七番星 もう一つの目的③

 お気に入りのピンクのニットワンピースに着替え、髪はツインテールに結った。

 ……変じゃないかな? 

 鏡で確認し、下に降りていく。

 すると、二人がコンロの前で話しているのが目に入った。

 パパは自分のエプロンをつけていたけど……よく見るとイルもボレロを脱いで、服の上から、わたしの花柄のエプロンをしていた。


「ああ。大丈夫かい? 月花」

「うん。熱のせいか、ちょっとふわふわするけど。……イルは何してるの?」

 何故だか、じっとわたしを見ているイルに声を掛ける。

「あ、いや、それは……寝間着ねまきではないの、だな?」

「ち、違うよ。普通のワンピースだけど……変?」 

「いや、変では……ない。かわ……」

「川? ……皮?」

「ん。んんっ!」

 パパが咳払せきばらいをした。


「イルくん? 君が良い子なのはわかるけど、親の前でそういうのは、どうかと思うよ?」

「ち、違います! 決して、そういうのでは!」

「……何の話?」

「何でもないよ? イルくんが手伝いたいって言ってくれたんでね、月花のエプロンを貸したんだ。もうすぐ出来るから、琥珀と待ってなさい」

 笑顔で言うパパに、何となく圧を感じて、大人しく続き間のリビングに引っこむ。 

 ソファに座ると、琥珀がしっぽを振りながらやって来た。


「琥珀もお腹すいた? きっと琥珀にも、美味しいのを作ってくれるからね」

 頭をでると、琥珀は足元で丸くなった。

 それを見てからキッチンの二人に目をやる。

 イルがパパに何か聞いて、パパがそれに答えて……ときどき笑いながら料理をしている。

 その光景に胸があったかくなる。

 さっきは何か変なパパだったけど、イルと仲良くしてくれてるのは、すごく嬉しい。イルも楽しそうにしてるし。

 でも。

 それを見ながら、ちょっと思ってしまう。

 ……実のお姉さんのカァとも、こんな風だったらいいのに。


「じゃ。いただきます」

 イルの右隣に座って、真向かいのパパと二人、手を合わせる。テーブルにはわたし用のおじやと、パパとイル用のハンバーグやサラダ、ライスの乗ったワンプレート。そして、カップに入ったコンソメスープもある。

 食べようとおさじを手にしたとき、イルが見てるのに気づいた。


「どうかしたの? イル」

「いや……今のはどんな意味かと」

「いただきますのこと?」

 イルがうなずく。

 そういう身近な習慣は、ナノマシンにっていないんだ。

 やっぱり、かたよってるデータだと思う。


「いただきますってのはね」

 パパが説明してくれる。

「生き物の命をうばい、自分のかてとする。命をいただくから〝いただきます〟って言うんだよ」

「……命を。では、手を合わせるのは?」

「確かインドが発祥はっしょうだったかな。元々は宗教的な意味合いがあったらしいけど、そっちは忘れちゃったな。とにかく食事のときの意味は、食材や調理人に対し感謝や敬意を表してるんだ。食べ終わったら〝ごちそうさま〟と。それも命をいただき、己の糧にしたことへの感謝だね」

「なるほど。よくわかりました」


「とは言っても、強制するものじゃないよ。こういうことを聞くってことは、君の国にはない習慣なんだろうし。手を合わせることによって、命を奪ったことへの罪悪感がいても、ね。感謝を示すなら、美味しく食べてくれればいい」

