ロミオのスカートをめくらないで
かにぃ=しょーん(3代目)
第1章 菊月高校編(全2話)
第1話 「この世界の男女比はおかしい」
「オレ、学校やめるから!」
全校生徒が集まる体育館の舞台上で、スポットライトに照らされた逢坂浪澪(あいさかろみお)は宣言した。
海沿いの小さな街に立地する菊月高校──唯一の男子生徒である彼の退学宣言は、全校生徒を震撼させた。
いかないで。ここにいて。冗談、だよね。
女子生徒たちの悲痛な叫びが館内に響いている。
その様子を見かねた浪澪は「だけど」と続けた。
「後味悪いよな、このまま退学ってのも。納得してない人も多いみたいだし。そこでオレから一つ提案があるんだけど……聞いてくれるか?」
そして繰り出される一言が、菊月高校創立以来の大騒動を巻き起こすこととなる。
***
カーテンの隙間から今日一日の快晴を保証するような朝陽が差し込んだ。眠り目をこすりながら、浪澪は体を起こす。すっと瞼を開き、親譲りの青い瞳に世界を映した。
枕元に置いたスマホを手にすると、まず初めにLIMEの未読メッセージを確認。アプリアイコンの右上で点滅する通知バッジには、四桁の数字が表示されていた。
「……うむ、今朝も大漁ですな」
メッセージの送り主は、同じ高校に通う女子生徒ら数百名。内容は、挨拶や世間話などの他愛ない日常会話から交際の申し込みまで人それぞれだ。みんなお盛んですなぁ、と浪澪は苦笑する。昨夜はたった一件の未読も残さず、送られてきた全てのメッセージに返信してから眠りについたというのに。朝起きてみればこの有様だ。
……さあて、今日も頑張りますか。
寄せられたメッセージに返答する義務はないのだが、未読無視される相手の気持ちを思うと見て見ぬふりなどできず、結局その全てに返信している現状である。それで気づいたら夜が明けていた──なんてこともしばしば。
未読無視をすれば相手の機嫌を損ねるし、返信する人数を限定しようものなら依怙贔屓していると思われて、他の女子生徒の反感を買ってしまう。学校の秩序を守るためにも、そのような事態はなるべく回避したい。
校内、もとい町内唯一の男子高校生である浪澪は、その存在自体が争いの元凶となりえる。そのため学校では、全校生徒のアイドルとして振舞うよう心がけていた。
「おはようございます、浪澪様」
「うお!?」
吐息混じりの声が耳にかかり、思わず飛び上がる。いつの間にか、本当にいつの間にか、浪澪の隣には双子の姉──逢坂珠璃(あいさかじゅり)の姿があった。肩と肩が触れ合う至近距離。ほんのり眠たげな半目で浪澪の顔を見つめている。
「ちょっと離れてくれんない?」
「朝食の準備が整いました」
「ああそう……」
金髪碧眼。目鼻立ちがはっきりしたシャープな顔立ち。日本人離れしたその風貌は、弟の浪澪と似ている。長袖ロング丈の、クラシックなメイド服が彼女の上品な風貌と釣り合っており、絵画から飛び出たような美しさをたたえている。とはいえ、メイド服を普段着とする感性は如何なものかと浪澪は疑問に思う。
「後で食べるからラップかけといてよ。今はLIME返すので忙しいからさ」
「浪澪様とあろう御方が、わざわざそのような雑事に時間を割く必要はございません。私(わたくし)めが代行いたします。お任せください」
様とか御方とか抜かしているが、浪澪はただの一般庶民である。姉がいつからこんな態度を取るようになったのか、浪澪には覚えがない。本当にいつの間にかこうなっていたのだ。昔はたしか自分のことを振り回す暴君のような姉だったと記憶している。それがまるで真逆の性格になってしまった。
「悪いけど遠慮しとくよ。これも一応アイドルの仕事だしさ。他の誰かにやらせたら、ファンを裏切ることになっちゃうだろ?」
「……左様ですか」
珠璃は浪澪の顔をじっと見つめる。
「けっして、ご無理はなさらぬよう。私心配です」
宝石のような青い瞳はどこか物憂げだった。
