第2話 道程は童貞よりも重い

 先程まで神様はあれほど盛り上がっていたのに、今では酷く冷たい表情をしておられる。

 何かまずい事でも言ったかな?


「ごめん。なんて言ったの?」

「女の子とセックスしたいです」


 再度沈黙。神様は眉間に手を当てて何やら深く考え込んでいる様子だ。

 神様は暫くその調子でうーんと首を何度も傾げている。そしてもう一度確かめるように「すみません、私ったら耳が遠くなっちゃったみたいで、もう一度言ってもらえる?」と言った。


「女の子とセックスしたいです。しまくりたいです」


 神様はついに手で目を覆い、天を仰いでしまった。挙句に「神よ……」と呟いている。神様は自分だろうに。


 これは僕が本格的に悪い事を言ってしまったに違いない。でも恐ろしいことに思い当たる節が全くないのだ。

 したいことを聞かれたから一番やってみたいことを答えただけなのに、あれほどのショックを普通受けるだろうか。いや、受けるはずがない。

 もしも僕の答えが「人殺しがしたい!」とか、「人の物を盗みたい!」とか、人道に反するようなものであれば、神様が落胆するのも無理からぬ話だ。

 しかし、セックスすることは別になにも悪くはない。


 うーん、一体何がいけなかったんだろう。


 僕も神様と一緒に考え込んでいると、「えっと、あなた黒道祐樹くろみちゆうきで間違いないわよね」と神様は尋ねてきた。

「はい。間違いないです」と僕は答えた。


「あなた、身を挺して子供を守るほど良い人間よね」

「いいえ、僕は神様から良い人間と言われる程、大した人間ではありません。むしろ自分の身を危険にさらした愚か者です」

「間違いなく良い人間だわ。……で、異世界に行ったら何を望むの?」

「女の子とセックスしまくりたいです」

「ダメだ。何度聞いても性欲でしかものを語らないよコイツ」


 神様の反応から察するにどうやら僕が女の子とセックスしたいのがダメらしい。


 ……なんでダメなんだ?


 女の子とセックスするのが悪いことだとは思えない。むしろ気持ちよくて、お互いの愛を確かめ深め合う素晴らしい行為だ。

 神様ほどのお方だからきっと深い考えがあっての事だろう。凡夫たる僕のような人間では、いくら考えても埒が明かない。直接訪ねる無礼を許していただこう。


「そんなにダメですか?」


 僕がそう尋ねると神様はばつが悪そうにぽりぽりと頭を掻いた。


「ダメって訳ではないけど……あなたは私の使徒として、異世界に行くのだから、その、なんと言うか、清廉潔白でいてもらわないと」


僕は神様の言葉を聞いて立ち上がった。「性欲のどこが清廉潔白ではないと言うのですか!」


「ハッキリ言います! 僕は可能であれば神様ともセックスしたいです!」

「ひぃっ!!」

「でも、しません。僕たちは出会ったばかりで、そういう関係ではないからです。だけどもしたいものはしたいです。僕はとても性欲が強いので目に付く女性全員とセックスがしたくてたまりません。でも、礼節は弁えます。犯罪行為は絶対にしません。過程が重要です。道程は童貞よりも重んじるべきものとは、父の言葉です。僕はその教えを違えたことは一度たりともありません。どれほど衝動に駆られても理性でそれを自制できます。でも思うものは思うのです! ただ、とてもセックスしたいと、そう思うのです!! それは邪なことなのでしょうか!!!」


 僕の熱弁に神様は圧倒されて身を引いている。少し力が入りすぎたようだ。


「申し訳ありません。熱意のあまり無礼な態度を取ってしまいました」

「い、いいえ。大丈夫です。大丈夫。そうね、あなたは素直な良い人間なんだから、何やりたい? って聞かれたら素直にヤリたいって答えちゃうわよね。素直故に」


 神様はパンと両手を合わせる。その様子は気を取り直すような、そんな調子だった。


「あなたの願いを聞き届けるか否かはさておき、十分に素養のある人物だということは分かりました。貴方さえ良ければ私の使徒として、違う世界に行ってはくれませんか?」


 神様に認められるとは、これ程の名誉が他にあるだろうか。ここで断るのは彼女への不信仰に当たるだろう。


「はい。ありがたくその提案受けさせていただきます」


 僕は神様の提案を快諾した。しかし、一つだけ聞かねばならない事が残っていた。「しかし、僕はその世界で何をすればよろしいのでしょうか?」


 僕が聞くと神様は笑みを湛えて答えてくれた。


「別に特別なことはしなくていいわ。あなたは生前と同じように、良く生きてくれれば結構です。そうしてくれることが、私の望みです」


 神様が言い終わると、僕の身体が光に包まれ始めた。

 数分もしないうちに視界全部が光に包まれ、そこで僕の意識は途切れた。

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