貧乏奨学生レイシア 閑話集2 黒猫甘味堂まとめ

みちのあかり

第二部まとめ

三章 本好き少女の下剋上 104話

 やっと手に入れた!


『制服王子と制服女子~淡い初恋の一幕~』


 緊急出版として出てから増刷が間に合わないこの話題作! 作者は貴族の通うグロリア学園の生徒、学生作家のイリア・ノベライツ。入学式の騒動を見事に描き上げたという王子と新入生の恋愛小説。


 私はこれをうるさい家では読みたくないのよ!!!


 私が読書に集中したくても、家は商店。ゆっくり本を読んでいる空間ではない。


 私は本をゆっくり読みたいから、がんばって家の手伝いをし、バイト代おこづかいと休憩時間1時間半をもぎ取った。


 私は急いでいつもお客がいない喫茶店、『黒猫甘味堂』へ向かった。あそこはいい。ゆっくりしていてもお客がいないから追い出されることはない。

 本を読める! その期待を胸にして私はいつものようにドアを開けた。


 ◇


「いらっしゃいませ、お嬢様。どうぞごゆっくりおくつろぎ下さいませ」


 どこここ? お嬢様って誰? 目の前にはメイド服を着たかわいい少女が立っていた。


「お嬢様、どうぞこちらへ」


 お嬢様はあなたよ! そんな美少女が私にむかってお嬢様と呼んでくれる。天国なのここは? ぼぉっとしながら夢心地で指定された椅子に座った。


「本日は黒猫甘味堂へようこそいらっしゃいませ。こちらがメニューになります。わたくしからのおすすめはこちらの『ふわふわハニーバター、生クリーム添えセット』でございますが、いかがでしょうか」


「は、はい! そちらを」


「かしこまりました。では、ごゆっくりお過ごしください」


 私は言われるがまま、聞いたこともないメニューを注文した。いくら? よかった、ちょっとお高いけど払える。ここ黒猫甘味堂よね。そう言っていたし……。椅子もテーブルも一緒。でも、いつもよりキレイに見えるのはなぜ? っていうか、私がお嬢様って。貴族か大商人の娘にでもなったの? 成り上がった? なにこの状況。


 ひと時のお嬢様扱い。楽しんでもいいよね。


 私は本を読むことも忘れて、この雰囲気を味わっていた。



「おまたせいたしました。こちらが『ふわふわハニーバター、生クリーム添え』です。そしてセットの紅茶がこちらになります」


 そう言うとかわいいメイドさんは、流れるような手つきでカップに紅茶を注いだ。ティーポットを持つ手が滑らかに高く上がっていく。カップの中に細く細く紅茶が落ちてゆく。まるで手品のよう。


「ふわふわパンは、バターを塗り溶かしてからお食べ下さい。紅茶は、パンを一口食べた後、何も入れずに飲んでみてください。きっと新しい体験がお嬢様に起きることでしょう。その後お好みでミルクを入れてくださいね」


 にっこりと笑顔で説明するメイドさん。もう、その笑顔に銀貨払ってもいい!


「あ、ありがとう」

「では、ごゆっくり」


 そう言うと奥に下がった。いいのに、ここにいていいのに!


 私は言われた通り、見たこともないお月さまのような食品にバターを塗り、一口切り分け食べてみた。





…………………………おいしい!!!!




 なにこれ! ふわふわな食感! 雲? 雲を食べているの? バターの塩気とハチミツの甘さが口いっぱいに広がる。こんなのパンじゃないよ! なにこれ!


 混乱した頭と口の中を洗い流すように紅茶を飲む。




……………甘い……………


 不思議。砂糖もミルクも入れてないのに甘く感じられる。これが紅茶? うそでしょ。いつもは砂糖で消されていた紅茶本来の香りと甘さ。芳醇な香りが紅茶にあったなんて……。試しにミルクを入れてみた。




……………至高……………


 こんなおいしい飲み物だったのね。紅茶って。ミルクのコクと甘みが紅茶を包み込み絵も言えないハーモニーが!!!


 私は夢中で、ふわふわのパンと紅茶を食べた。



「お気に召しましたでしょか?」


 かわいらしいメイドさんが私に聞く。


「はい! こんな素晴らしい料理初めてです」


 破顔! メイドさんの笑顔が可愛すぎる!!! 惚れちゃいそう!


「あの、あなたはいつからこのお店に?」

「今日からですわ」

「毎日いるの?」


「いえ、私は学生のアルバイトですので土日だけですね。でも……」

「どうしたの?」


「もし、ひと月お客様が増えなければ、このお店閉店してしまうのです。あ、すみません。お客様に話すことではありませんでした」


 私はメイドさんの手を取り言った。


「繁盛すればいいのね! このメニューは平日も出せるの⁉」

「はい。紅茶は店長が入れるので少しだけクオリティは落ちますが」

「呼ぶ‼ お客さんを連れてくる! あなたは心配せず私をお嬢様にして!!」


 メイドさんは小首を傾け「は、はい」とうなずいてくれた。


 本を読んでいる場合じゃない! 私はこの店を繁盛させる。そしてこのメイドさんからお嬢様扱いをしてもらうんだ! 成り上がろう! この店も私も! さあ、これから下剋上の始まりよ!


 わたしはお会計を済ませ、残りの休憩時間を宣伝に回すことに決めた!

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