返信作業を終えて自室を出る。階段を降りてダイニングに入ると、食卓には朝食が並べられており、出来たてといわんばかりに新鮮な熱気が立ち上っている。浪澪が降りてくる頃合いを見計らって珠璃が温め直したのだろう。
食事しながらテレビを観ていると、物騒なニュースが飛び込んできた。女性キャスターは事件について淡々と語っている。
『昨日午後20時ごろ、東京都新宿区のイベント会場で、男性アイドル
火崎は同時進行で、犯人の女性含め百人以上のファンと肉体関係をもち、さらに子供まで身籠らせていたという。その事実を知り、怒りに駆られた犯人は火崎を殺害しようとした、とニュースは語っている。コメンテーターは犯人を強い言葉で非難。一方、女性に不義理を働いた火崎に対しては『大事に至らなくてよかった』『療養を終えたら、また芸能活動に復帰してほしい』などと激励の言葉を述べるばかりで、彼のファンに対する身勝手な振る舞いには言及しなかった。そして世間もコメンテーターと似た感想を抱くのだろう。誰も、火崎の行いを責めたりなんかしない。
つくづく男性優位な世の中だと浪澪はため息をつく。そんな感想を抱くのは、自分も同じ男だからだろうか。よく分からない。
「そのうちオレも刺されるかもな」
気分が落ち込むのを自覚して、それを誤魔化そうと軽口を叩く。男性というだけで事件に巻き込まれる昨今。とても他人事とは思えなかった。
「そんなことにはなりません。させません、絶対に」
そのために私たち【男性侍衛官(だんせいじえいかん)】がいるのですから、と珠璃は断言。険しい視線をテレビの方へ向ける。
「本件は、侍衛官の怠慢が招いた結果によるもの。本来であれば、未然に防がなければならない事案なのです」
手心のない厳しい指摘。侍衛官としての誇りと自信が、珠璃にそう言わしめるのだろう。実際、男性侍衛官として珠璃はきわめて優秀である。たしか侍衛官訓練校を首席で卒業したとかなんとか……。そこらへんの事情は浪澪も詳しく知らない。凄いことは確かなのだが。
「私は、あのような失態は犯しません。この命にかえても全力でお守りいたします。浪澪様に危害を加えんとする不届き者には──」
珠璃は、体の外側から弧を描くように空中を蹴ってみせた。寸分の狂いもない完璧なフォーム。空を切る音は刀剣を振るったときのそれだ。ひょっとすると電信柱をシャーペンの芯のごとくへし折れるかもしれない。そう錯覚してしまうほどの威力。
「この黄金の右脚から繰り出される必殺の従者キックを喰らわせてやります。そんでもって冥土に送ってやるのです。メイドだけに」
珠璃は、自分の着ているメイド服を見せびらかすようにその場でくるりと一回転。スカートを摘んでペコリとお辞儀をした。何だったんだ今の動きは。とりあえず拍手してから、浪澪は指摘する。
「いやなにも冥土まで送らんでも……。ちょっとは手加減してやりなよ」
「承知しました。では殺八分目(ころはちぶんめ)に留めておきます」
「そんな腹八分目みたいなノリで……。そしてキッチリ瀕死まで持って行くんだな……」
【男性侍衛官(だんせいじえいかん)】。
男女比が1:300となった現代において、男性の護衛を職務とする公安職である。国家試験を突破し、政府から正式な認可を受けた者が侍衛官に抜擢される。
護衛対象とのあやまちを防止するために、侍衛官が警護する対象は三親等以内の近親者と定められている。そのため、侍衛官と護衛対象の続柄は異母姉弟(異母兄妹)であることが大半で、浪澪と珠璃のように、実姉弟で組むことはごく少数である。
また原則として、男性一人に対して三人以上の侍衛官が随伴することになっているのだが、浪澪の場合は珠璃一人だけである。その理由については後々語ることになるかもしれない。
「ときに、希更さんから伝言を預かっているのですが」
「げっ……あの業突ババァ…一体なんの用だよ……」
「ババアとは失礼な。先月33歳になったばかりですよ、希更さん。見た目も同年代の方と比べてかなりお若いですし……」
