットを繋ぐケーブルのピンがカチッとはまり、イレヴンの視界がスッと明るくなった。
神経操縦システム――パイロットの神経を機体の電気信号と連動させる技術だ。レバーやボタンに頼らず、緻密かつ素早い動きを可能とする。レバーやボタンはむしろ補助でしかない。
《シンクロ率93.1%。システム、正常に起動しました》
部屋の外が見えるようになった。
鉄に囲まれた場所で、沢山の小人が行き交っている――イレヴンにはそう見えた。
別室でのシミュレーションに慣れていた彼は、ハンガーデッキに来た事が初めてで、自分が巨大なロボット兵器に搭乗している実感も薄いのだ。
[最終調整完了。整備員は退避せよ]
《発進シーケンスを開始します》
ロボットアームやクレーン、作業用車両が道を開け、イレヴンの機体は台座ごと前方に移動して行った。
ある程度進むとそこで止まり、正面に伸びる一本道の果てでシャッターが開く――これはカタパルトである。
扉の向こうは相対的にひどく明るく、真っ白に輝いている。思わず目を細めるイレヴンには、自由で新しい世界が待ち受けているかのように思えた。
また、すぐ右には司令室が置かれており、発進を見送る形になっている。窓辺には丁度、後ろで手を組んだボロフスキーが佇んでいた。
[ブラストディフレクター設置完了]
[シリンダー接続、リニアカタパルト用意完了]
《司令室から通信が入っています》
コックピットにはボロフスキーの声が再生される。
『これより全ての機能制限を解放する。イレヴン、お前が自分で始めろ』
イレヴンはひっそりと頷いて、ペダルに脚を掛けたときだった。
『待ってくれ! あの子を実戦に出すなんて聞いていない!』
イレヴンは再び司令室に目を向けた。
肩で息をするように駈け込んで来たのは、イレヴンが「先生」と呼ぶ人物だった。
彼はボロフスキーの胸倉を掴み、その怒鳴り声がこうしてマイクに拾われている。
しかし、彼の訴えは虚しく、
『ボロフスキー、今すぐ出撃を取り消s――』
《通信が終了しました》
と、途中で切られてしまった。
イレヴンもそれは気に掛かったが、
(話ならこのシミュレーションが済んでからすればいい)
と考え、踏み
背部に取り付けられた、機体よりも大きなロケット状の追加ブースター。そのノズルから赫赫たる火が迸ると同時に――
[カタパルト射出]
直後、正面から強烈なGが襲い掛かり、イレヴンを背もたれに叩き付けた。
彼が苦しむ中、速くも機体は空中に打ち出される。
《離陸しました。巡航形態へ移行……時速1500キロ到達》
《スタビライザー、耐久度危険域です》
機体の姿勢が悪く、空気抵抗をもろに受けている部品があるようだ。
イレヴンは細い腕を踏ん張って何とか体を起こすと、これを持ち直すべく、操縦に集中した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
イレヴンは知らない場所をまっすぐ飛んで行く。
吹雪の空を抜け、海の上を渡る。やがて雲の影からパッと出て、機体の真白い装甲は明るい陽光を浴びてオレンジ色と化した。
パイロットスーツのG軽減機能のおかげで少し落ち着いたイレヴンは、初めて見る自然の風景に心を奪われていた。
あまりの速度で、周りがむしろゆったりして見える。
左右に限り無く広がる海は、一瞬の間に何度も波の色を変えていた。
兵器パイロットとして最低限の生活しか送って来なかったイレヴンに複雑な形容詞の持ち合わせは無いものの、「綺麗だ」と思う自分の感性ははっきり分かった。
イレヴンにそれを教えたのは例の「先生」だった。世話役兼カウンセラーである先生は、若さに見合わず包容力のある人格で、イレヴンのことを年の離れた兄弟――或いは我が子のように可愛がった。
しかし、イレヴンが彼のもとに戻れる保証はない。
イレヴンが違和感を覚えている通り、今回もシミュレーションというのはまるっきり嘘なのだ。これは人型機動兵器【フォーキンシリーズ】第11号機の
作戦終了後に回収予定こそあるものの、ボロフスキーたちは戦闘データさえ取れれば最悪撃破されても構わないと考えている。
尤も、イレヴン本人はそんな事を知る由も無く、夕焼けを飛ぶ白鳥を眺めていた。
(あの生き物はなんだろう……後で先生に訊こう)
・後書き――――――――――――――――――――――――――――――――――
11号機のデザイン↓
https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16818093076756334578
脳内補完にお役立てください。
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