第8話 ドラゴンと子づくりクエスト


「あの、畏れ多くも進言してもよろしいでしょうか?」


 表情の変化に乏しい爬虫類の心境を、顔面から読み取ることは不可能に近い。「いいぞ。言ってみろ」と僕の意見を聞くことにしたのは、気まぐれか、あるいは僕へのほんの少しもの憐憫か。


「体格差があまりにもありすぎて、その、戦いにもならないと思うのですが……」


 戦いという表現を思わず使ってしまった事に、僕が現状をどのように捉えているのか如実に現れている。愛と神秘を宿す神聖な行為を野蛮な闘争と同一視する事はもちろん僕の本意ではないのだが、幾らなんでも巨大な爬虫類と性行為をしろと言われれば、本能的にそれを命懸けのものと捉えてしまう。せめて巨大な人類か、人型の爬虫類にして欲しい。それならヤレる気がする。

 ドラゴンさんは意外にも素直に「それもそうだな」と僕の言葉を真に受けた。では、ドラゴンさんには巨人を探してもらう事にして、チビの僕はお暇させてもらおう。


「待ってろ、サイズを合わせてやるよ」


 まるでズボンの裾でも捲るかのような心地でドラゴンさんが言った途端に、彼女の体がドロドロのマグマみたいなものに変わっていく。

 もしや脱皮の逆バージョンのようなことが出来るのか? いや、だとしてもドラゴンとの性行為は些か僕の手には余る。

 そんな事を思っているうちにドラゴンさんの変態は完了した。その間、実に数十秒。莫大な質量はあっという間に凝縮されて、ドラゴンさんの大きさは僕より少し高めの一メートル八十センチ程になっていた。

 だが、真に驚くべきはその圧縮率ではなく、羽の生えたトカゲといった趣だった風貌がすっかり人間と遜色ない形に変わっていたのだ。


 ドラゴンの頃にも生えていた角や翼、尻尾などは健在なものの、それ以外はまるっきし人間である。服代わりに辛うじて恥部を隠す程度の鱗のようなものが体に張り付いているが、あれもドラゴンだった頃の名残なのだろうか。四肢の末端付近にも似たようなものが付いている。

 まるでエネルギー保存の法則を無視した大変身に見えるが、おっぱいとお尻がむやみに大きいので、あそこら辺で物理法則とのつり合いをとっているのだろう。


「に、人間の姿になれるのですね」

「その言い方には語弊があるな。人間の姿になれるのではなく、ドラゴンの姿になれるんだよ」

「つまりはそちらが本来の姿だと?」

「そうだ。……全くもって我ながら情けない。ドラゴンになり損ない、こんな中途半端な姿で産まれてくるとは……」


 つまり彼女も亜人と言う訳か。どうやら僕はつくづく彼女らと縁があるらしい。

 心なしかの親近感を覚えていると、ドラゴンさんが急接近してきて僕の腕を掴んで地面に押し倒した。「でも、これで恥辱の日々ともオサラバだ!」


 馬乗りになられて、両腕も押さえつけられた。抵抗する術が僕には殆どない。力の差も先ほどで歴然とした。

 あわやこのまま凌辱の限りを尽くされる、そう諦めかけていたが、ドラゴンさんは馬乗りになってからピクリとも動かない。


「あの、ど、どうしたんですか?」

「え?! いや、その、あのだな、えっと……その……」


 ドラゴンさんは目を白黒させて露骨に動揺している。もしや…………


「ドラゴンさん、初めてなんですか? こういうことするの?」

「いや! そ、そそそ、そういう訳ではなくってな……そのだな、ええっと」

「初めてなんですね?」

「う、うん。初めてだよ」


 なら僕も初めてなので、初心同士でお似合いだね。なんてほんわかはしていられなかった。なんせ彼女は「ファ、ファーストキスだから、き、緊張しても仕方がないだろ」などと言い出したのだ。

 これは、初めてとかどうとかの次元ではないかもしれないぞ。


「…………ごく当然の事をお聞きしますが、あなたは僕とこれから子供を作るんですよね?」

「と、当然だ! その為にお前を攫ってきたんだ!」

「では、これから何をするのですか?」

「な、何って……」

「子供を作るために何をするんですか? はっきりお答えください!」


 僕の強気な口調に、彼女は顔を真っ赤にして答えてくれた。「キ、キス……だろ……。言わせんな、恥ずかしい……」


 どうやらドラゴンの子作りは、キスのみで終わる非常に効率の良いもののようだ。

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