「業突く張りなとこは否定しないのか」
希更。その名を耳にして胸がざわつく。
逢坂希更(あいさか きさら)。浪澪と珠璃の養母にあたる人物。
浪澪は希更のことが大の苦手だった。これには色々と込み入った事情があるのだが、そこにはあまり触れたくはない。
「伝言ですが、東京(こっち)で三人一緒に暮らさないかとのこと。上京後も引き続き学業を続けたい場合は、聖架堂学園(せいかどうがくえん)に転入させるそうです。いかがなさいますか?」
希更は東京に単身赴任、浪澪と珠璃は有明海に面した田舎街にある希更の実家で二人暮らしをしている。希更がこの家を空けてからもう三年は経つだろうか。その間も正月のときにしか顔を見せず、ろくに連絡も寄越さなかった。それが一体どういう心境の変化だろうか。三人で暮らそうなどと彼女は提案してきた。
「私個人の意見としては、希更さんの提案に賛成です。このまま今の学校に通い詰めたところで、浪澪様に何の利点もありません。どうせ通うのでしたら名門の聖架堂がなにかと……」
「オレは残るよ。卒業するまで、ずっとここに」
「理由を聞いてもよろしいですか?」
「だって転校したらみんな困るだろ。こんなんでも一応学園のアイドルだしな。それに、こっちでの生活もわりと楽しいんだ。なんつーのかな、青春してるなーって感じで……」
「その言葉に、嘘偽りはありませんか?」
珠璃の疑問に思うところがあったのか、浪澪が視線を落とす。なんでそんなこと聞くんだよ。
「嘘だったら、とっくに学校やめてるっつーの」
私から一つよろしいですか、と珠璃が言った。
「残りの2年をどう生きるかは浪澪様の自由。差し出口を挟む権利は私にはありません。だからせめて……後悔のないよう生きてほしいのです」
珠璃は浪澪の手の甲にそっと手を重ねた。表情は冷たいけれど、血が通ったその手はとても暖かい。
「浪澪様の望みは、私の望み。浪澪様の幸せは、私の幸せ。浪澪様の願望を叶えるためなら、私は全身全霊をもって助力いたします。どうか、お忘れなきよう」
浪澪が何か言葉を発しようとした瞬間、警告音が鳴った。珠璃の首元のチョーカー。機械音の発生源はそこからだった。それは【ROデバイス】と呼ばれるモバイル端末で、緊急事態を除いて男性侍衛官が護衛対象と数秒以上接触すると、警告音が鳴るよう設計されている。
ROデバイスには、護衛対象との性的接触を防止する意図があり、侍衛官はこれを装着しなければならない。デバイスには、指輪、ピアス、ブレスレット、チョーカー型が存在している。
「……申し訳ございませんでした」
珠璃が急いで身を引く。その仕草には焦りが見られた。そこまで気にしなくてもいいのに。逆にこちらが申し訳ない気持ちになるじゃないか。
「べつに気にすんなって。姉弟だろオレたち」
「しかし、そういうわけにもいかないのです。実はこれ、警告音が一回鳴るごとに私の給料が一万円減額される仕組みになっておりまして……」
「ちょっ、初耳なんだけどそれ! ヤベーじゃん!」
「すみません冗談です」
「なんだよもう!」
***
「お、おはようございます! 本日の奉仕係を務めさせていただくことになりました、一年三組の小泉と申します!」
朝の混雑を避けるため、学校の裏口から入校した逢坂姉弟を出迎えるのは新入生の女子。彼女はその場で深々と頭を下げたまま、石像のように固まっている。
逢坂浪澪を前に緊張しているようだ。
奉仕係とは、ここ菊月高校において浪澪の学園生活をサポートするために設けられた役職。逢坂浪澪をこよなく愛するファンクラブ『マイフレンドロミオ』に所属するメンバーの中から日替わりで一名抜擢される。
ちなみにファンクラブへの参加は強制であり、会員たちは『逢坂浪澪の友人として節度をもった振る舞いを心掛けよ』という掟に従っている。
といっても、影で抜け駆けしようとするものは後を絶たない。しょせん形だけの友達というわけだ。浪澪のことは魅力的な異性としか見ていない。
