chapter:1-7

 自分の必死な懸命な訴えが通じたのか、燈弥はため息を吐き、膝をかすかに折った。

 よっしゃ降りれる!そんな喜びが勝り、気づいた時には床に落ちた。


 予期せぬパターンに受け身などとれるわけもなく、玲はふぎゅとマヌケな声をあげ床に打った腰を摩る。前屈みになってくれたから、そんなに高さはなかったが……それにしたって酷い扱いだ。


「ふざけんなっ!こんな適当な降ろし方しといて、よく言えるな!」


 重くないし、お前が軟弱なだけだ、と睨みながら燈弥に抗議してみるが腰の鈍い痛みはとれそうもない。


 あざになったらどうしてくれるんだ、自分の体は回復できないんだぞ!と内心は怨念おんねん紛いのものでドロドロしていたが、それを口にだすほどの面倒はしなかった。だいたい、この男はこちらの話など聞きやしない。


 証拠に彼は、新しい獲物を見つけたようで玲から意識を反らしていた。玲も彼が見た方向に顔を向け、相手を確認する。

 だが、確認して玲は目を丸くした。何故、こんなに王に出くわすのか?何これ?どんな罰ゲーム?


 燈弥は、相手と会話をし始める。見てみれば、なんとまぁ愛想よさそうな笑顔だこと。

 目つき悪いから全然、怖いけどね。そんな事は口が裂けても今は言えない。これ以上面倒な事をわざわざ起こしたくはないからだ。


 しかし……そう、これはチャンスだ!今なら逃げられるかもしれない!玲は気づいた瞬間、こっそり、静かに低い姿勢のまま廊下を後退する。


 所謂、ハイハイの後ろ向きに進んでるのだが。燈弥の横を過ぎ、背後にきた瞬間内心ガッツポーズをし、勢いよく立ち上がると猛ダッシュをした。


 廊下走っちゃいけませんだけど、今だけは勘弁してくれ!そんな必死な気持ちで燈弥と距離をとっていく。まっすぐ廊下を走り、端にある角を曲がり、そこで一息ついた。


「はぁっ……はぁっ、ありがとう。本当にありがとう、樹教皇」


 ある意味救世主な少女に顔は見えないが感謝しておく。さぁて、帰るか!と玲は気を取り

 直して鞄を肩にかけて歩いた。



 燈弥は自身が樹教皇に注目している間にヒソヒソと隣りを通り過ぎ、背後へと逃げる玲の気配は感じ取っていた。が、それを今追いかける必要はない。


 彼の研究室には、能力者が微弱に発する能力の余波を感知するセンサーのようなものがある。

 何度もの実験の中で玲の特定能力波の周期はそのセンサーに記憶させている。この学園島内ならば、たとえどこに逃げようと居場所はわかる 。が、目の前の王はそうはいかない。


 またとないこんなビッグチャンスをみすみす逃すアホはこの学園島の研究者にはいないだろう。


「 あァ、貴重なモルモットに逃げられちまった」


 燈弥はどこか落胆気味に小声で呟き、背後に少しだけ視線を向けると、すぐに樹教皇に笑顔を向ける。


「 なァ、アンタ今から用事とかあるか? 少しあんたの“チカラ”調べたいんだが 」


 目つきの悪さはあいも変わらず隠されていない。どこか優しげな笑みとは裏腹に、目つきだけで狂気的なものを感じさせる彼の表情は、王でなくとも逃げ出すだろう。

 いや、 王レベルでもなければ逆に逃げ出すこともままならないかもしれない。


 そして燈弥は、目の前の少女の存在に心が踊ったのか、それとも狂気が湧いたのか。そこの判別は付きにくいが、 既に彼の中では最悪力づくで連れ去るという考えも浮かんでいるのだろう。


 こんな些細なことで王同士の戦闘へと発展するなんて、学園島経営側も想像しなかっただろうに。


 そんな燈弥に少女は静かに告げた。


「面倒」


 短くハッキリと廊下に響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る