三番星 本当の冒険の始まり②

 立ち上がって、じゃれ合う二人の様子を見下ろす。

 イル王子は琥珀をスーパーかわいい、と連呼していた。

 そして琥珀も、嬉しそうにしっぽを振っているけど、……その呼び方は。


「イル王子。その、スーパーかわいいって……何?」

 思わず、その呼び方につっこんでしまった。

「何って、甲斐犬を検索したらスーパーかわいい、とあったのだが」

 間違っておるのか? と、イル王子は首を傾げた。

 確かに甲斐犬はかわいいんだけど、そうじゃなくて、その。


「間違っては……ないんだけど。実際、スーパー何とかってのは、ママの口癖だし」

「であろう?」

「あろう? じゃなくて。何ていうか、他ではあんまり、そんな言い方しないものなの。ママはちょっと変わってるから、別だけど」


「ママ……母親のことか。なれの母は、地球人か?」

「え? どういう意味?」

「さっき言いかけたが、それだ」 

 イル王子は、わたしの左手首のブレスレットを指差し、

「恐らく、その石はエィラ。当の持つ石、これと同じもの」

次に、自分の左手の指輪を見せた。


「そう、なの? この石は昔、ママに貰ったんだけど」

「母親は、どこでそれを手に入れたのだ?」

「子供のころ隕石が落ちた場所を見に行って、そこに落ちてたのを拾ったって言ってたよ」


「ふむ。しかしだな。ただ拾っただけなら、そのように精製された姿であるはずがないのだ」

「精製?」

「不純物、つまり余計なものを省いて、純粋な良いものを取り出すということだ。このエィラが地球に飛来する際は、隕石そのものの形である。それを精製する技術はこの地球にはまだ、ないはずなのだが」


 だからママのことを、地球人なのかって疑ったんだ。でも、ママは。

「ママは地球人だよ? おじいちゃんとおばあちゃんも田舎の山梨にいるし、お仏壇ぶつだんには過去帳もあるし。江戸時代からのものが書いてあるって言ってたかな」

「カコチョウ?」

「えと、わたしも上手くは説明出来ないけど、亡くなったご先祖様のお名前が書いてあるものなの。確か、天保何年が始まりだったよ」


「テンポウ……四百年近く前か。それほど続く家系ならば地球人といって差し支えないかの。例え汝の母が当星の血を持つものだとしても、拾ったのが幼少のころならば、精製技術も持ち合わせておらんだろうしな。しかし母親の話が真実ならば、精製されたエィラを拾ったということになるのだが」

「じゃあ、そういうことなんじゃないの?」


「そうなると、誰かがエィラを地球に持ち込んだということになる。それは考えられんのだ。基本的に、星外にエィラの持ち出しは禁止である。持っておる者も、限られているしの」

「イル王子は持ってきてるじゃない」

「それには理由がある。これは儀式の一環いっかんであり、エィラは平民には持つことすら……いや、待て。もしやその者も……?」

 

 わたしを見上げながらそう言ったかと思うと、イル王子はうつむいて黙ってしまった。

「……何かわかったの?」

「ああ、いや。ただの憶測だ。結局のところはわからんよ」

 首を振って、イル王子は琥珀に向き直った。


「しかしその、スーパー何たら、というのは特徴的であるのか。カイケンで検索すると、まずそれが引っかかったのだが。実際、スーパーかわいいではないか。のう? コハク」

 琥珀の頭をでながら、イル王子が呟く。

 検索。そういえばさっきも、そんなことを言っていた。


「イル王子、検索って?」

 そう聞くとイル王子は、困ったような顔でそれは、と口ごもった。

「……聞いちゃいけなかった?」


 命の恩人を困らせたくない。

 余計なこと言わなければ良かった、と思って気持ちが沈む。

「ええい、そんなしょんぼりした顔をするでない! 全く……実にわかりやすいの、汝は」

 はあ、とイル王子はため息をついた。そして立ち上がり、わたしに向き直る。


「本来なればな、当や当星については全て秘すべきなのだが。まあ、今さらというか、手遅れというべきか。現にエィラに関しては、あらかた説明したしの。認識阻害の術が効かなかったのも、汝がエィラの持ち主であるからなのだろう。なれば、目下のところ寄る辺なき身である当は、汝に力添えを求むのが正解なのであろうな」


