第26話
文月が耳元で囁く。
「ウェデイングドレス姿って夢じゃない? それを親友が撮影するのって感動的じゃない?」
文月がわたしの髪の毛をくしゃくしゃとなでる。そしてわたしの手のひらを握る。
「この小さな手のひらがわたしの幸せを包むように写すんだよ」
「……でも、文月、フッてばっかじゃん」
「まだまだわたしの王子様はあらわれないー!」
手を振りほどき、駆け出す文月。
「イマドキの女子は王子様なんて待ってちゃダメだよ」
わたしは文月を追いかける。
「それは、どっちでもいいじゃない。とにかくドレスを着てみたいんだよ」
わたしは走りながら、途方に暮れていた。
わたしがカメラを構える。
被写体のエミリーが死ぬ。
文月が死ぬ。
とてもとても耐えられない。
(絶対に死なないから!)
耳の奥にエミリーの声がこだまする。なんてそれは力強い言葉だ。そうだ、確かにわたしに死を操る力なんてないんだ。もちろんカメラにもその力はない。そんな力があるのなら、元々の持ち主であるお兄ちゃんはどれほどの人間を殺すことになっただろう。
馬鹿げた呪いだ。でも、でも。
立ち止まり、手のひらを見る。握りしめていたそれは、ほんのりと赤くなっている。それでも血で染められたようには見えなかった。今はただ、薄く頼りなく広がっている。
その日の夜、フィルグラに通知が来ていた。しばらくフィルグラに投稿もしていなければ、開いてさえもいなかった。そんなわたしのアプリにフォロワーからメッセージが届いている。フォロワー同士はダイレクトメッセージを送ることができる。
「誰だろ?」
開くことは少しためらわれたけれど、思い切ってメッセージを読むことにした。
「あ、deerくんだ」
それは、わたしの好きな写真を撮る人からだった。たぶん、同じ街に住む、北欧インテリアに囲まれたモダンな男の子。
メッセージを開いてそれを読み、おののいて後ろを振り向いた。
>こんばんは、ヒーコ。僕も君が写真をやめると言ったら辛くなるよ。君の写真をいつでも楽しみにしている。
「は? は?」
deerくんて、もしかして、もしかしてクラスメイト?
さあっと血の気が引く。わたし、フィルグラもヒーコって名前でやっているから、身バレが確定したというわけじゃない。でも、でも間違いなく、今日のエミリーとのやりとりを見ていた人だ。いったい誰だ? deer、鹿のことだよね。鹿っていう字のつく名前の人、クラスにはいなかったと思うけど。
次から次へとたたみかけられる出来事に動揺している。そんなわたしにさらに追い打ちがかけられる。
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