第三部まとめ

二章 クリシュの決意 320話 

「では、今日の授業はここまでです。次までに復習して覚えて来てください」


 貴族の子供たちの授業が終わった。やる気がある生徒は半分か。男子より女子の方が真面目だな。孤児たちくらい真剣にやれとは言わないけれど、もう少しきちんと勉強に向かってほしい。まあ、使えない奴は切り捨てるか。


「それから、『水の女神アクアに捧げる農耕祭。サクランボフェスティバル』を今年も行います。孤児たちは去年同様オープニングで合唱など様々な事を行いますが、皆さんも貴族の子弟としてなにかイベントに花を添えるような事をしてみませんか?」


 僕は試すように生徒たちを見た。目を輝かせているのはほぼ女子。男子はやりたくなさそうな者と戸惑っている者、なにが出来るか考え込んでいる者。うん、個性が出てるね。


「クリシュ様。それは全員で行うという事でしょうか?」


 女子のリーダー、カノンが聞いてきた。


「どちらでもいいですよ。全員で行っても好きなグループを作っても。もちろん強制ではありませんので何もしなくても問題はありません。せっかくのお祭りですから皆さんにも楽しんでもらえればと提案しているだけです」


「やらなくてもいいのか?」

「はい」


 やらなくてもいいけど、僕の中での評価は下がるよ。とは教えない。


「クリシュ様と一緒にやりたいです」

「僕は全体の責任者でやることが多いからね。君たちのこれまでの努力を僕に見せて欲しいな」


 カノンたち女子は残念そうな顔だ。僕と親密になりたいのが顔に出ている。それでも僕はにっこりと笑ってかわした。僕が手伝えば間違いなく成功させてしまう。そんな楽なことをさせてしまえば何の成長にもつながらない。孤児と比べられて、自分たちの程度がいかに低いか実感して欲しい。

 女子達はわきゃわきゃと固まって話を始めた。男子は帰る者、相談する者、女子に混ざろうと声をかける者、様々だな。

 僕はそんな様子を見ながら、巻き込まれる前にとっとと外へ出て行った。



 今年のお祭りは、お姉様が帰るタイミングで始めることにした。サクランボの収穫が終わるタイミング。農家も一息ついて祭りを楽しみ、お客さんもまだ新鮮なサクランボが手に入るぎりぎりの時期。そして何よりお姉様が祭りのために夏中忙しく動き回らないように。お姉様のせっかくの休み、一緒にいられるように。去年みたいにお姉様が忙しくして僕と一緒の時間が無くならないように。


 そんな計画を実現しようと祭りの準備に明け暮れていた頃、お姉様から手紙が届いた。



「お父様。これは一体どういう事でしょう?」


 手紙の内容は読み解ける。でもこれ、お姉様がかたくなに拒否していた話じゃなかった?


「ああ。レイシアは平民になる気満々だったからな。あの時は私もそれでいいと思っていたから行かせなかったんだ。しかし、今年から貴族コースの授業を受けているのは報告書を見ているから知っているだろう? 他の貴族とつながりがないレイシアは貴族コースで困っているみたいだな。まあ、私も女性のドレスやら靴やら装飾品は分からないし、平民でもいいかと思っていたんだが、そうもいかないらしい」


「お姉様の面倒くらい、僕が大きくなったら出来るようになるつもりです」


「そこだ。おまえはこの領地を治める領主になるんだ。そのためには貴族コースを受けなければいけない」

「はい」


「貴族としてのマナー、作法は私とバリューでも教えられる。しかし、人間関係と中央の雰囲気、パーティーの感じはここにいては知ることができないし教えられない。レイシアとお前たちのお祖父様とはだいぶ打ち解けてきた。お前なら大丈夫だ。レイシアよりも貴族というものを分かっている。お前が学園に入って困らないようにするには、この提案を受け入れる方がいいと私は思う」


 楽しみにしていたお姉様と過ごす夏の計画。いや、学園に行くまで夏も冬もお姉様と過ごせなくなるのか? 手紙を持ったままふらふらと部屋に戻りその日は夕食も食べずに悩んだ。



 翌朝、教会で礼拝をしスーハーが終わった後で神父様とお話をした。神父様も僕に領主としてこの領をよくするにはオヤマーに行った方がいいとアドバイスをくれた。やはり領主候補として学園に通うのなら、社交は入学前にある程度は経験していた方がいいようだ。


「それに、レイシア様は社交が大層苦手なようです。クリシュ様。あなたがレイシア様を尊敬して追い付きたいと思いながらも追いつくことが出来ないと悩んでいることは知っています。ですが人には向き不向き、というか得意分野があるのです。クリシュ様は社交に向いております。レイシア様と共に歩むのであればそこを伸ばしていくのがいいのではないでしょうか」


 そうか。お姉様にも苦手なものがあるのか。ならば僕はお姉様の苦手な所を受け持とう。

 急いで家に帰り、お父様と食事をとった。食事が終わった後、僕はお父様に告げた。


「オヤマーに行きます。ただお祭りの責任者として『水の女神アクアに捧げる農耕祭。サクランボフェスティバル』を成功させてからです。お姉様に楽しんで頂けるよう、お姉様に頑張りを認めてもらえるように必ず成功させます」


 お父様は「いいのか?」と聞いてきた。


「いつまでもお姉様に頼っているままでは僕は子供のままです。お姉様を助けられる大人になるために頑張りたいと思います」


 お父様は笑いながら、「やっぱりレイシアから離れなれないんだな」と言った。当たり前だよ。お姉様のためにならどこまでも頑張れるんだから。


 お姉様との貴重な時間をよいものにするために、祭りは絶対に成功させなければ! しかたがない、貴族の子供たちにアドバイスくらいはしてやろう。あいつらのためじゃない。お姉様のためにだよ。

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