二番星 願いの星の王子様②

 ──とたん。


 ぶぅうんっ!

 耳元で音が鳴った。

「な、何!? これ」


 思わず足を止め、耳を押さえる。痛くはない。

 ……ないけど、ヘンな感じがする。

 何だろ。車で出かけたとき、急にトンネルに入ったときみたいな……そんな感覚だ。

 

 こういうときは、つばを飲み込むんだっけ。

 前になったときは、運転していたパパにそうするように言われた。

 その通りに、ごくんと唾を飲み込む。


 ……うん。大丈夫。治まった。

 やっぱり、この中には何かがあるのかも知れない。

 でも、入っちゃったもの。今さら出る気なんてない。


 慎重に、中心に向かって歩き出す。ブーツの裏に感じる感触は、普通の土だ。

 歩きながら、ドームの中を見渡す。入ってみると、何故か内側は白くなかった。

 ううん。むしろ逆。薄暗くて、中はほとんど見えない。

 何でだろう? ここだけ夜のまんまみたい。

 外灯の光もここまでは届かないし、これじゃ、誰かがいたって──……。


 そこまで考えて、思わず足が止まった。まさか。

 さっきの男の人もこの中にいたりして、……なんて。まさか、そんなこと。

 あわてて首から下げたカメラを構え、傘を腕に引っかけたまま、写真を撮りまくる。  

 何も見えないまま撮ったけど、しょうがない。

 プリントアウトしたら、何か映るかも知れないし。


 って。それってまるで、心霊写真じゃ。

 自分の考えにぞっとして、ぶんぶんと首を振った。

 違う違う。わたしはこの中を撮りに来ただけなんだから。

 決しておばけに会いに来たんじゃないんだから!


 とにかく、もう帰ろう。目的は果たしたんだし。わたしにしては、上出来。

 デジカメの電源を落とし、首から下げた状態に戻した。

 ……そういえば、と袖下そでしたの中のブレスレットのことを思い出す。

 

 まだ光ってるのかな。

 ちらりと左袖のほうに視線を向けたけど、よく見えなかった。

 光が弱まってきてるんだろうか。

 確認してみようかな、とも考えたけど、それはここを出てからにしよう。


 わたしは回れ右して、引き返す。ドームの外まで、もう少し。

 今夜だけの、わたしの冒険。ここを出たら、それももう終わりだ。

 ちょっぴり、残念な気はするけど……仕方ない。

 どんなマンガや映画、小説だって……冒険はいつか、終わりを迎えるものなんだから。


 そう考えながら、ドームの外に向かう。あとちょっと。

 多分、あと三歩くらいで外に出る。

 心の中で数えながら、わたしは足を進めた。

 さん、にい、……いち。

「──ゼロ!」

 発した声と同時に、完全に両足がドームの外に出た。

 

 そのとき。


「待て。娘」

 何かが、わたしの肩をつかんだ! 何か? 違う。何かじゃない! 

 わたしの肩に力を加えてるのは、人の手だ。知らない誰かの……人間の手。

 

 恐る恐る首をそちら側に向け……確信した。 

 わたしの視界に入るのは、白っぽい服だ。

 この服を着た人は……この声の、主は。


 ──さっき、誰かと何かを話していた人……?


なれは何者だ。何故、ここに来られたのだ。誰も……地球人は誰も、この場に来られるハズがないのに」

 よくわからないことを言いながら、その人は光の外に出てきた。

 ローブのフードをかぶっているせいで、やっぱり顔はよく見えない。

 背はわたしより、少し高いくらい。子供、なの? 同い年くらいの男の子? 

 でも地球人って、……何のこと?


 外灯のほうから、琥珀のえる声が聞こえてきた。

 ああ。あんなとこにリードを結ばなければ良かった。

 一緒にいたら、琥珀が助けてくれたのに。


 混乱する頭なのに、そんなことだけは冷静に考える。

 体いっぱいにリードを引っ張り、吠えながらこちらに来ようとしている琥珀。

 そんな琥珀の声に、相手は一瞬だけそちらを見たけど……すぐにまた、わたしに向き直った。


「答えよ。とうの言葉が、理解出来ぬわけではあるまい!」

 両肩を掴まれ、わたしの体はローブの人のほうへと向かせられた。

 ぎりぎりと、ローブの人の指が、肩に食い込んでいく。


「い、痛いよ。離して……下さい」

 泣きそうになりながらお願いすると、

「……あ。す、すまぬ。つい力が入ってしまった。許せ」

 慌てたように言って、両手を離してくれた。


 ……悪い人じゃ、ないみたい?

