第2話

 そこで待っていたのは、息をのむような光景。何十匹、いや100匹以上の蝶が飛び交っている。逆光に次々と浮かび上がるシルエットは優雅なリズムで、クラシカルなダンスのよう。

 わたしはこの瞬間を絶対に逃してはいけないと、力を込めてカメラのシャッターを切る。

 目まぐるしく変わる構図に慌てながらもファインダーからは目を離さない。

 耳元を蝶の羽ばたきが横切る。全身に鳥肌が立つ。うー、綺麗だけどこんなに近いと背中がざわざわする。

 それでもわたしは、このシチュエーションは奇跡だよ、逃してはダメ、と自分に言い聞かせ撮影に集中する。

 連射モードにして、ISO感度はカメラ任せ、レンズを絞り込んで隅々までキレのある写真を目指す。

 蝶は花に群がっている。他の花弁の蜜を吸おうとして、ばらばらと舞い上がる。その度にわたしはシャッターを切る。連射モードのまま、ISO感度を800に固定、レンズの絞り値を2.8まで開く。マクロレンズをつけてきて正解だった。花と蝶、めいっぱい寄れるところまで寄る。その時に今、ここで飛び交う蝶がクロアゲハだということに気づく。ファインダーの向こうで、もったりと翅を動かしながら、クロアゲハは蜜を吸っている。わたしはレンズをマニュアルフォーカスに切り替え、きりきりと微調整しながら、蝶の食事の風景をとらえる。ボケの効いた綺麗な写真になっているといいけれど。レンズを開放にしても暗くなってきた。ISOの感度をオートに戻してひたすら蝶を撮る。蜜を吸い上げる蝶のストローがくるりと仕舞われるその瞬間を秒間5コマで撮り続ける。

 カメラは熱を上げる。

 蝶はふわりと飛び立つ。

 太陽の光がギラリとファインダー越しのわたしの目を射る、その瞬間、音もなくクロアゲハは散り散りに真っ赤に染まる空の高みへ舞いながら飛んでいってしまった。

「コウモリみたい」

 文月がつぶやきながら見上げた光景を、わたしは、まだ夢中のまま撮り続けていた。

「はあ……。なんだかすごかったね」

 わたしは黙ってうなずく。手に持ったカメラはまだ、じんじんと熱を帯びている。

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