伯爵令嬢の姉と手紙 459話
なんでしょう。妹のビオラが王都で学園主催の入学前の合宿に来るというから、私いろいろと王都のお店や私の友人たちに紹介しようとしていましたのに。
何故従姉のガーベラ様にお願いして、サカの王都邸に泊まりに行っているんでしょうか? 成績も優秀で王女様の側近にも取り上げられているガーベラ様は確かに素敵なお方ですが。でもビオラはまだ十歳なのよ。そんなに難しいことを学ぶより、同年代のお友達を作ったり、学園に入った後に力になってくれる方々と
「お姉様では追い付かないのです」ってひどくない? 貴族令嬢として普通よ、私。
いえ、頑張っている方だと思うわ。
それもこれもあの
私は必死にレイシア様の噂をかき集めまとめました。
なんですって! 王女様のお茶会に呼ばれたですって! お茶会で何があったのか全然分からない。最近王室に出入りしている? なんで! 王女様まで誑し込んだっていうの? ガーベラ様に聞いても教えてもらえない。なにこれ? なにか陰謀めいたことが行われているの? 悪役令嬢が王家に罠をかけているっていうの?
王子がデートをしている? レイシア様でなく元平民の男爵令嬢と? どういうこと? 王子を取られたから王女にターゲットを変えたっていうの?
分からない……。
もしかして私、とてつもない陰謀を明らかにしようとしているのかも。
ビオラ、まずいわ! 近づけちゃダメ! ヒラタが陰謀に巻き込まれてしまうわ!
明日はお父様が王都に帰ってくる。ビオラもお父様に呼ばれて帰ってくるわ。いい機会です。きちんとお話しないと。
私はレイシア様についてまとめたレポートを、執事に二部書き写させた。
◇
ビオラが帰って来た。最初から喧嘩もしたくないから当たり障りのない話をしましょう。お茶を飲みながら私はガーベラ様とどんなことをしているのか聞いてみた。
「サカの皆様には親切にして頂いていますわ。私のわがままも許して頂いていますし」
「まあ、あなたがわがままを? 家では大人しく我がままなんて言わないのに」
「そうですね。レイシア様に少しでも近づこうと思ったら普通の努力では足りませんので」
「レイシア様って! 近づかなくていいから!」
「無理を言って早起きをさせて頂いています。特別に朝ごはんの支度を手伝わせてもらっていますわ。ナイフの使い方も最近褒められるくらいにはなりました」
「は? ナイフ?」
「メイドの皆様からも、お茶の入れ方や掃除の仕方を学んでいます」
「え? ビオラ? は?」
「もちろん勉強もしっかりしています。いまは経済と市場原理と領地経営のための資金の動かし方を中心に学んでいます。ガーベラ様は女性の社会進出について学んでほしいようですが、共通しているところもあるからと許して下さっていますわ」
「それって、領主コースとか商人目指す勉強よね?」
「これからの領主夫人にはこれくらいの知識はあった方がいいと賛成して頂けました」
え? 何しているの? は? そんなの三年生以上で才能ある特別な方たちがやる勉強だよね。
「それから体力作りもしています。警備の方たちから体の使い方や剣の使い方も学んでいますね。毎日3キロメートルは走っていますし、剣も30回は振ることができるようになったんですよ。まだまだですが成長しています!」
なんですの! 走る? 令嬢が運動するのはダンスくらいですよ! 三キロも! 三キロなんて歩くだけでも無理でしょう! 何しているのよ、ビオラ。
「お茶、入れ直してもらえる?」
私はメイドにそう告げ、ビオラとの話を切った。
お茶が運ばれているところに、お父様が帰って来た。
「ただいま。おうお茶か。ちょうどいい、私にも一杯出しておくれ。ダリア、ビオラ、よい土産があるぞ。一緒に食べよう」
執事がお父様のおみやげを運び入れた。大きいものも小さいものもたくさんあったけど、お皿に出されて運ばれたのは最近高位の貴族で話題になっているサクランボのクッキーではありませんか! このクッキーを食べた方のお話では、サクサクの食感と甘すぎない味が最高で、もう今までのクッキーが固く、しかも甘く感じすぎて食べたくなくなるという魔のクッキーだと評判です。
おそるおそる口にしました。
おしいしい! なんですのこれ!
甘さは控えめ。ですがバターでしょうか。濃厚な香りとコクが口いっぱいに広がります。そこに甘酸っぱいジャムが! 噂では一瓶金貨一枚で取引されたこともあるというサクランボのジャム。ああ、皆さまが言っていたのはこれですのね。期間限定の幻のクッキーとジャム。お父様ありがとうございます。自慢出来ますわ!
「喜んでもらえたようで何よりだ。ジャムもたくさん買ってきた。後でサカ邸にも持っていこう。それでだ、喜べビオラ。クリシュ君から手紙を預かって来たぞ。ここで読みなさい」
クリシュ君? って、あの悪役令嬢の弟⁈
「ああ、ダリア。そのクッキーやジャムを作っているのがクリシュ君のいるターナー領だ。いい所だったぞ」
え? このクッキーがターナー領の特産品なのですか? いえ、食べものに罪はないですわね。美味しいは正義とどなたかが仰っていました。
「まあ、お前にはまだ言えない話だが、ターナーも領主もレイシアとクリシュの兄弟も素晴らしいぞ」
お父様! お父様まで騙されているのです! 落ち着いたらちゃんと報告しないと!
