二番星 願いの星の王子様③

「心配するな。心など読めぬ」

 まただ。そんなことを言うこと自体、わたしの心を読んでるからじゃないの?

「……じゃあ何で、わたしの聞きたいことがわかるの?」 


「こういう場合、聞きたいことは往々にして決まっているのだ。他星訪問の記を紐解ひもといても、似たようなことを問われておる。それに当は立場的に、他者の心を推し量るのは得意なのだ。……もっとも」

 何だろう。その人の声が、ちょっと笑った気がした。


「特段、顔色をうかがわずともなれはわかりやすい。全て顔に出ておる」

 え? それってわたしが、単純ってこと? 

 ちょっとむっとして、その言葉に抗議こうぎする。

「宇宙人さんとはいえ、初対面の相手をそういう風に言うのは失礼だと思う……思います」


 普通にしゃべっていたのに気づいて、慌てて敬語に直した。

 一応この場では、わたしは地球代表みたいな立場だし、失礼のないようにしないと。

 だからってバカにされたりするのには、文句を言ってもいいと思う。

 ……多分だけど。


「いや、あざけったり、見下したつもりはないのだがな。しかし、そう思わせてしまったのなら、謝る。……ああ。それとだな、娘。宇宙人さんと言ったが、汝とて宇宙人なのだぞ」

「え?」


「そうであろう? 当も汝も、宇宙に浮かぶ惑星に生を受けしもの。つまり、広義の意味では宇宙人だ。互いに文化文明、教義、言語など、違いは山ほどあろうが……そういう意味では汝も当も、大して変わらぬのだよ」


 その言葉は、何故かわたしの中にすっと入ってきた。

 宇宙人。わたしも、この人も。同じ宇宙に生きる人。


 ──なら。


 わたしはその人に歩み寄る。そしてかさを地面に置いて、頭を下げた。


「宇宙人──ううん、違う星の人と会ったのなんて初めてだから、びっくりして怖がったり、傘を突き付けたりして、ごめんなさい。それと」

 顔を上げ、落ち着くために心臓を左で押さえながら、逆の手を差し出した。


「初めまして、他の星からのお客様。わたしは待夜月花。十一歳で、小学五年生です」

 なら、友達になれるかな。……なれるといいな。そう思いながら、続ける。

「あなたのお名前は?」

「……当は」


 その人は何かを言おうとして……言葉を止めた。

 金色の瞳が、わたしを見すえて動かない。

 ……わたしを? 違う。見ているのは、わたしの手。


 しかも差し出している右手じゃなく、胸に当てた左手だ。視線はそこ。

 いつの間にかセーターの袖下そでしたから顔を出して、手首で白く光りを放つ……ブレスレットに向けられていた。

「汝、その光は……!」

 その人が左手を伸ばして、ブレスレットに触れた。

 その瞬間。

 

 光。強い光がブレスレットから放たれる!

 すぐ近くの、エウ何だかの白光装置とは比べ物にならないくらい。

 目がくらみ、思わずその人の伸ばした腕にしがみついて──気づく。

 ブレスレットに触れている、その人の左手。その薬指に、指輪がはめてある。

 そしてその指輪も、光を放っていた。


 二重の光だから、こんなにまぶしいの? 薄目でそれを見て、……気づく。

 違う。指輪そのものじゃない。光っているのは石。

 指輪に一つだけついた、小さな石。


 ──わたしのブレスレットと同じ……透明の、丸い石。


「あなた……どこでそれを」

「な、汝……どこでそれを」

 わたしたちの声が重なった。

 

 そのとき。

「──危ない!」

 体に衝撃を感じ、わたしの体は宙に投げ出された。


 ……突き飛ばされたの? ぼんやり考えてると、地面に体が叩きつけられた。

 とたん、地面から振動がする。揺れてる。

 突き飛ばされたから、わたしの体が揺れてるの? ううん、違う。

 わたしじゃなく、地面自体が揺れてる。

 これは地震? 考えながら、体を起こそうとすると。


「立つでない!」

 怒鳴どなるような声が聞こえた。

 声の持ち主はと見ると、彼は五メートルほど先にいた。

 遠い。ずい分強く、突き飛ばされたみたいだ。

 彼はわたしに背を向け、地面に左膝と左手を付いている。

 何故か夜空を見上げたまま。

 その左手を見て、そういえば、と思う。


 彼の指輪は光ってない? 

