21.赤い羽根の少年 - 2
イオの魔法の才能は
言葉でイメージできるものは容易く、実演の必要があるものは見せれば、応用は補足をすれば。
どんな魔法であっても、指先一つで体得していった。
練習を始めて一時間近く。
マリアナイトが未だにボールで遊んでいる隣で、彼は次々と魔法の理解を深めていく。
「凄いね、イオくん。これで出来るようになった魔法は、何個目だっけ」
「もう覚えてないわよ。しかし対照的ね、アンタたち」
何十個は試して覚えてしまったイオは、今は宙に浮く魔法を楽しんでいる。
コツは足場を作ることと教えたら、ただ歩くのと同じ感覚で空中に足をつけ、広場の至るところに出向いている。
その様子が気になって自分の練習に身が入らないマリアナイトが、ボールを持ったままになっているのは、この際置いておこう。
教科書に載っている基礎的なことは、もうイオは全てを覚えてしまった。
そんな様は全能的で、物騒な剣しか作れないノエルとは真逆な存在。
「いっそのことイオから教わったら、ノエル」
「──待ってくれ、ユノさん。オレできるってだけで、教えるとかホント無理だから」
自分のやっていることを、うまく言葉にできない。
そう付け足しながら空から降りてきたイオは、さらに無理難題は止めてくれと首を振る。
対してノエルは意外なほどに乗り気だった。
「僕はそれでも教えて欲しいかな。特に空を飛ぶやつとか。似たような事は出来るよ。でも、中々難しくて」
「つってもな。ユノさんの説明でいけないか、ノエル」
「足場を作るだよね。さっきからやってはいるんだけど……」
「えっとな。なんつぅか、空気を固めるみたいな……いや待て。似たこと出来るってどういうこった」
「空気を、固める?」
ノエルは確かに、宙を歩く魔法に興味を持って十分ほど前から練習をしていた。
しかし基礎的な魔法が苦手の言は本当で、一歩目から浮いていない。
世界中に多くの所有者がいる指環だが、外観以外は特例を除いて差異はないと偉い学者が発表している。
だから問題があるのはノエル自身だと考えるべきだが、極端すぎて探りようがない。
ノエルの現状にイオも同情の念を抱いたのか、身振り手振りで言葉を捻りだしてはみたものの、やってみては苦笑する流れの繰り返し。
片や、半日もいらずに基礎を学び終えた天才。
片や、十年近くの月日をもってしても基礎すら覚束ない不才。
両極端な才を持つ少年たちは、合わない歯車同士ながらも魔法についてのイメージを擦り合わせている。
「イっくん、もしかして考えなくても魔法を使えるのかな」
「直感っていうこと?」
「んと……ほら、見た後に指を動かしてるから。あれをすれば出来るのかなって」
成果の上がらない練習に飽きたのか、イオとノエルの練習風景が気になって集中が切れたのか。
ボールを抱えたまま私の傍まで来たマリアナイトは、
しかし彼女の説明は、ふわふわと雲のように掴みどころがない。
魔法を使うために相手を見て、指環を嵌めた指を向ける所作は基本とされる。
熟練者でも行う動きを、特別とするには難しいところがある。
なので話している少女と同じく、私も聞いていて首を傾げてしまった。
「これって、どういうことなんでしょう」
「さあ……」
結局、マリアナイトの言いたかったことは謎のまま。
向こうで頭を悩ませていた少年二人も、良案が思い浮かばなかったのか、重い足取りで私たちの下に戻ってきた。
「ユノさん、オレはもうパスだ。できる気がしない」
「ごめん、イオ君。説明は分かったんだけど、どうしても引っかかるものがあるというか」
「いいさ、別に。それにお前の魔法ってあれだろ。なら要らないよな」
自然の法則を無視した身体能力と剣。
この二つを持ったノエルには、身も
日頃の利便性は欠けてしまう。
だが念力よりも先に動けて、大抵の魔法を無力化できる剣を振るえるのだから、引き換えの代償として割り切る案もある。
けれども便利な生活は誰しもが求めるもの。
十年の歳月が経った今でも、ノエルが諦めきれていないのは共感できる。
「イっくん。今度はわたし! わたしに教えて!」
「いやだから待って。オレ、説明とか下手だから……」
「いい機会だからマリアと話してみなさいよ、イオ。よく分からなくなるわよ」
「どういうこと? 会話してるんだよな?」
ノエルの基礎練習は、もう既に戸締りを始める雰囲気。
それを察したマリアナイトは、次はわたしとイオの手を取り、連れて行ってしまった。
リードで飼い主を散歩させる子犬を幻視しつつ、手応えのなさを痛感してるノエルを見てみると、彼は苦々しい顔のまま頬をかいていた。
「分かってはいたけどキツイね、教わっても出来ないって」