手紙を読んでいたビオラの顔が青ざめています。どうしたのでしょうか?
「お父様。これは本当なのでしょうか」
声が震えています。なにか失礼な事でも書いてあるのでしょうか。
「本当だ。クリシュ君が私の前で跪いて言ったんだ。『ビオラと婚約させてください』ってね」
「嘘です! そんなことあるはずは……」
「おや、嫌だったのかい?」
嫌に決まっているじゃないですか! 婚約! まだ入学もしていないんですよ!
「入学前の婚約なんていくらでもあるだろ。五歳で婚約は多いぞ。ビオラはもう十一歳だ」
「ものが分かっていない五歳と、これから青春真っ盛りの十一歳ではえらい違いです! って言うかまだ誕生日も来ていないからビオラはまだ十歳なんですよ!」
「しかしビオラはクリシュ君と婚約したいから頑張っているし、それが認められたんだ。めでたい話じゃないか」
「これがめでたい顔ですか! こんなに青ざめて」
「どうしたビオラ。嬉しくないのか?」
嬉しそうな顔じゃないでしょうに!
「これって、無理やり書いてもらったのではないのですね」
「ああ。納得していた」
「資金援助でどうこうとか」
「もちろん資金援助はするよ。というかこちらから申し込んだんだ。いやあ、もっと食い込みたかったんだがクリシュ君ガードが固くてね。最低限しか入り込めなかったよ。切れすぎる義息も考え物だね」
「そうですか……。これ……。無理! 無理です!」
どうしたのビオラ!
「お父様! ビオラが嫌がっています! 今すぐ白紙に!」」
「無理無理! 無理です! クリシュ様! 私頑張っているのですよ! でもこんなに!」
「どうしたビオラ! 何が書いてあった!」
お父様が手紙を取り上げた。「無理です!」と頭を抱えているビオラをどうしようかと思いながらも、お父様が手紙を読み終えるのを待った。
「お前にプロポーズをしている素敵な手紙じゃないか。どこが嫌なんだ?」
私も見せてもらったけど、ちゃんとした婚約申し込みの手紙だった。甘さ控えめだがビオラの素敵な面もちゃんと書いてある。
「だって、私の努力が認められたら婚約してくれるって約束だったのよ。それなのに今婚約を申し込むはずない。これは何かの策略よ。ほら『貴女の努力している姿に感銘を受けました』って書いてあるでしょ」
うん。ビオラの努力は私も凄いって思う。
「これ絶対、『努力辞めたら婚約破棄するよ。努力に結果が追い付いていなくてもね』って意味だよ」
そんなことないよ。そんな失礼なこと書かないって。
「クリシュ君なら……ありえるな」
ありえるの⁈ なにそれ!
「それにここ。『年下で頼りない僕ですが、先に入学するビオラ嬢にはご指導ご鞭撻をお願いします』って。どうやってクリシュ様に指導すればいいのよ! 無理無理!」
だって先輩でしょ? 当たり前じゃない。
「確かにな。今すぐ卒業単位全部取れそうなクリシュ君だ。せめて同学年だったらよかったのだが」
お父様! ビオラにダメージが降りかかっています!
「『母がおらず姉に頼りっぱなしの情けない僕ですが、ビオラ様にご迷惑をかけないようにこれからも精進します。早く姉離れをしないとは思っているのですが。こんな僕ですが、ビオラ様と共に領地のためにお互い精進してくれるよきパートナーになりたいと願っています』 おとうさま、これをどう読んだらいいと思いますか? 私には無理です。レイシア様の代わりになどなれるはずもございません。レイシア様に近づくことさえ……」
「う、うむ。ビオラ、考え過ぎではないのか?」
「いえ、この程度の裏も読めないのではクリシュ様の婚約者になれるはずもないのです」
「……そうだな。しかしレイシア様の才能は努力などでは追い付けるものではないな」
悪役令嬢の才能? Aクラス学園トップ、騎士団崩壊させる武力、誑し込み力。そんなのいらないから!
お父様! こんな婚約こちらから破棄です! かわいいビオラを困らせるような底意地の悪い男などダメです! 姉弟そろって性格が悪いなんて最悪です! 悪役姉弟です! やめるなら今ですよ! ビオラ、あなたも目を覚ましなさい! なんでそんな腹黒男を好きになっているのですか!
私が散々反対したら、ビオラのやる気に火がついてしまった。ダメよビオラ、正気に戻りなさい! 冷静になって、ね。
悪役に魅入られた健気な妹を救い出せるのは私しかいないの?
姉として、家族としてこの家を守らなくては。
取り合えずお母様報告をしなくては。
私は領地にいるお母様に手紙を書くことにした。もちろん悪役令嬢についてのレポートも忍ばせて。
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