なぜなら私は、サイボーグ悪役令嬢だから!!〜破滅が運命づけられた悪役令嬢に転生したけど、拳で明るい未来を勝ち取ります!〜
@ookam1
第1話 立ち上がれ!!サイボーグ悪役令嬢!!
前回までのあらすじ
ここにテキストが入ります
私が私であることを自覚したのは、数十秒前のことだ。
何やら哲学的に聞こえるだろうが、これは自己認識に関する啓蒙的文句などではなく、紛うことない事実を言い表した言葉である。
数十秒前の私は自身の事を『ハブリー・インポリオ』ご本人様と信じて疑わなかった。
綺羅びやかなドレスを身に纏うだけでは飽き足らず、豪奢なアクセサリーをこれでもかとそこら中に散りばめ、もはや歩く宝石箱と言っても過言ではない重装備を実現しているハブリーは、公爵家のご令嬢であり王太子の婚約者というパーフェクトな肩書まで持っている。
向かう所敵なしの彼女は、権力に物を言わせた敵ばかり作る横暴なムーブで国中所狭しと暴れまわっていた。その癖に渡世術を完璧までに身に着けており、王室での彼女の評価は秋の空よりも高かった。
そんな彼女がしょうもない前世の記憶を取り戻して、ハブリー・インポリオという悪役令嬢キャラの中に入った
脳医学的な知見を一切持ち合わせていないが、あの芸術的なフォームの転倒が脳に絶妙な刺激を与えて、たんこぶと一緒に海馬のどっかにしぶとくこびりついていた前世の記憶を呼び覚ましたに違いない。
生前の私は本当になんの変哲もないOLだった。
代わりなど何処にでもいるけど誰の代わりにもなれない、そんな凡人極まる人生を歩んできた私であったが、散り際だけは平凡さに似合わないほどにデンジャラスで壮大なものであった。
バスジャックに巻き込まれたのだ。
犯人の主義主張が何だったのかはついぞ私の知るところにはならなかったが、どんなしょうもない理由にしたって乗客が私一人の時を狙わなくたっていいじゃない。
初老の運転手さんとお疲れOLの私、そして黒い目出し帽がチャームポイントのバスジャック犯を乗っけたバスは順調に暴走を続けた。時折バスジャック犯のあんちゃんが「バカジジイ! スピードの出しすぎだ! 危ねえって!」と、運転手さんに罵声を浴びせていたのが印象的だった。……というか、それが死因だった。
「だからスピード落とせって! おい! ジジイ!」
私が最後に聞いた言葉がこれである。もしかして運転手さんは私が居ることをすっかり忘れて、バスジャック犯を地獄のバス停まで連れて行こうとしたのかな?
だとしたらぜってぇ許さねえからなあのクソジジイ。
こうして可哀想な私とバスジャック犯さんはクソジジイに殺されてしまった訳だけれど、ギリギリ犯罪を犯していなかった私は第二の人生を歩めているわけだ。
でもなーんで、よりにもよってハブリーに転生してんだ、私は。
ハブリーは私が前世に遊んでいたRPGライクのハイファンタジー乙女ゲー『エスブリトリオ』に登場するキャラクターである。
勿論ここがゲームの世界って訳ではないだろうけど、驚くべく程に私の頭の中身にあるハブリーが歩んできた十数年の記憶は、ゲーム内のあらすじと一致するものだ。
そうなれば、彼女が今後歩む事になるであろう運命もまた、ゲームのシナリオに順したものになるだろう。
前述したとおりにハブリーはいわゆる悪役令嬢キャラだ。しかもかなり気合の入った嫌なヤツ。
こんな奴がなんのお仕置きもなく野放しになるのは現実だけであり、創作物の中ではキッチリとお灸が据えられるのがお約束である。
悪事の大小に関わらず据えられるお灸の大きさは、世界観のシビヤさに一任されることが多いが、エスブリトリオはその点では結構シビヤなゲームだ。
主人公一味がインポリオ家の犯してきた度し難い悪事の数々を看破するのを皮切りに、ハブリーの人生は一転する。
インポリオ家は一族郎党全員が国家転覆の重罪人として捕まることになったのだ。その首謀者としてハブリーの父と母の処刑が決定する。
ハブリー自身も王太子との婚約が破棄されてしまい、たっぷりの情状酌量を受けながらも国外追放の刑に処されてしまう。
これだけでも十分な罰だと思ったけれど、その後のエピローグでサラッと国外追放されたハブリーは亡命中に野伏りの類に襲われて、それはそれはここで書くのも憚られるような無惨な最後を遂げたと追い打ちがかけられる。
そんな悲惨な運命を決定づけられたハブリーになってしまった訳だけれど、幸い今後の展開は前世の記憶として持っている。現代人特有の叡智と合わせれば、予知能力者めいた先読みで破滅の運命を回避することが出来るかもしれない。
惜しむらくは、主人公達がインポリオ家の悪事を白日の下に晒す日が明日に迫っている事だろう。
ギリギリになってからバトンタッチするな! せめて最初から贅の極みみたいな自堕落な生活を送らせろ!