「平気なの、ノエル。学院の卒業資格の一つに、十全に指環を使える事ってあるけど」
「マリアと違って、僕は魔法を覚えに来た訳じゃないからね。落第でもいいさ」
卒業というなら。
そう思い至ったノエルが付け加えたのは、他でもない私に対してのことだった。
「ユノはどうなの?」
「私? 私はあと一つだけ。学院から出された条件を満たせば、卒業できるわよ。ラズもそう」
「あの弟君もなんだ。今日も見かけないのはそのせいか。ちなみにそれってどんな──」
指をさした。
声を発さず、ノエルの顔を真正面から。
でも指の先を私は見れなくて、視線を斜め下へと外して。
きっと少年の目には微かに赤くなった耳もとが映っているだろう。
「……もしかして、さっきのパートナーって言ってたやつかな」
「私の魔法。誰かがいないと使えないの。だからなるなら……アンタが良い」
どうにかノエルの言葉に返す声は出せた。
しかし早鐘を打つ鼓動は喉を乾かせて、流そうとした音を寸断していく。
元々は、ラズラピスをパートナーとして卒業する予定だった。
一族の重鎮たちが決めた、両親の意思すら無視した許嫁。
姉弟仲は良好な方。私もラズラピスは嫌いではないし、弟の口から聞いた異性の名前は私以外だと数えるほど。
そもそもサファステリア家は、国家の深部にまで浸透している一族なのだから、出されている条件は婚姻を成立させるための根回しかもしれない。
義弟が学院に入学する前から決められていたパートナー。
だったはずなのに、ここに来て諦めていたも同然な選択肢を前にしてしまうと、手放すなんて無理だ。
離れてしまった手を繋ぎ直したい。
この思いを嘘だなんて死んでも言えず、指名した以上は手を下ろしたくもない。
だから──
「分かったよ。そうでなくても僕の答えは変わらない。一緒にいよう、ユノ」
「……バカ。本当に分かってるの」
チラリと覗き見た少年の表情は穏やかだった。
当たり前を再確認しただけの、一喜一憂すらない自然の笑み。
流れ星に穿たれたあの日から、僕と私は変わらない。
そう告げている彼に頬を赤らめながら念を押してみると、案の定、私の言葉がそよ風程度にしか伝わっていない事実が明らかにされた。
「でも、そのパートナーって一人だけ? 折角ならマリアも……ッ!」
「呆れた。バカ、ホントにバカ」
まさかのマリアナイトも一緒にと、異性としてではなく友達として受け取られた衝撃を、私は呆れたことを口にする少年を黙らせるために送り込む。
彼の太ももの外側を
期待した私の心の墜落も、浮かれていた熱の余りも。
スンと押し出された赤い気持ちたちは、
「何やってんだ、あの二人」
「ノエくんとユノさん? 昔からあんな感じだって、ノエくんが言ってたよ」
ボールを使った練習を続けるイオとマリアナイトは、遠巻きながらも私たちを見ていた。
しかもイオに関しては、ボールを弾き飛ばすマリアナイトの補助をしながらという、初心者にはみえない離れ業をこなしている。
そんなボールを飛ばしながらも話していた二人だが、ふと気になったのかイオは声音を下げて少女に質問をした。
「……なあ。マリアちゃんは今のあの二人のこと、どう思ってるんだ?」
「仲いいよね。喧嘩っぽいこともたまにしてるけど、あの二人が私のお兄ちゃんお姉ちゃんだったら、よかったなぁって」
「ノエルの事はどう思ってる」
また同じ質問。
そう受け取ったマリアナイトは一度首を傾げて、んーと人差し指を口元近くに持っていって考えると、答えが出たのか満面の笑みをイオに向けた。
「大好きなお兄ちゃん!」
「二人って兄妹じゃないよな」
「ぅん? うん。お兄ちゃんだけど、お兄ちゃんじゃないね。なぁに、イっくん。さっきから」
「いや、別に……」
口ごもるイオに、再び首を傾げるマリアナイト。
目は度々合うし、言葉も交わせる。しかし少女の知る家族に友人たちとは違う、意図的に止められているものを感じた彼女は、深く追求することを足踏みした。
気にはなるが、どう聞いても答えてくれるとは到底思えない。
身近なノエルも、その姉のような存在のユノも。思い自体はハッキリと見せてくれるので、尻尾すら見せない相手となるとマリアナイトは何もできなくなってしまう。
言いたくないことを無理に聞き出そうとすることは、悪いこと。
その常識によって踏み出せずにやきもきしている少女の傍ら、発端のイオは
「良かった。なら、チャンスはあるで良いんだよな」
彼の髪色に、膨大な陽光の白を混ぜ込んだ春の色。
その文字色で
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