13.魔法の指輪 - 6

 魔法まほうというものがある。

 それはアイテールの指環が、生き物の願いを現象として発生させる、特別な力。

 これに対して理屈を求める人は、きっと机と紙しか見たことが無いのだろう。


 願いに限度はない。威力も、種類も、奥深さも。

 指環の限界を決めてしまうのは、いつも人間の方。


 指環は常に自分の主の願いを叶えるのだから、これ以上無理だと思うのは、そこが自分の限界点。

 だからこそ魔法は、使い手によってどうしようもない差が生まれてしまう。


 そう。魔法は理解によって、いくらでも姿を変える。


「クソッ……! どうして当たらないんだ。どうやって俺の魔法を無効化してる」

「これで六回目。見慣れてきたけど、ユノ。これってどんな魔法?」

「視線と指先が一致した場所に、弾丸みたいな物を飛ばしてる。むしろアンタの魔法の方がなんなの」


 私がトリスタンをあおってから、もう六度の攻撃が放たれた。

 狙いは後ろのイオという子から完全に私だけになるも、全ての攻撃はノエルによって斬り落とされている。


 それどころか三発目からは、ノエルの適応により片手間の作業となってしまったため、あせるトリスタンの攻撃はするどさを失っている。

 彼の魔法は、本来ならば避けることに専念すべき代物。

 しかし現実は放った石を叩き落とす遊びになっており、こと魔法において異常とされるのはノエルの方だ。


 それに比べれば、顔を赤くし表情を歪ませる少年は常識的だ。


「光線かな。虫眼鏡で光を集めると燃えるっていうやつ。それを強力にして、代わりに長い時間は照射できない。そんなところかな。──ねえ、トリスタンくん」

「うるさいぞ。俺の魔法を知ったから、なんだ」

「あら。ただの仮説なのに、貴方から答え合わせをしてくれるだなんて。魔法使いになるのなら、それはダメ」

「……この小さい白の線、光だったんだ」

「ああ、そうだ。光だ、光だぞ! なのに何なのだ、貴様は!」


 七度も、八度も。

 容易く空気の破裂音はれつおんを無に帰すノエルに、震える声でトリスタンは疑問を口にする。


 そこについては私も同意見だ。

 光を目で捉え、光速に合わせた動きができ、さらにはその熱量を一瞬にしてゼロにする。


 トリスタンの魔法が、まだ現実に則しているとするのなら。

 ノエルの魔法は、異常どころか破綻はたんしている。


「私の魔法、見せる必要はないみたいね」

「取り押さえる魔法とかないの?」

「それならもう、ラズがやってる」


 ノエルの底知らずな実力のお陰で指環を出し損ねた私は、右手に意識を移す。


 人差し指。ここに現れる魔法の源は、どう使えばトリスタンの攻撃をしのげただろうか。

 そんな深い思案の必要性はもうない。


 視界の端に映る義弟。

 彼の動きには無駄がなく、左の中指に濃淡の階調かいちょうができた瑠璃るり色の指環を準備すると、私たちが元いた席の場所からトリスタンに向けてそのまま手を向けた。


「くっ、右手が……。おい、言うことを聞け」


 たったそれだけで、トリスタンの右手は空中に静止するどころか、彼の意志に反して狙いを外し、取り押さえてくださいと言わんばかりに右手が自主的に背中側へと回る。


 仕組みとしては単純明快。

 使っているのはアイテールの原石を配布する際のラザフォードと同じ、念力の類。


 見えない手を伸ばし、これが魔法を扱う条件だと宣言している手を拘束する。

 たったそれだけで魔法の無力化と彼の拘束を両立させるのだから、機転の回り具合は私たちの中で一番だろう。


「終わり、かな」

「まだよ。彼の処遇が決まっていない」

「処遇?」


 それはラザフォード先生が決めるんでしょと。

 不思議そうに私を見るノエルだが、彼はここへ来たばかりなのだから知らないだろう。


 トリスタンが行ったのは、通常の暴力事件として扱われない。

 刀剣銃器によるものと同じ、魔法の違法使用を加算した傷害事件。

 しかもその後に、自身よりも位が上の者に得物を向けて、危害を食われると宣言している。


 よって彼を捕まえるのは一般の警官や憲兵ではなく、魔法を管理する学院の息がかかった特別な者。

 貴族の都合のいい存在がくる。


「──トゥエルブナイツ。傷害、魔法による違法行為、現行犯。異存があるものは前へ」


 ソレは突然現れた。


 右手を押さえられたトリスタンの背後。

 何もない空間に出現したソレは、昨夜にもノエルの前に現れた長身の黒づくめの男。


 無感情に確認を取っていく彼だが、聞いているのはトリスタンにではなく講義室全体の面々。

 座席側は無視に近い反応で、指導側のラザフォードは渋々頷いている。


 最後に私たちと指環を貰ったばかりの新入生たちの沈黙を認めると、彼は冷や汗を掻いているトリスタンの肩にポンと手を置いた。


「では、行こうか。安心しろ。サファステリア家の方々は寛容かんようだ。君の家を悪いようにはしないだろう」


 黒の彼が耳打つ言葉は、虚ろそのもの。

 トリスタンは慌てて後ろに弁明を図ろうとするも、そんな暇すら与えられずに姿を消した。