記憶と精神の関係性については、けんけんがくがくかんかんこんこんと著名な学会やら何やらで議論されているだろうが、少なくとも私は私になってしまっている。ハブリーが一六、七才なのに対して、私が二七才だからだろうか。記憶の積み重ねが多い方に精神は引っ張られるのかもしれない。
ともかく、ハブリーでありつつどっちかと言うと千恵美要素のが強い私には、この肉体が送ってきた豪奢な暮らしはどこか他人事のように思えるのだ。
せめて一週間ぐらいあれば、隠滅工作は出来なくとも、逃亡の算段ぐらいは立てられただろうに…………。こっから入れる保険なんてあるのか…………。考えろ、考えるんだ千恵美……。受験の時ぐらいにしか使わなかった新鮮な頭をフル回転させろ……!
小一時間ぐらい頭を抱えたが、妙案はさっぱり思いつかなかった。
私の頭が悪いのか、ハブリーの頭が悪いのかは判然としないが、恐らくはどちらともだろう。
あわや万事休す。そう思えた時であった。
「こんなこともあろうかと!」
どっかで聞き覚えのあるセリフと共に部屋に入ってきたのは、インポリオ家の執事であるノーマンであった。
ノーマンは見事に禿げた頭部とトレードマークの片眼鏡をキラリと光らせて、何やらご満悦な表情である。
ノーマンがこの日に私の前に現れるのは予想外の出来事であった。ノーマンはハブリーの父の第一の側近としてインポリオ家の悪事にどっぷり加担し、あっちにこっちに暗躍しまくった挙句に主人公達に討ち倒されるインポリオ家騒動編の実質的なラスボスである。いやあ、ノーマンめちゃ強かったなあ。
今頃ノーマンは主人公達との決戦に備えて兵隊やら何やらの準備で駆け回っているはず……。それがなぜ私の前に?
「ノーマン、一体私に何の用なの?」
「先ほどからお嬢様の奇行をコッソリ盗み見ておりました。思い出して、おいでですね?」
「!?」
私は二つの意味でびっくりした。
ノーマンがさっきまでのコケて転げて唸って悩んでを盗み見てた事と、私が前世の記憶を取り戻した事を知っている事にだ。どっちかと言うと前者の方がショックが大きい。
「何故その事を…………てか、乙女の部屋を覗き見るな。変態」
「ずっと、待っていました。破滅の運命が一歩ずつ迫りくる恐怖の中、この時が来るのを――!」
感極まったノーマンはそのままのテンションで盗視の件をあやふやにしようとしている事に私は気づいたが、流石に一々口を出して重大な話のテンポを削ぐのは憚られた。
ノーマンは自分も同じく転生者であると、私に語ってくれた。
自分もあの日、同じように命を落としてノーマンに転生したのだと。そしていち早く前世の記憶を取り戻したが、一人では破滅の運命から逃れる術を見つけられずにいたと。
「あの日って、まさか……貴方は……!」
「そうです! 私はあの日、バスを運転していた運転手です! 稲田です!」
「出たな! 元凶!!」
「元凶?!」
バスの運転手といえば、うら若き私とバスジャック犯さんを死に至らしめた悪の枢軸である。それが悪党であるノーマンに転生したというのはなんたる偶然であろうか。主人公達に討ち倒される前に、私が正義の名の下に断罪してやろう。
「待って、待ってくだされ! 危ないですから! 本当にマジで」
「お黙り! 正義の鉄槌受けてみろ!」
私は握りなれていない拳を握りしめて、満腔の力を込めてパンチを繰り出した。
そのパンチに込めた力が強すぎたのか、私の拳は手首から取れて壁を貫通してどっかに飛んでいってしまった。
「…………え? ナニコレ?」
「素晴らしい! 素晴らしい性能だ!」
ギリギリで私の飛ぶ拳を避けたノーマンが立ち上がりながらそう呟いた。
全く要領を得ずに唖然としている私に向かってノーマンは登場時の台詞を繰り返した。「こんなこともあろうかと、改造しておいたのです」
「改造って、何を?」
「貴方をです」
「私を? 何に?」
「サイボーグ悪役令嬢に」
どうやら私は知らぬ間にサイボーグ悪役令嬢に改造されていたようだ。どうりで腕が飛ぶわけだ。
…………いや、サイボーグ悪役令嬢って何だよ。
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