第7話 男としての矜持
僕を小屋の一部ごと一口にしたドラゴンは、残った三人を小さな瞳で睥睨した。その唯ならぬ威圧感には、さしものアヨンさんたちも迂闊に手は出せなかった。
「おい! トカゲ野郎! さっき丸呑みにしたのはアタシたちのもんだ! さっさと吐き出せ!」
「そうだニャ! 早いとこぺっしないと、その馬鹿みたいにデカい口を引き裂くニャ!」
「今なら穏便に事を済ませて差し上げますから、降伏しやがりなさいな!」
なので、口を出す事にしたようだ。三人が一斉に思い思いの言葉をドラゴンに浴びせかけた。
半壊した小屋の中でギャーギャー喚く彼女達にドラゴンは、浴びせられた言葉のお返しと言わんばかりに大きな鼻息を浴びせた。「くっせ!」とアヨンさんが悲鳴に近い感想をあげた。
「そう愚図るな、ちっこいの。こいつはお前たちには勿体ない。オレが貰っていく。お前たちみたいなのは、牛やら豚やら捕まえてそいつと子を作るのがお似合いだ」
横に大きく裂けた口を器用にモゴモゴさせて、ドラゴンは人間の言葉を喋った。それに驚いていたのは僕だけのようで、この世界のドラゴンというのは翼の生えた大きなトカゲって訳ではないようだ。
「ふざけた事言いやがって――うおっ!」
ドラゴンの嘲笑めいた口調にいよいよ堪忍袋が堪えかねて、アヨンさんがドラゴンの赤い鱗に飛びかかったが、全長と同じぐらい大きな翼が巻き起こす辻風に吹き飛ばされてしまった。
「他にも人間は幾らでも居る。コイツでなければならないという理由もあるまい。あばよ」
周囲の木立を薙ぎ倒さん程の風を撒き散らしながら、ドラゴンは北の方へと飛んでいってしまった。
「あの野郎、こっちが何も知らんと思ってしゃあしゃあっと」
「さっさと追いますわよ! あの方角ならおそらく『手の山』ですわ!」
三人はすぐさま、ドラゴンの大きな影を追って森を走り出した。
◇
『手の山』という単純な名称は、山の峰が人の手のような形をしているという単純な理由で付けられたそうだが、僕の目にはどうにも手には見えなかった。星の並びを蠍とか双子に見立てるぐらいに無理があると思う。現代人が失って久しい、想像力と寛容さが成せる技なのだろうか。
山の山頂でドラゴンは僕をぺっと吐き出した。口の中には小屋の残骸も含まれていたのに器用に僕だけを吐き出す芸当には、ワニみたいな顔のくせに流暢に人の言葉を喋るのも頷ける技巧を感じずにはいられなかった。
唾液まみれになって全身から異臭がする事を気にかける暇は僕にはなかった。今の僕が気にかけるべきことは、恐竜みたいに大きな爬虫類を前にどうやって無事に逃げ遂せるかだけだ。
後ずさる僕を見て、ドラゴンは顔を近づけて言った。「逃げられると思うなよ」
「お前はもうオレのものだ。運がなかったと諦めるんだな」
「僕を食べる気ですか?」
「そういうつもりなら、口に含んだ時点でもう呑み込んでるよ」
全くもってその通りである。そんなことは僕にも分かっていた。あえて分かりきったことを聞いたのは、会話をする事でどうにか策を練る時間を捻出する為である。だがそんなことは相手にも分かりきったことであるようだ。
「諦めろと言ったよな?」宝石みたいな目を僕に近づけて、ドラゴンはそう言った。僕は「何をする気なんですか?」と言った。
「こうして男を巣まで連れてきてやる事と言えば、一つだけだろうよ」
その時、僕の背筋に悪寒が走った。一人称がオレだったので、つい性別をオスだと思い込んでいたが、もしかしてこのドラゴン…………。
「さあ、子供を作るぞ。人間」
幾ら性欲の強い僕とはいえ、おっきな爬虫類相手に勃起することは出来るのだろうか。男としての価値が試される土壇場である。
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