まず、男女比が均衡していた80年代以前ならまだしも、男女比1:300となった現代において、異性間の友情が成り立つのは極めて稀なケースである。
そんな状況に更なる拍車をかけたのが、政府が施行した【人口統制法(じんこうとうせいほう)】。この法律により、成人を迎えた男性はその身柄を政府の下で管理・統制されることに。よって男性の価値がさらに高まる結果となった。
「おはよう小泉さん。……その体勢キツくない? 顔上げなよ?」
おずおず顔を上げる小泉を、浪澪はキラキラエフェクトがかかったような眩しい笑顔で迎え入れる。それから「今日はよろしくな」と右手を前に差し伸べた。緊張しなくていいよ。安心して。そう伝える合図だ。
「わわっ、こちらこそよろしくお願いします!」
小泉は、孵化して間もない小鳥に触れるように、差し出された手をやさしく握った。よほど嬉しいのか「ふひひ」と笑みが漏れる。彼女の頬は朱に染まり、瞳は妖しい湿気を帯びていた。
「……チッ……」
顔を赤らめ恍惚に浸る小泉の顔を、忌々しく眺めるのは姉の
姉から滲み出る尋常ではない威圧感に足をすくませながらも、浪澪はいつもの調子で続けた。気のせいかな。頬を伝う汗がなぜか妙に冷たい。
「あー、そうそう、逢坂先輩って呼び方だと姉貴と混同してややこしいから、オレのことは『浪澪』って呼んでな! 上級生だからって遠慮とか全然いらないから!」
「はい……浪澪様……」
「そんな『様』とか付けなくていいってば。堅苦しいのは無しでいこうよ? だって友達じゃんかオレたち」
浪澪の友人として振る舞う。それがマイフレンドロミオの掟ではないのか。
「でも、そんな軽々しく名前を呼べません。高貴すぎて」
「……そっか。じゃあ、まあそれでもいいや……」
まだ緊張が解けてないのか他人行儀である。まあ無理もない。今まで同年代の男子に振れる機会なんてなかっただろうから。
(友達って、なんなんだろうな)
それに加えて浪澪の美貌である。異性として意識するなというほうが無理な話だ。どうして神様は自分をこんなに美しく造形してしまったのか。
美しすぎる自分が、
男として生まれた自分が、
少しだけ憎く思える。
もし女の子に生まれていたら……。
そんな仮定の話を考えることがある。
べつに女体化願望があるわけではない。
女性になるのはあくまで手段であって、自分の根底にあるのは『女子と友達になりたい』『普通の青春を送りたい』という願望。
だけどそれは叶わない。もし性転換手術をしようものなら、施術した医師もろとも逮捕され、十年以上の懲役刑を言い渡されることだろう。自由なんてどこにもない窮屈な世界だ。少なくとも、男の自分にとっては。
「急がないと遅刻しますよ」
そばで控えていた珠璃が不満そうに流し目をくれた。なにか気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。浪澪には心当たりがない。これ以上機嫌を損ねたくないので、とにかく先を急ぐことにする。
「浪澪ーっ! こっち見てー!」
「好き好き大好き超愛してるー!」
「あーん! 今日もビジュ最強すぎー!」
2年3組の教室へと続く廊下の両サイドは、浪澪の登校を心待ちにした生徒たちで埋め尽くされていた。
もうすっかり見慣れた光景である。
今さら驚くことは何もない。
普段どおりの対応をするだけだ。
「やあ、みんな!」浪澪は太陽のような笑顔を浮かべて。「おはようかんはよう噛んで食べろよ!」
お得意のダジャレ挨拶を披露した。なぜ普通に『おはよう』と言わないのか。それは、エンターテイナーとしてのプライドが浪澪にあるからだ。しかし肝心のお笑いセンスは壊滅的である。
「わぁー……」
「きゃー……」
「いぇー……」
その薄ら寒いギャグには浪澪を崇拝する信者たちでさえ絶句してしまう。徐々にまばらになっていく歓声。してやったりとドヤ顔の浪澪。自分のギャグセンスを微塵も疑っていないようだ。
