異世界転移5回目の放浪勇者、次の戦は恋愛です

つじ みやび

ネスタ・マセア、5回目の異世界転移

「ああ、俺はここまでみたいだ」

 もうこれで5度目になる感覚。


「ネスタ!おまえ、もう行くのか!?」

「まだ報奨金ももらってないぞ!」

「奥さんもらって幸せに暮らすんだろ?!」

「そうだ!俺たちと祝杯をあげるって約束はどうするんだ!え!?」

 この世界から追い出される感覚だ。


「この旅、本当に楽しかったよ。ありがとう」

 こいつらともここでお別れか。寂しくなるな。鍛え上げられた筋肉の、逞しい男たちがそろって泣いている様子は少し滑稽で、笑みが浮かんでしまう。


「んで笑ってんだよぉ!」

「俺たちだって!楽しかったよ!なぁ!?」

「おうっ……!俺らのこと、忘れないでくれよ!お前のことも忘れない!」

 事前に伝えておいたからか、仲間たちは涙を流しながらもこの別れを受け入れてくれているようだ。やっとこの世界にも平和が訪れた。可能ならもう少しここにいて、仲間たちと共に見たかったが、自分の役目はここまでだ。


「じゃあな、おめぇら」

「おう!元気でな、ネスタ!」


 そうしてネスタ・マセアは姿を消し、5回目の異世界転移を体験する。次は戦いの無い世界だといいなぁと願いながら。


 ネスタ・マセアこ根津田ねづた 正明まさあきはもともとどこにでもいる高校生だった。初めての異世界転移は学校からの帰り道。何かにぶつかったかと思えば魔法が使えるファンタジーな世界へ転移していた。転移先のやけに静かな広場で名乗れと言われたとき、咄嗟に本名を隠そうと適当な音を発してから自分の名前は「ネスタ・マセア」になった。


 異世界転移時に勇者として召喚されたおかげで様々な祝福を受けていたらしいネスタは、その後修行もしつつ誰よりも強くなり、誰も果たせなかった魔王打倒を成し遂げる。魔王討伐の帰り道、光が体を包んだかと思うと、次の瞬間には両脇にずらっと大量の騎士らしき人々が列になって並んでいる、大きな広場に立っていた。


 話を聞くところによると、2回目の異世界転移は魔法ではなく剣が強い世界のようだ。今回も初回同様ネスタ・マセアを名乗り、与えられた祝福と目的を確認する。今度は世界を裏から牛耳ろうとしている魔剣の脅威からこの国を守って欲しい、という事だそうで。ネスタはまたしても、打倒魔剣を掲げ必要な努力を続けた。元凶であった始まりの魔剣を破壊し、国だけではなく世界に平和をもたらしたその帰り道。またしてもネスタの体を光が包み込む。


 3回目の転移では荒野に立っていた。目の前には少女が一人。話を聞くと、今度は弾丸が飛び交う世界らしい。どうかこの世界に平和をもたらして欲しいという、亡国の姫である彼女の願いにこたえる形で召喚されたようだ。この時もネスタはネスタとして行動した。亡国の姫の願いを叶え、彼女の仇でもある男を打ち抜き戦争を終わらせたネスタが少女と街に戻る、その帰り道。ネスタの視界は光で満ちて行った。


 4回目の転移先は肉体の強さが物を言う世界。もうネスタは慣れたもので、目の前にしりもちをついて驚く少年に向かって手早く名乗り、現在の世界情勢を確認する。またしても武力を求めて召喚されたようだ。今度は肉体改造に取り組んだ。強きを助け弱きを挫く。そんな世界の頂点に立っていた覇王と呼ばれるおじさんを仲間と共に殴り倒し、世界の常識にヒビを入れたネスタは、少年と仲間と共に家に帰ろうとしていたところで、5回目の転移が始まった。



 視界いっぱいに広がっていた光はだんだん弱くなる。ネスタが目を凝らすと、そこはざわめきで満ちる広間だった。ここ最近の転移では野外に呼ばれることが多く、久しぶりの室内召喚に緊張するも、なつかしさを覚える。

(さて、今回はどんな依頼かな?)


 まずは周囲を確認する。周囲には、豪華な服装の人間が大勢立ってこちらを見ており、皆同様にひそひそとこちらを見てはささやいている。なかなかの金持ちが集まっているのだろう。その中でも自分の目の前、床よりも少し高い場所で豪華な椅子に腰かけている1組のきらびやかな男女がこちらを見てにっこりと微笑んでいた。

(一件平和そうな光景だが、まだ分からんな。)


 次に自分の状態の確認をする。衣服、持ち物に関しては前の世界から持参しており、紛失しているものはない。長年戦いの場に身を置いていた自分の体は、初めて異世界転移した時より逞しくなっている。前の世界でボロボロになってしまった服は綺麗に修復されているようで、そこまで貧相な恰好になっていない事だけが救いだ。今までの世界では、以前習得したスキルが行使できなかったり持ち物がなくなっていたりすることもあったが、今回はきちんと引き継げたようでひとまず安堵する。これで必要最低限の内容は確認出来た。であれは次にするべきは何か。


「初めまして。ネスタ・マセアと申します。この度はどのようなご用件でお呼びでしょうか」


 挨拶だ。まず挨拶。何よりも挨拶。今までの異世界転移でも大事にしてきたことの一つだ。第一印象をなるべくいいものにできるように、今までの体験を集約させたとびきりの好印象笑顔を自分の顔に張り付け名乗る。

(まだ名前わからんし、この男性は仮におじちゃんAという名前にしておこう。横の女性はおばちゃんB。)


 さて今回の依頼内容は何だろうかと頭をひねらせてみる。近くに巣食う魔族の討伐?戦争を吹っかけてくる他国への殴り込み?新規開発武器の試用?何が来ても戦闘系の依頼であれば、ほぼ完璧にこなせる自信があった。少し間を開けて、おじちゃんAが物々しく声をかけてくる。


「お主、このような状況は何度か経験しているのか。ずいぶん慣れている様子だが」

「はい。何故かいろいろなところに呼ばれる体質のようでして。これまで様々な場所で様々な問題を解決してきております」


 なにせこれが5回目なのだ。多少の自負・自信もある。少し得意げにそう答えると、今度はおばちゃんBが声をあげる。


「頼もしいですね、良いことです。あなた、この方で問題ないのでは?召喚の後現れたという事は条件も満たしているはずです。何より私好み。」

「そうだな。……ちょっと待って、君好みなの?僕の立ち位置大丈夫?」

「……(にっこり)」

 フランクな顔を一瞬のぞかせるおじちゃんA。しかし咳払い一つで元の威厳ある雰囲気に戻る。


「お主には、とある護衛任務についてもらう。詳細は後ほど伝えよう。皆の者、このネスタとやらを丁重に扱うように。本日は以上だ。」

 そうしておじちゃんA、おばちゃんBは部屋から出て行ってしまう。

(この感じだと、今回も戦いかなぁ)


「ではネスタ殿。こちらへ」

 いつの間にか近くに寄ってそう声をかけてきたフルフェイスの鎧に身を包んだ騎士に導かれ、ネスタはほんのちょっとがっかりした気持ちを表情や態度に出さないように押し殺し、おじちゃんAおばちゃんB同様に広間から退出した。

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