 そっと、その人を見上げる。深く被ったローブのせいで顔はほとんど見えない。

 けど、光るものが目に入る。……眼だ。

 まぶしく光る眼で、わたしを見ている。

 金の──瞳で。


「あ……」

 思わずたじろぐ。目が……金色? 

 外国の人だって、あんなに光ったりしないはずだ。

 それに地球人って……わたしのことを呼んだ。

 じゃあ、この人は地球人じゃないの? 

 だったら、……何なの? 

 地球人じゃなかったら、──まさか?


「娘。何故、遠ざかる」

 気づけばじりじりと、後ずさりしていたらしい。

 金色の人の言葉で、そのことに気づいた。


「あ、あなた、地球人じゃないの? ……まさか。宇宙、人?」

 逃げ出しそうになる足を必死に押し止め、傘の先端をその人に突き付け、震える声で聞く。


「……本来なれば、地球人には秘すべきことなのだがな。だが何故か、認識阻害にんしきそがいすべが汝には通じぬようだ。エウペ・ダゥは作動しているはずなのだが」

「え、えう?」

 あれだ、と後ろの白のドームを指差した。


「あの中にあるのは、エウペ・ダゥ。当星でエウペは白色、ダゥは光を意味する。とはいえ、覚える必要はない。そのまま白光装置、とでも呼べばよかろう。装置が光を放出している今、この場が生物に観測されることはない。この場自体の存在、この場にいる当の存在。それらが認識出来ぬよう、地球人の脳に合わせた波長を流しておる。当が、地球上の……この場に降り立った、そのときからな」


「……波長?」

「汝にわかるように説明すると、脳の認知を司る場所にある種の力を加え、特定の場、事象を認識出来ぬようにした、ということだ。視覚から消えるのではない。視認したとして、気にもめなくなる、と言えば良いかの」

 わかるよう説明って言ったけど、……半分以上わかんない。

 それに、ナレってのはわたし? そしてトウっていうのは、この人の名前? 


「えっと、とりあえず……トウ、さん? ナレって、わたしのこと?」

「当は名にあらず。当人、自分自身のことだ。汝とはなんじ、つまりそなたのことであろうが」

「あろうがって言われても……そんな言い方、初めて聞いたし。……でも当は僕とかで、汝はあなた、ってことでいいんだよね?」


「僕でない。当は貴人が用いる一人称であって……いやまあ、よいか。しかし、自動的に適切な言語に切り替わるはずなのだかな。これも故障ゆえか。それとも慣れ親しんだ単語は、当星での言い回しが出てしまうのものなのであろうか」

 よくわからないことを呟いて、とんとん、と頭の左側を叩いた。

 ……何の動きだろう。

 

 他にも、聞きたいことはいっぱいある。わからないこともいっぱいある。

 でもさっき、脳がなんとかの説明で、なんとなくわかったことは。

「……さっきの説明だけど。ここは見えるけど、気にしなくなるってこと?」

しかり。呑み込みが早いではないか。娘」


 そっか。だからこんなに光っているのに、他の人が見に来ないんだ。

 でも、脳に力を加えるって。さっきのヘンな感覚も、そのせい? 

 そんなこと……された人は、大丈夫なの?


「危害を加えるつもりなら、とうにしておる。考えてもみよ。認識されねば、攻撃などし放題であろうが。そうせぬ意味を考えるのだな。当星は文明ありし惑星。対話もせずに攻撃など、そのような野蛮やばんな真似はせぬよ」


 わたしの心を読み取ったかのように、その人が言った。

 それは……確かにそうかも。攻撃するなら、もっと沢山の軍隊? とかで来るんだろうし。

 その言葉で、ちょっと安心はしたけど……そしたら別の心配が出てきた。

 

 この人は心が読めるんだろうか。

 今も、わたしの心を読み取ったかのような返事をしたし。



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