 黒の男が現れたときと同様の空間転移。

 自他を自在に跳ばす彼の在り方は、この塔を移動する際に使う転移装置に似ている。


「さて、サファステラ嬢。本家に伝言はあるかな」

「ないです。言っても無駄ですから」

「そうか」


 ラズラピスには聞かないのね、なんて。

 それこそ無駄になる質問が喉元まで出かかるが、他の処遇の話も混ぜ込んで飲み込んでしまう。


 私を迎い入れたサファステリア家は、確かに後継として優遇の限りを私に尽くしてくれている。

 しかし所詮しょせんは優遇止まり。発言はできても決定権は大人たちにある。


 話を聞くふりだけして、話題を振る前から事が決まっているのが恒例だ。


 だから何もないと黒の彼に返事を突き返すと、機械的な相槌あいづちとともに彼は再び姿を消す気配を漂わせる。

 そこで止めたのは、一連の事態に戸惑ってばかりのラザフォードだった。


「待ってくれ、ミスター・オウルズ。怪我人がいる、医者を連れて来てくれ。後、何故早く来てくれなかったんだ。君なら初めから感知していただろう」

「失礼ながら、ロックロビン先生。学院にも諸事情がある。苦情諸々の詳細は報告に上げてくれ。既に聴取の席は用意してあるそうだ。……ああ、医師は今呼んだよ」


 ラザフォードの質問に答えるどころか、一方的な指示もぶっきら棒に口する黒の男は、待てと引き留めようとする彼をそれ以上は意に介さず、姿をくらませる。


 残されたのは気まずい空気だけ。


 胃を痛そうに押さえ始めたラザフォードは、苦虫を噛み締めた顔を首を振って払い除けると、立場という棒を刺して背筋を伸ばした。


「んんっ、諸君。私は急用が入ってしまった為、ここで失礼させていただく。以降の指示は、ここへ連れてきた他教員たちがしてくれるだろう。以上だ」


 講義室全体に声を広げるラザフォードだが、表情は硬いどころか青さで染まり切っていた。

 彼を待っている人たちを考えてのことか、出した指示は漠然ばくぜんとしたもの。


 流石の新入生たちもどうすればいいのかとざわつき始め、最上部で見張りをしていた監視役たちも、呆れたとばかりに素早く退席をしている。


 しっかりとしたフォローを入れたいのだろうが、ラザフォードはしきりに腕時計を気にしていて。

 それでも役目だとしんを通しているのか、出口へ向かうはずの足を怪我をしているイオに進めていた。


「全く、老人たちは勝手ばかりだ。しかも医者を呼ぶだけとは。……カーマインフェザー。怪我の程度は、痛みは我慢できるか。あとは、そうだな。な、泣いてもいいぞ」

「退いてください、先生。治療も専門外でしょう。私が応急処置します」


 へたり込んでいるイオを前にするも、ラザフォードは言葉による励ましだけで魔法を使う意思はあらず。

 彼が得意な魔法は、戦いでもなければ手当てでもない。

 ならいったい何の魔法を使えるかというと、それは後にする話だろう。


 せめて止血だけでもと私が魔法の準備をするも、怪我の第一印象からして素人が下手に触れていいものではなかった。


 右肩を綺麗きれいに抜いている銃創じゅうそう

 しかしトリスタンの魔法は光線の類。なら怪我は火傷も含むため、内情は複雑だろう。


「ユノ、僕にできることって……」

「マリアの側に居て。ラズ、誰か手伝ってくれそうな人はいた?」

「ごめんなさい、姉様。上にいた人たちに声をかけたのですが、僕ではやはり話を聞いて貰えず」

「サイアク。私一人じゃ限界あるのに」


 イオの前にしゃがんだ私は、怪我の状態を診ながらも手伝おうとする家族と連携していく。


 現状、剣を振る以外にできることがなさそうなノエルは戦力外。

 でもこういう荒事に慣れていなさそうなマリアナイトの側にいることは、とても重要なこと。


 ラズラピスも私が言わずとも行動し、講義室全体に呼びかけをしていたが、大貴族の筆頭候補直々のお願いでなければ、最上部にいた彼らは見向きもしない。

 少年は何もできなかったわけではなかったが、力不足を強く感じて唇を噛んでいる。


 一部、心配の目を向ける新入生たちもいるが、彼らだって治療の心得があるのなら既にこちらへ来ているだろう。


「また、どやされそう」


 これからしようとする事を考えると、目に浮かぶのは苦笑いをする家の使用人たち。

 着ているローブの端を持ち、魔法を使って切り裂いては止血用の布を作ろうとしたところで、見覚えのある色の髪が目の前を塞いだ。


「マリア?」

「わたしがやります。魔法で、なおします」


 私とイオの間に割り込んできたのは、怪我人のように辛そうな表情をするマリアナイト。

 口元を強く結び、服に血がつくのを恐れず座り込んで、指環をお供に彼女は両手を傷口へと伸ばした。


 その姿は祈りの光景。

 全身で思いを表す彼女は尊く、これから何を成そうとしているか明白で。


 だからこそ私もラズラピスも、そしてラザフォードも。

 考え直せと身を乗り出す。


「待って、マリア! 貴女、魔法の使い方はまだ……」


 光が、あった。

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