「……あの、イル王子? もう少しわかりやすく言って欲しい、かな」

 さっきから思っていたけど、イル王子の口調は難しい。

 というか、聞き慣れない感じの言葉ばっかりだ。

 育った星が違うからなのかは、わからないけど。


「何と!? 地球の……いや、日本の言葉に翻訳ほんやくされてるであろう? 現に、意思の疎通そつうは出来ているではないか!」

「うん。日本語なのはわかるけど……言い方というか、言葉遣い? それが難しくて、意味がわかんないとこも多いかな。だからその……小学生でもわかるように言ってくれると嬉しいんだけど」


「難しい、と言われてもだな。……やはり、上手く翻訳されておらぬのか?」

 そう呟いて、またとんとん、と頭の左側を叩いた。

「それ、なんなの?」

 さっきから謎の仕草をするイル王子に、疑問をぶつけてみた。


「……そうであるな。汝には全て話すことにしよう。ここ、頭部の左方にはアルルミッテレという、超小型の装置が入っておってな。地球の知識は、ここから検索しておる。翻訳も、これによるものだ」

 頭の左側を指差しながら、イル王子が言う。


「アル……何て?」

「別に覚えんでよい。馴染なじみのない言語というのは、難解なものであろうしの。まあ、地球風に訳せば、ナノマシンといったところだ。それで通じるか?」

「ナノマシンって、すごく小さい機械のこと?」

 それは、パパと見たSF映画に出てきた。

 映画鑑賞が趣味のパパとは、よく一緒に見るし。


「うむ。ただ、内部のデータベースは地球に派遣された調査員が作り、手動でアップデートしておる。カイケンなども、スーパーかわいいと思った調査員が入力したのではなかろうかの。ムレータについても、それを目にしたものがデータベースに記載きさいしたのであろう。だが人の手によるものなので、知識にかたよりはある。現に、カコチョウというのは載っておらなんだ」

 調査員? それって、他にもイル王子の星から来た人がいるってこと? 何のために?

 

 ……まさか。


「そんな、不安そうな顔をするな。地球を侵略するための調査ではない」 

 また気持ちが顔に出てたみたい。イル王子は、わたしの疑問を否定した。

「ご、ごめんなさい。イル王子が悪い人なんて思ってないけど、その」

「別に構わん。未知のものを警戒するのは当然である。当が汝とて、同じようなことを考えるであろうしな」


「でも……ごめんなさい。さっき、そんなことしないって言ってくれたのに」

 友達になりたいって思っておきながら、信じられないなんて。わたしにイル王子と友達になる資格なんて、ないのかな。そう思って、落ち込みそうになったとき。


「そんなことはない」

 イル王子は、きっぱりとそう言った。

「え?」

 わたしの考えは、やっぱりイル王子にはわかっているの? 


「侵略などせぬということだ。それだけは否定しておく。当星のことで他星の者を不安にするなど、王子として見過ごせることではないからの。それに地球だけを調査してるのではなく、知的生命体がいる星には全て調査員を送っておるというだけだ。将来、友好関係を築けるかも知れんからの。その逆もあるやもだが」

「あ……うん。そうなんだ……」


 それはわたしが心に抱いた疑問にじゃなく、声にしたことについての答えだった。

 でもイル王子はわたしを信頼して、話してくれてるんだ。

 だったらわたしも、イル王子を信じなきゃ。

 イル王子がわたしを助けてくれたように、わたしもイル王子の手助けがしたい。


 ……出来るかどうか、わからないけど。

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