 ……あ、違うか。ぼんやりとだけど、光は見える気がする。

 光が弱くなってるんだ。

 それといつの間にか、白光装置とやらの光も弱くなってるみたいだった。

 夜風に揺れて、彼の白いローブがはためいているのが見えた。


 ああ。やっぱり、あのローブの色は白だったんだ、と呑気のんきに考える。

 そしてそのあとには、自分の石のほうに意識が向いた。

 しゃがみこんで手首のブレスレットに目をやると、やっぱり、少しだけ光っていた。


 さっきのすごい光は何だったんだろ。

 わたしと彼が……ううん。二つの石が、触れたから?

 危ないって突き飛ばされたのは、さっきの光が関係しているんだろうか。

 だったら何で、地面が揺れたんだろ? いつの間にか、揺れは収まっているけど。

 とりあえず地面を見渡すと、さっきわたしがいた辺りから、白い煙のようなものが立ちのぼってることに気づいた。


「ね、ねえ。あれ……何?」 

「話はあとだ。そのまま動かず、頭を隠してかがんでおれ。──続けて来るぞ!」

 ローブの彼はこちらを向いて、強い口調で言い切った。


 来る? 来るって、何が。

 頭の中は疑問だらけだ。なので彼の言葉に反して、同じように空を見上げた。

 すると、光の玉のようなものが、ちらりと視界に入った。

 あれは……流れ星? ううん、そんなロマンチックなものじゃなくて、あれは。


「──隕石!」

 まさかさっき揺れたのも、地面から煙が立ちのぼってるのも、そのせい?

 どうしよう。足が震えて、体も動かない。動けたとしても、逃げきれるかどうか。

 隕石の落ちる速度は、拳銃の弾より速いって、ママに聞いたことがある。


 ああもう、彼の言うように、頭を押さえてうずくまるので精一杯。

 すると遠くで、琥珀のえる声が聞こえた。

 そうだ。琥珀にも当たっちゃうかも。

 そう考えると、涙がにじみ出てきた。ごめん、琥珀。


 わたしが、連れて来たから。

 わたしが、守ってあげられないから。

 わたしが……わがままなこと、考えちゃったから。


「……琥珀……ごめんね」

 そう、呟いたとき。

「心配するな」

 彼の声が、耳に届いた。顔を上げて、そちらを見る。

「泣くでない。そこで、大人しくしておれ。……さすれば」


 彼がフードを引き下ろした。

 それからゆっくりと、白いローブを脱いでゆく。中の服も白。

 白のピッタリしたハイネックの上着と、名前は知らないけど、下も白いパンツ。

 全体的に膨らんで、裾がすぼまっている。どっちも無地。

 差し色みたいに、腰には赤いリボン? を左側で結んで、横に流している。

 そして、フードを脱いだ顔は。


 彼が、わたしを見た。わたしも、彼を見る。

 子供だ。わたしより、少し上くらいの。


 金の髪。少しくせっ毛で、ショートかと思ったけど……前髪の横、右サイドが長い。そこだけ、肩にかかっている。

 そして金の瞳。きらきらして、月よりもまぶしく光っている。

 きれいな顔。肌は白くて、金色の髪も瞳も、全部きれい。


 まるで、と思う。

 まるで、昔読んだ絵本に出てきた王子様みたい。

 まるで、わたしたちを助けに、絵本から抜け出してきたみたいな。

 何だろう、こんなときだっていうのに、わたしは。


 どきどきする。

 わくわくする。

 うずうずする。

 本当の冒険が、今、始まったみたいに。


「さすれば礼として、当が汝と、汝のともを守ってやろうぞ。この──!!」 

 手にした白いローブをひるがえし、違う星の、金色の少年が言う。


「願いの名を持つ惑星、アルズ=アルム。その第一王子イルが、我が星と我が名にかけて!!」

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