第7話 秋野文華、訪問
「ふぅ。助かったぜ」
職員室の扉を閉めて少し歩いて俺はついそんな声を漏らした。
と、いうもの。
中間考査で、一番自信のあった現代文の答案用紙に名前を書き忘れるというアホなことをやらかした俺は赤点を喰らってしまっていた。
だが、補習ではなく、課題の提出と言ったペナルティだったため、あえなく危機を脱したのだった。
教室に戻った俺に石原は口を開いた。
「つーか、現代文は得意なんじゃなかったのか?」
「得意じゃなくて、比較的楽だって言ったんだよ。日常的に日本語使ってんだから国語はやりやすいって」
「にしても、56点はやばいだろ。今回は採点甘かったし」
0点がついた俺の答案だが、一応採点はされてあった。
「まあ、良いか。とにかく、下手に補習とかが入らないことは何よりだ」
ひとまず落ち着けるなと石原は言った。
それには、俺も同意した。
確かに、ラッキーなことも多い。
赤点のペナルティが課題だけで済んだこともそうだが、テストが返って来たのも今日の一限目だった。
そのおかげで、昼休みに提出することが出来た。
とかなんとか、考えて五限、六限と過ぎていき、HRになった。
そして、担任が口を開く。
やっと帰れるなと思いながら、ぼおっと耳を傾けた。
「金曜日には、一年生は異能研修に行く。日帰りの遠足みたいなものだが、当日はバスで移動することになる。教室には行かずに駐車場に直接集合だから忘れないように」
担任はそう言うと号令を促した。
「気を付け、礼!」と、日直が号令すれば、皆が席を立ち、次第に騒がしくなる。
さっさと帰る者や、未だ友達を話す者を横目に見ながら、俺は石原へと呼びかけた。
「なあ、異能研修って何?」
「定期考査前から散々言って……いや、担任が話している間も勉強させたのは俺か」
石原は、いまさら何をと言いたそうな顔をした後に思案気味な表情へと至った。
「異能研修ってのは、この学校で毎年五月末に行われる行事だ。一、二、三年ごとに内容は違うが、まあ、大体、六高では異能についての施設に行くことが多いな。まあ、社会科見学のようなものって考えればいいんじゃないか」
「なるほど」
異能についての施設と言えば、機関だが、まずないとしても、何処に行くのだろうか。
「どこに行くんだ?」
「大学だ。それも強力な異能者が在籍していると言う
「ああ」
確かに、異能に特化した大学と言う事もあって、知名度が高い。
三十二年と異能が歴史上に登場してから経ってはいるが、未だ異能に特化した大学がたくさんあるというわけでもない。
異能自体は、学ぶことはできるが、ここまでの規模の学校と肩を比べれるという大学は少ないだろう。
と、そんな会話もほどほどに、俺は帰途についていた。
別に部活をやっているわけでもないので、石原に研修についての話を聞くことが出来たら早々に引き上げた。
そう言えば、研修は私服で行くらしい。
正直ファッションなど分からないので、制服の方がありがたいのだが。
というか、大学にお邪魔するのに、私服で良いのか?
