マジックアワー

石川葉

第1話

 坂道の途中で振り向いたわたしは、わあ、と小さく叫び、慌ててカメラを構える。すばやくシャッターを切る。

 激しい通り雨のあとの夕焼けの景色。そのグラデーションはまるで、グランデサイズのフラペチーノ。

 むくむくとしたホイップの雲。青みが残る空はミントシロップ。横に伸びる太陽の光は雲にからまるマンゴーソース。そしてカップのほとんどを占めるショッキングピンクは甘酸っぱいラズベリーフラッペ。

 ストローをさして吸い込んだら夢のような味がするんじゃない?

 わたしは一心不乱にシャッターを切る。

 シャッターを重ねるうちに、したたるようなラズベリーフラッペは、どんどん赤みをましてジャムのようになる。やがてカップからこぼれ出し、遠くに見える白いビルを飲み込み、真っ赤に染める。瞬く間に街は燃えるよう。なんだか世界の終わりみたいな風景に変わる。

 その景色から目を離すことができず、わたしの指はジャムの赤い手につかまれてシャッターを切り続ける。

「ヒーコ! 何やってるの! はやくはやく! たっくさん蝶が飛んでる!」

 背中に文月ふづきの声がかかる。その声で、ようやく赤い手からほどかれたわたしは、

「すぐゆく!」

 大きく返事をし、振り返って坂道を駆け上がる。

 わたしの視界に、古いけれど立派な洋館の屋根が飛び込んでくる。駆けるごとにそのお屋敷はぐんぐん大きくなる。

 鉄柵の門をくぐり抜け、その洋館の敷地に足を踏み入れる。文月は庭の真ん中に立ち、はやくはやく、とわたしを呼んでいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る