「さすが浪澪様」
もしも本人以外にそのギャグを絶賛する人物がいるとすれば、それは姉の逢坂珠璃ただ一人。
「ウィットと教養に富んだ素晴らしい駄洒落です。……よう考えつきましたね」
「くっ、その返しは反則的すぎる。座布団一枚!」
そんな姉弟のやり取りを尻目に小泉は、これから浪澪が通る道にモップをかけていた。床のモップ掛けは奉仕係の主な仕事である。
自分のために働いてくれて悪い気はしないが、正直なところ余計なお世話である。
けれど、みんな嬉々として行うので、やめろとは言いづらい。こんなことして何が楽しいんだか。誰かこの悪しき慣習を撤廃してくれないだろうか。そう常々思う浪澪である。
「珠璃姉(じゅりねぇ)。今日の予定を確認したいんだけど」
「かしこまりました」
珠璃は電子パッドを手に取ると、スケジュール表に目を通した。
「まず、12時40分に新聞部の取材があります。今週のテーマは『自宅での過ごし方』だそうです。つきましては、お風呂に入って最初に洗う場所と、週に何回自家発電するか教えてほしいとのことで……」
「だっ、誰が教えるかそんなことっ!」
つい声を荒げてしまう浪澪。下品な話題はあまり得意ではない。拒否反応とでもいうべきか。そういった話になると反射的に顔が赤くなってしまうのだ。いやべつに興味がないわけではないのだが、赤面するのをからかわれたくないので、下ネタは極力避けるようにしている。
(ぐぬぬ、あのセクハラ新聞部め)
新聞部が毎週発刊する学生新聞には、浪澪へのインタビューコーナーが設けられている。生徒の注目を集めるためには手段も選ばない彼ら新聞部は、浪澪に対してセクハラまがいの質問を投げかけていた。
実際それで絶大な評判を得たものだから浪澪としても引くに引けなくなった。自分が取材を断れば生徒たちを失望させてしまうかもしれない。だから言い聞かせるのだ。これもアイドルの仕事だ、仕方ないんだ、と。だけどそれでも。恥ずかしいものはやっぱり恥ずかしい。
***
教室の扉を開けると、クラスに漂う空気が一変。浪澪の登場に黄色い歓声が沸き起こる。瞬く間に浪澪の周囲にはクラスメイトが集まった。
「ろ~みおっ!」
その人混みを掻き分けて浪澪に接近するのは、クラスメイトの本間清美(ほんまきよみ)。恥じらう様子もなく腕を組んできた。
「……おはよう、清美ちゃん」
しかし清美の行動に異議を唱えるクラスメイトはおらず、その様子を歯痒そうに眺めるだけ。清美の血筋が他の生徒よりも優れているからだ。親の血統が重視される現代では血統こそが正義。ゆえに清美に歯向かうものなどいない。
ただし珠璃を除いて。
「その薄汚い手を早く退けなさい」
珠璃は清美の肩を強く掴んだ。
「ちょっと痛いってば! そっちこそ離してよ!」
「いいんだ、珠璃姉。オレは気にしてないから」
「ですが」
珠璃の清美への対応はいささか乱暴ではあるものの、男性侍衛官としては正しい行動である。しかしこれを肯定してしまうとクラスの雰囲気が悪化しかねない。浪澪はそれを危惧していた。
「乱暴はしないでくれ。頼むよ」
「……かしこまりました」
言われたとおり素直に引き下がる珠璃。
解放された清美は、媚びるような笑みを浪澪に向けた。
「浪澪ってばやっさしー!」
清美はその豊満な胸部を浪澪の腕に押しつける。
するとクラスメイトたちが恨みがましい目をこちらに向けてきた。浪澪は、これ以上彼女の好きにさせるべきではないと判断し、すぐさま距離を取る。
「あんまりくっつくと照れちゃうだろー、もう」
「あはは、ごめんごめーん」
口では謝っているがまるで反省する素振りを見せない。軽やかな足取りで自分の席へと戻る清美。その道すがら、珠莉の真横を通り過ぎようとしたときだった。清美は珠璃に耳打ちした──ように見えた。
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