第3話 一口交換、背徳感

「うう、弟のためにもサンダードラゴンを手に入れないといけないのに……」


 少年がそう呟くと、いつの間にかメアさんが少年に近づいてこう言っていた。


「あの、もし良かったら交換しませんか? このドラゴンとそのスライム」


 その提案を聞いて少年は驚いたようにこう言った。


「え、いいの? でもお姉ちゃんサンダードラゴンを手に入れるためにいっぱいガチャ回してたよね⁉ お姉ちゃんも欲しかったんじゃないの?」


 そう言った少年に対してメアさんは優しい声でこう言った。


「いえ、私はスライムを全種コンプリートしたくて回してたんです。そのスライムがあれば目標の全種コンプリートになるんですよ」


「本当にいいの?」


 まだ半信半疑といったふうにそう尋ねてくる少年にメアさんは優しい笑顔でこう言った。


「はい。もちろんです!」


 そう言って先程引いたサンダードラゴンと少年のスライムを交換すると、少年は興奮し気味にこう言った。


「ありがとうお姉ちゃん! これで弟も喜ぶよ!!」


「それは良かったです。私もスライムをコンプリートできて嬉しいです」


 本当に嬉しそうにそう言ったメアさんに対して少年はこう言った。


「それじゃあね、お姉ちゃん! そこのお兄ちゃんとのデート楽しんでね!」


 少年のまさかの発言にメアさんは動揺した様子でこう言った。


「わ、私たちはそういう関係では……」


「? お姉ちゃんたちはカップルってやつじゃないの?」


 無邪気にそう言う少年にメアさんは顔を赤らめながらこう言った。


「わ、私たち、カップルに見えますか……?」


「うん。見えるよ?」


 少年のその答えにメアさんは満足そうに頷きながらこう言った。


「そ、そうですか。まあ、近からずも遠からずと言ったところでしょうか……いずれそうなる予定ですし」


 最後の方の言葉が小さくて聞き取れなかったが、俺たちをカップル認定されて拒否的な反応をされなかっただけで俺のメンタルは保たれたと言ってもいい。少年よ、地雷になりかねない質問はよしてくれ。


「それじゃ、今度こそバイバイお姉ちゃん! 俺は早くこのサンダードラゴンを弟に見せに行かないといけないから」


 少年はそう言うと勢いよく店を出て行った。


「メアさん、優しいんだね」


「いえ、スライムを全種集めたかったのは嘘ではありませんから」


 そう言って若干照れるメアさんに向かって、俺は前もって用意していたプレゼントを取り出しながらこう言った。


「そんなメアさんにはこれをあげましょう」


「こ、これは! 幻のエンジェルスライム!? いいんですか!? こんなレアアイテムを……!」


 俺はそう言って驚くメアさんにスライムのフィギュアを手渡しながらこう言った。


「もちろん。そのつもりで持ってきたからね」


 そう言ってメアさんはスライムのフィギュアを受け取ると目を輝かせてこう言った。


「ありがとうございます! 大事にしますね! では、私からも一つ……」


 そう言ってメアさんは一冊の本を取り出した。


「こ、これは期間限定の深淵の魔導書のレプリカ! しかも一分の一スケールの!」


「ふっふーん。どうですか? ステラさんのために手に入れたんですよ……喜んでくれますか……?」


 俺はそんなメアさんに若干興奮気味にこう言った。


「もちろんだよ! ほんとにもらっていいの?」


「もちろんです。そのために持ってきたんですから」


「ありがとう! 大事にするよ!」


 そんなことがありつつも俺たちはアニメラボを後にした。


「他に行きたい所あったりしますか?」


 俺がそう尋ねるとメアさんは自信なさげにこう言ってきた。


「う〜ん、すみません。この辺りこと分からなくて……どこかおすすめの場所ありますか?」


 そう言われ、俺は前もって考えていた場所を提案してみた。


「それなら近くにパフェが美味しいお店があるからそこにでも行く?」


 そう言った俺にメアさんは興味津々といった感じで食いついてきた。


「パフェが美味しいお店……! もしかしてキュートベリーっていうお店だったりします……?」


「あ、当たり。知ってたんだ」


 キュートベリーは結構有名なお店らしく、前に少し下見がてら行ったところ、とてもおしゃれで入るのをためらった覚えがある。味はもちろんのこと、映えるのでみんなが使っているSNSの“ドラシルY”でも話題になっていた。


「は、はい。以前、話題になっていたのを見かけたので……それからずっと気になっていたんです!」


「そうなんだ、それならちょうど良かった。さっそく行ってみようか」


 そう言ってキュートベリーに向かうと、店の前ではまあまあ長い行列ができていた。


「やっぱり人気なんだね。少し待つようになるけど大丈夫?」


 俺がそう問いかけるとメアさんは頷きながらこう言った。


「はい、大丈夫です。今日は休日ですし、人が多いのは仕方ありません」


 そうして話しながら順番を待っているとついに俺たちの番が回ってきた。俺たちは店員さんに待っていた間に決めていた注文をした。


「キュートベリーパフェのレッドとブルーを一つずつお願いします」


 メニュー表には色々なメニューがあったがひとまずオーソドックスなものを選んでおいた。


「キュートベリーパフェのレッドがお一つとキュートベリーパフェのブルーがお一つですね? 注文は以上でよろしいですか?」


「はい」


 俺がそう答えると店員さんはレジを打ちながらこう言った。


「男女ペアのお客様なのでカップル割を適応させていただきますね」


 思わぬ不意打ちに俺は一瞬声をあげそうになったが、ぐっと堪えた。


 いかんいかん、いちいちこんなことで動揺していてはメアさんにも失礼だ。ほら見てみろ、メアさんなんてこんなに堂々と……あれ?