「いいえ。誰かの命によって、自分がるということは理解できる年です。美味しくいただくため、感謝を示す儀式……いえ、行為が必要なのでしょう。ですので」

 イルが手を合わせ、軽く頭を下げた。

「いただきます」


「……はい。召し上がれ」

 にっこり笑って、パパがそう返した。

 わたしもおじやをお匙ですくって、ふうふう冷ます。

 そうしながら目の前のパパと、左側のイルを見る。

 パパはお箸を使っているけど、イルはフォークとナイフで食べていた。

 マナーなんて知らないけど……カトラリーの使い方はきれいだと思う。


 見とれていると、イルと目が合った。

「ツキハ……そう見られていると、食しにくいのだが」

「あ、ごめん。その……きれいに食べるなあって」

「うん。見事な所作だね。さっきも末代までとか言っていたし、君は名家の出なのかな。そういえば、どこの国の出身なんだい?」


「え!? そ、それは」

「北欧の小国です。貴族の家系ではあります」  

 どうやってごまかそうかとあせるわたしを横に、イルはさらっと言った。

「北欧か。色が白いのはそのせいかな。そういえば、苗字みょうじは?」

「……ヴァイタスです。イル・ヴァイタス。年は十二になります」

 イルは一瞬だけ黙ったあと、そう答えた。

 

 イル、ヴァイタス。

 確かにそれが名前だって言ってたけど、苗字じゃなく、合わせたのが本名だったんじゃ。

 疑問に思ってイルを見ていると、また目が合い、目配めくばせされた。

 そういうことにしておけってことかな。

 確かに本当のことは、パパには言えない。

 すっかり冷めたおじやを口に運びながら、しょうがないか、と飲み込む。


 イルは嘘をつかないって思ってたけど、ごまかしたりはするんだ。

 でも、わたしに嘘はついてないと思う。

 だって、昨夜おんぶされながら聞いたイルの声色と、今聞いた声とはずいぶん違う。

 今のはだいぶ固い。大人とも対等に話せるイルだけど嘘は得意じゃないんだ。

 だから、とおじやを食べながら思う。

 だからやっぱり、イルのことは信じられる。


「……そういえばイル。お肉、食べれるんだね」

 話をらすため、イルに話しかける。

 イルもごまかしたりしたいわけじゃないだろうし……ちょっとは力にならないと。

 それに聞いたことも、純粋に疑問だったことだ。宗教国家、とか言ってたし。

 それがどんな国なのかはわからないけど、外国じゃお肉を食べるのが禁止な宗教もあった気がする。


「ああ。確かにあまり食さぬな。だが感謝祭などでは家畜を摂取するし、禁じられているわけではないぞ」 

「じゃあ普段は、どんなものを食べてるんだい?」

「合成加工食が多いです。とは言うものの、家畜の肉を使用したものもありますが」

「合成……レトルトとかかな?」

「まあ、そのようなものです」


 イルがちょっと困ったように笑った。

 その反応からすると、多分、わたしたちが思うような加工食じゃなく、もっと進んだ食べ物なんだろうけど。

「そうか。家庭の事情ってのもあるしね。けど育ち盛りなんだから、どんな食事でもいっぱい食べるんだよ。ハンバーグのおかわりは?」 

「では、お言葉に甘えて」

 いつの間にか食べ終わっていたイルが答えると、パパはお皿を手にして、おかわりを取りにキッチンへ向かった。


「すまぬな、ツキハ。なれのパパ君に真実を言えぬのは、申し訳なく思うのだが」 

 小声でイルが言う。わたしもならって、小さな声で返した。

「しょうがないよ。イルも好きで、そうしてるんじゃないでしょ」

「そうだが、汝の父は良き方であるからの。その方に嘘をつくのは……心苦しい」 

 「……そっか。でも嬉しいな」


「? 何がだ?」

「パパのこと、気に入ってくれたみたいだから。あ。でも、パパにはすぐ本名を教えたのは、ちょっとくやしいかな。わたしには散々、迷ってから教えたのに」

「そ、それはその。真名ではあるが、姓ということにしたではないか。直系の王室の者に、姓はないのだが……そのような説明も出来ぬしな。それに」

 イルは、もっと小さな声で言った。


「……当は良き方という理由だけで、真の名を明かしはせぬ。それなりに重い名なのだ。それでも名乗ったのはな、ツキハ。彼が汝のパパ君であるということに、他ならぬよ」

 わたしのパパだから。

 その言葉は、わたしを特別に思ってくれてるって考えていいのかな。


「えと、……ありがと」

「べ、別に礼を言われることでは」

 イルはカップを手に、ごくりとスープを飲み込んだ。

 そして、続ける。

「……話は変わるが。パパ君はここにおられるが、御母堂様は?」

「ゴボドウ?」



 

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