三日月と桜
唄川音
序章、ハナはセイと敵になる
ハナが「はい」と言って香り袋を差し出すと、セイは「ありがと」といって、香り袋を体にグイグイと押し付けたり、顔の周りで振ったりした。川辺には少なからず蚊が飛んでいるが、乾燥させたヨモギとセイヨウハッカが入ったこの香り袋を持っていると、刺される確率は下がるのだ。
ハナは香り袋を腕や首にこすりつけながら、チラッとセイを盗み見た。心なしか元気がないように見える。今朝会った時も、声に覇気がなかった。嫌な予感を拭うように、ハナは明るい調子で話し出した。
「聞いて、セイ。わたし、箒競争の選手に選ばれちゃったの。運がないでしょう。当主様にもすごい目で睨まれちゃった。でもね、父さんたちが……」
ハナが話し終える前に、セイは目を見開いて、ハナの肩をガシッと掴んだ。
「ハ、ハナも?」
「えっ! 『も』ってことは、ひょっとして……」
セイはじっくりとうなずいてから答えた。
「……俺も、箒競争の選手になったんだ」
ハナの悲鳴に近い「ええ!」という叫び声に、すぐそばでやまびこが「ええ!」と答えた。
ハナとセイは互いの腕にしがみ付き、しばらくの間、見つめ合っていた。
とめどなく流れる川のシャラシャラという音と、カエルの鳴き声がとぎれとぎれに響き渡る。
「……わ、わたしたち、正真正銘の、敵になったってこと?」
「……そう、なるな」
言葉にした途端、二人の足は踏ん張ることをやめてしまった。ハナもセイも、体の右側からバシャンッと川の中へ倒れた。香り袋は川に乗って流れていき、半そでのセーラー服と半そでのシャツはみるみるうちに川の水を吸い込み、どんどん重たくなっていく。顔も髪もびしょぬれだ。それでもハナとセイは、起き上がる気力がわいてこなかった。
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