そう言うのは、それこそ遠足での話だろう。
まあ、でも異能高校と言うだけで襲撃されることもあるらしいそんなもんか。
とは言え、俺が考えたところでどうにかできる事じゃないし、学校で決まってることだし良いか。
一人で、そんなことを考えていると、あっという間に家に着いた。
徒歩でつく距離だし、考え事でもしていればあっという間だ。
「と、あれ?」
ドアの鍵を開けて、玄関に入った俺は首を傾げた。
見知らぬスニーカーが綺麗にそろえられて、置かれている。
その光景に突っ立っていると、奥の部屋から気配を感じて、開いた扉から顔が覗いた。
日本人的な黒髪に、ほのかに紫がかった瞳。
異能の影響で、瞳や髪色の多少の変化は珍しくもない昨今だが、それでもその顔は目を惹いた。
きれいな瞳のよりも、その整った顔の方が人の目を惹く。
「あ、おかえり~」
「なんでいるんすか?」
「え~、会いに来ちゃったってやつ?」
俺の問いに何故か首を傾げた黒髪の少女はそう言ってこっちに近づいてきた。
無論、今の俺の対応を見ればわかると思うが彼女は俺の知り合いだ。
本名、
高校二年生で、俺の一つ年上に当たる。
彼女もまた、夜白姿と関りのある人物だった。
「ま、冗談は置いておいて。上がりなよ」
「俺の部屋なんだけど」
まあ、良いかと思いつつ俺は部屋に上がった。
鞄を置いて、お茶を淹れた俺はテーブルの前に腰かけた彼女の対面に座った。
「お~おいしいねぇ。ずばり、これは煎茶でしょ」
「深蒸し茶です」
「…………」
彼女は無言になったあと、ズズーッとお茶を飲む。
「で、何しに来たんですか?」
「別にただ来ただけだよ。ほら、先週はテスト勉強をするって言ってたからこれなかったし」
「それにしても、いつもは
彼女は来るにしても、学校がある平日には来ない。
大抵、休日のどちらか、もしくは両方に来ることが多い。
そうでないと言う事は、何か用事でもあったのかと思ったが。
「え、本当に来ただけ?」
「うん」
マジか、と俺は驚愕する。
別に彼女がここに来ることに関しては問題があるわけじゃない。
夜白姿と関係があると言っても、彼女は機関の指金でもない。
言ってみれば、夜白姿の被害者である。
元々、夜白姿の実験時に、彼女は利用されていただけの存在だ。
だが、他に問題があるとすれば、それはやはり彼女の在籍する高等学校に関わってくる。
何故なら彼女の在籍する高校は、道槻異能科大学付属高等学校であり、そして、何より異能科であるためだ。
道槻異能科大学と言えば、先ほど学校で話題に出たような有名大学だが、その付属高校と言えば、やはり評判も良かった。
生徒の志が高く、教育のレベルも高いため、優秀な生徒が多くいるという。
その反面、生徒たちは平日課題に追われることになる。
彼女も一年次までは、なんとかなっていたようだが、二年からは更に厳しくなるという。
だからこそ、彼女は今まで休日にしかここに来なかったのだ。
その筈なのに。
「課題とかは、大丈夫なんですか?」
「うん。まあね。初めの一か月ちょっとはあまり余裕はなかったけど、慣れてくればさほど難しくもないし、ここに来ることだってできるよ」
「それに、一般科目に関してはここで出来るしね」と言ってまたお茶を飲んだ。
「あ、そう言えば、私たちの高校で校外学習ってのをやるんけど、
「ちょうど、今日担任が異能研修ってのをやるって言ってたな」
まあ、詳細を聞いたのは石原からだけど。
多分、校外学習とやらも似たようなものだろうと、俺はそう返した。
「そうなんだ。それで、それって服装自由?」
「自由っつーか、私服って話だったけど」
「じゃあ、一緒に今から買い物行かない?服とか買いに」
彼女は、勝手に俺のタブレットで読んでいた漫画の画面を暗くしてそう言った。
「じゃあ、行きます?」
俺の疑問符がついたその言葉で、二人で服を見ることに決まった。
「いや~、いっぱい買ったねぇ」
数時間後、俺と文華さんはショッピングモールから出て来た。
「それにしても、よかったんですか?俺の服しか買ってないですけど」
「うん。元々、そのつもりだったし。というか、私、自分の服は先週、業平君が構ってくれなかったときに友達と買いに行ったんだよ」
「もしかして、態々、今日は俺のためだけに付き合ってくれたんですか」
「まあね。私が誘わなかったら、業平君、部屋着で行っちゃいそうだし」
彼女はそう言って笑う。
俺も笑いたい気分だったが、否定はできなかった。
まあ、部屋着と言っても、パジャマで出るわけではないが。
それでも、格好のつく服装でないことは確かだろう。
「今日はありがとうございました」
「硬い事言わないでって。私もデートできて楽しかったよ」
きれいな黒髪を揺らす彼女は、またしても笑った。
会ったばかりの頃からは考えられない笑みに俺も思わす頬が緩んだ。
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