突きあげた拳
DITinoue(上楽竜文)
第1話
テントが燃えている。ごうごうと、凄まじい勢いで燃えている。
「誰や? 誰がやったんや?」
「おい、わいのあのテント高かったんやぞ! どないしてくれんねん!」
何事かと集まってきた仲間たちは、真っ赤に燃えさかる炎を見て、拳を振り上げて怒号を上げていた。
「……誰がこんなことを……。畜生……!」
俺も思わず握った拳をワナワナと振るわせ、草がぼうぼうの地面に唾を吐き捨てた。
と、燃えるテントの向こう側に五人ほどの人が走っていくのが見える。
「……奴らばい!」
金髪で博多生まれの二十歳、
「ふざけやがって、オレらの家を……っ!」
うぇーいうぇいとニヤニヤしながら走る男たちを見ているだけということは、俺には到底我慢できなかった。
「おぅらぁっ!」
猛然と若者らへ向かって、俺と凱は突進する。ピシッ、ピシッ、と草が脚をかすめる感触が今は快い。
「うわっ、なんや?!」
凱はそいつらのうち、金髪の一人の顔面に、強烈なパンチをぶちかました。
「ぐぁっ……」
「暴力反対や!」
「あんぼんたん! おめぇらホームレスを社会のゴミとしか見てねぇくせに!」
凱はもう一人、派手なピアスをした男の膝をさっとなぎ払う。
と、リーダー格と見えるピンク色の髪の男が拳をバキバキ鳴らしながら俺に襲い掛かる。降り上がってくる足を避けようと思った時にはもう遅かった。
「ぐっ……」
身体が落ちてゆく感覚。それでも、再び立ち上がろうとした瞬間、ウゥーウゥーというサイレンの音。俺はそれが無意味な抵抗ということを悟った。
「座れ」
しかめっ面をした深い豊齢線の男に促され、オレはかび臭い取調室の椅子に腰かけた。
「それでは、お名前と年齢、住所を」
「
「ホームレス、ということですか?」
「……まあ、間違いはありません」
気丈にしようと思っても、俺は怯えていた。また同じことになるのではないか、と。
「それでは事件に関してお聞きします。あなたと同じホームレスの岸凱さんが若者を殴ったことは間違いありませんか?」
九月下旬というのに熱気が籠った部屋はどうも気分が悪い。俺は黒のタンクトップの襟をパタパタさせながら答えた。
「間違いありません。ですが、彼らは我々のテントを燃やしたんです。そりゃあ殴りたくなりますよ。しかも、犯人が遊びでやる若者なんやから余計タチが悪い」
「……なるほど。ですが、殴ったことは間違いない」
「……そうですね」
取調官は眉間の皺を一層深くした。
「……どんな理由であれ、殴った事実は変わりません」
「ですが、あの若者たちは我々のことをずっと迫害してくるんですよ? えぇ? ホームレスには人権が無いと?」
「まあまぁ落ち着いて。じゃあ、僕ホームレスのなんちゃらに募金するんで、ね?」
と、にこやかに場を宥めたのは記録係の男だ。それも、アイドルでもしていそうな、爽やかな犬顔の男である。
「岸さんに関しては残念ですが、仲間のためにもね、あっちに戻ってあげてください」
「は、はぁ……」
この男が醸し出す砕けた雰囲気に、場所も相まって、俺はついて行けなかった。
なぜか、慎の無垢な笑顔がふぁっと脳裏に浮かんだ。
「カシラ、お帰りなさい」
出迎えたグレーの継ぎはぎだらけのTシャツをまとった馬顔の男、
「退介……、凱は……」
退介は視線を落とし、力なく首を横に振る。
「そうか……残念やな」
「はい……」
「まぁ、あいつらのためにも頑張らんとな」
と、すぐ向こうからギャッという悲鳴が上がった。
「……なんか分からんけど、行くぞ」
現場は公園の周りの道路の脇だった。
一人、派手なネイルをした若者が口を押えてうずくまっている。その手にはベットリと血が付いていた。そしてその隣には、手錠をはめられたみすぼらしい作務衣の若い男。
「おっ、おい、お前……っ」
冷たい風がぬるりと俺の首筋をかすめる。
「カシラ、すみません……」
いかにも無念そうな顔をした奴は、警官によって強引にパトカーに押し込まれた。
「……畜生!」
俺は涙を堪えながら叫んだ。
「なりたくてなっとるわけちゃうのに、こんなゴミ扱いしやがって。畜生、畜生……!」
けたたましいサイレンの音だけが、地面をぶん殴る俺の耳に虚しく響いた。
***
ウゥーウゥーウゥー
サイレンの音が鳴り響く。俺は冷たい輪っかをはめられ、とぼとぼと歩いていた。
「剛田さん、剛田さん!」
「こっち向いてください!」
パシャッ、パシャパシャパシャ
大勢の記者が俺の顔を一心不乱にカメラに収めようとしている中、警官に「入れ」と一言促され、俺はパトカーの後部座席にそっと座った。
――畜生、これまでは俺のテニスをずっと称賛してた連中が根拠のない逮捕に嬉々としやがって。今頃ニュースで「テニス選手・剛田慶蔵逮捕」とかいう字が躍ってるんやろな。
「なぜ、コーチを殺害したのですか?」
延々とこの声が脳内でこだまする。その脳内で、俺は黒い机を思いっきり叩いていた。
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