 そう思いながらメアさんの方へ視線を向けてみると心なしか顔を赤らめて恥ずかしそうにしている気がした。


「ではお会計1860円になります」


 俺は店員さんのその言葉で現実に引き戻された。


「は、はい」


 そう言って俺はスマホを取り出して“マジックペイ”という決済ができるアプリを立ち上げる。


「あ、私も出しますよ……!」


 慌てたようにそう言ってきたメアさんに向けて俺は少しカッコつけたようにこう言った。


「いや、大丈夫だよ。ここは俺が持つから」


 正直、俺からしたら結構痛い金額なのだが、一度くらい美少女に奢ってみたいという願望があったのでいい機会だ。


「で、でも……」


「ほんとに大丈夫だから。ここは俺にカッコつけさせてよ」


 俺がそう言うとメアさんはまだ少し納得していないようだったが、引き下がってくれた。


「わ、分かりました……」


「じゃ、マジックペイで」


 そうして俺が会計を済ますと、それぞれがパフェを受け取って店内の開いている席を探した。


「……ステラさんもマジックペイ使ってるんですね」


「そうだね。みんな使ってるし、便利だからね」


 マジックペイは魔王様の政策で魔族のみならず、人間にも広く普及しているアプリだ。他にも決済するアプリは多くあるが、どれもマジックペイには遠く及んでいなかった。


「嬉しいです。そのアプリ、私が開発したんですよ」


「え!? そうなの?」


 そう言って驚く俺を見てメアさんはどこか誇らしげにこう言ってきた。


「そうですよ! 私、こう見えて魔王軍の頭脳って言われてますから」


 魔王様を差し置いて魔王軍の頭脳っていうのはどうかと思うけど、それほどまでにメアさんはすごい人だったんだね……見た目は完全に地雷系だけど。


「メアさんってそんなにすごい人だったんだ……」


 俺がそう言うとメアさんは慌てたようにこう言ってきた。


「あ、で、でも、かしこまったりしないでくださいね。その方が私も嬉しいです……」


「そうだね。友達にかしこまるのは変だもんね。あ、あそこの席空いてるよ」


 そう言って俺たちは外の様子がよく見える席に向かい合って座った。なかなか当たりの席と言えるだろう。


「ふう、なんとか席が空いてて良かったよ。にしても美味しそうなパフェだね」

 俺が選んだのはブルーベリーなどが多く使われたパフェで、それに対してメアさんの選んだパフェはイチゴが多く使われているものだった。


「そうですね……! 写真とってもいいですか?」


「もちろんいいよ。俺も取ろうかな」


 そうして俺たちは互いにパフェの写真を取った。最も、俺はこういう経験があまりないので全然映えない写真になってしまったが……。


「では写真も取りましたから。さっそくいただきましょう!」


「そうだね。いただきます」


「いただきます!」


 そうしてパフェを口に運ぶと、真っ先に甘いクリームの味が飛び込んでくる。それに少し遅れるようにしてブルーベリーソースの深い味わいが、先程のクリームと混ざり合って絶妙なハーモニーを奏でていた。


「……! 美味しいです……! キュートベリーのパフェがこんなに美味しかったなんて!」


 そう言って二口目、三口目を食べるメアさんを見て俺は微笑みながらこう言った。


「ふふ、喜んでくれて良かったよ」


 そう言いながら俺もパフェを食べ進めていく。


「……ステラさん、もしよければそちらのパフェを一口頂けませんか?」


「別にいいよ。はい」


 そう言って快く俺のパフェを渡すとメアさんも自身のパフェを渡してきた。


「ありがとうございます。私のも一口どうぞ」


「ありがとう」


 そう言ってメアさんからパフェを受け取ってスプーンに手をかけた瞬間に俺は体を硬直させた。


 ……待てよ、このパフェに刺さっているスプーンは既にメアさんが使ったもの。それってつまり……! いいのか……!? こんな美少女が使ったスプーンを使ってしまって!?


 そう思いながらメアさんの方を見てみると、メアさんは何を気にすることもなくパフェを味わっていた。


 一度深呼吸をして俺は自分を落ち着かせる。


 まて、意識しているのは俺だけだ。むしろここでメアさんのスプーンを使わなかったら、嫌がっていると勘違いされてしまう危険性がある。ここは平静を装ってパフェを一口食べるしかない!!


「……」


 俺は意を決してメアさんのスプーンを使ってパフェを一口食べた。


 ……! う、うまい。それはもちろんパフェの味が美味しいというのはあるのだが、一番の要因は美少女の使ったスプーンを使って食べたことだろう。こう、背徳感というか幸福感というか、ともかくその一口のパフェは素晴らしく特別な味がしたのだ。


「ふふ、こちらのパフェも美味しいですね」


 そうして二人で幸せな時間を過ごしていたその時だった。


「おいおい、魔族がいるじゃねぇかよ!」


 そう言ったのはガラの悪そうな男だった。

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