第40話 ユニコーンも出るらしい

「でもこの多さは異常よね」

再び林道近くの森に入り、スライム退治に向かう一党。女魔術師がため息をつく。

「来てみてよくわかったわ」


スライムは、ほとんど森から出ることはない。

生き物の死骸や排泄物を食べて、森の奥に潜むことが多いのだが、今回は林道にまで餌を求めて這い出す個体がいるほどだ。

それも酸スライムは希少で、滅多に出てくるものではない。

「お、お仲間だ。って……あー、やられてんな」

数名の冒険者達が、仲間に肩を貸しながら撤退しているのに出くわす。

仲間が酸スライムに脚部を狙われたらしい。

ズボンの脛部分が溶かされ、軽度の火傷を負っている。

「なんだ、タムラたちかよ」

冒険者の青年が、タムラ達を見てほっとした顔を見せる。

「大丈夫ですか?」

「あぁ、ちょっと皮膚を焦がされただけだ。補助魔術がなかったらもっとやばかったかもな」

「ここまでくるまでスライムはいませんでしたが、お気をつけて。何か囮用の肉とかありますか?」

「もうねぇよ。まぁ、最悪まだ服は残ってるからな」

最悪パンツ投げるわ。と死んだ目の同業者たち。

「裸で戻る冒険者が多すぎて、治癒術師たちがキレてるんで気をつけて」

「俺らも好きで服脱いでるわけじゃあねぇんだけどなぁ!」

理不尽だぜ、うぅ。と嘆く同業者。

「ねぇ、聞いた話だとユニコーンも報告されてるみたい。新人グループが見たって聞いたわ。奥行くなら気をつけてね」

同業者の一党、ハイエナ系獣人の女斥候がグロークロたちに忠告する。

「それも複数です。なぜかすでに数頭怒り狂ってるようで。見つけたら逃げるべきでしょう」

濃い紫色のローブと靴のみとなってしまった、全裸の美しいエルフ男が涼しげな顔で忠告してくる。

おそらくこの一党の魔術師なのだろう、仲間をおもんばかって自ら服を消費するところは男らしいが。

「……予備の服、いるか?」

こんな毒虫もいる森林で剥き出しになるとは、命知らずがすぎる。

「おぉ、助かります。ありがとう」

「仲間に渡すな、お前が着ろ。すぐ着ろ。エルフ、着ろって!エルフ!!」

エルフとオークがごちゃごちゃ話している間に、タムラは気休めにと、怪我をした冒険者に痛み止めの薬を譲る。

「ユニコーンとのことでしたが、ツノはまだ?」

「あぁ、折れてねぇ。だが暴れ狂っててな、どこの狩人が失敗でもしたのが流れてきたんだろう。それか、追ってきたかだ。欲を出すなよ」

同業者の忠告に、えぇ、とタムラは頷く。


ーーーその冒険者の一党と情報交換をして別れ、グロークロたちは慎重にスライム狩りを再開する。が。

「ユニコーンかぁぁぁぁ……」

「なー、ユニコーンなぁぁぁ……」

タムラとラドアグが、悩ましげに息を吐く。


ユニコーン、角と鱗、牙をもつ白い馬に似た魔法生物だ。

極めて希少、そして凶暴で、その角は魔術道具の素材として使われることも多く、大変高値で取引される。

大きさにもよるのだが、ツノ一本丸々なら小金貨50枚は軽くいく。

修道院の近くの森で多く確認されることが多く、大抵そこではユニコーン狩りは禁じられている。


「狩っては駄目なのか?」

グロークロが問いかける。

かつて彼がいたオークの集落近くにユニコーンが出た時は、狩り自慢達がこぞって出たものだ。

ユニコーンは捕まえるのは珍しく、ほとんどの狩人が狩ることは出来なかった。

「いえ、ここらはユニコーン保護地ではないので狩っても問題ありません。ただ殺さずに角だけ折る事が推奨されます」

タムラががそう答えた横で、ラドアグが溜息をつく。

「だけどよぉ。怒り狂ってるユニコーンなんぞ相手にしたくはねぇよ」


純潔、貞淑、浄化の象徴であるユニコーン。

通常時は穏やかで、狩人が来ても来げまどうだけだが、怒った時は別だ。

毛が逆立ち、そのツノが赤く光り出したなら、大抵の狩人は逃げることを選ぶ。

何せ本気で怒り狂ったユニコーンを倒すには、熟練の戦士が5人は必要と言われているほどの凶暴さを持つのだ。


「そうだな、装備も心許ないし、準備も足りていないからな」

まるで装備と準備さえできていればユニコーン狩りをしそうなオークに、タムラは苦笑いを浮かべるばかりだ。


「どっか、角のかけらでも落ちてねぇかなぁ」

ラドアグが地面を探るが、茂った草葉から出てくるのはスライムだけ。

それを火で焼くか、スライム駆除用の毒を混ぜ込ませるようにして退治する。

「そうだな」

グロークロやタムラのように、剣でスライムの核を刺し潰す、という方法もあるが。素人にはまず核を見つけて、貫くということが難しい。

「俺の集落では、ユニコーンの首が結納の品に使われたこともあってな」

「オークの結納物騒だなオイ」

「カラントへの求婚の品とするためにも、ユニコーンの首が欲しいんだが」

「カラントお嬢さんびっくりするから!せめて角だけにしましょう!?」

グロークロがカラントに求婚することには、もう突っ込まないラドアグとタムラ。

三人の会話を聴いて、うふふとガーネットが笑う。

「でも、ホントにユニコーンかしらね?だってこんなところに……」

とガーネットが続けたところで。


ガサガサと、草葉を踏みしめて何かの獣が近寄ってきた。

一党は咄嗟に魔術師であるガーネットを中心に円陣を組む様にして、襲撃に備える。

「!」

剣を構えるグロークロの目の前に、白い馬が現れた。


それは、ユニコーンではあるが、すでに角はなかった。

頭部を中心に攻撃されたのだろう。角は根元から折れ、片方の耳は欠けていた。

赤い血が頭部から流れているが、そのユニコーンは青い眼をグロークロたちに迷いなくむけていた。

嘶くことも、怯えて逃げることもせず、それはこちらにゆっくりと向かってきた。そして、静かに足を止める。

「(ユニコーンはツノが折れれば、魔力が回復するまで人間に近づかない、逃げに徹するという話だが)」

タムラの予想を裏切り、その角の折れたユニコーンはただ静かにグロークロたちを見つめていた。


そして、全員が、その背に、何者かが乗っていることに目を疑った。


「あ、あの」


傷だらけのユニコーンに乗せられている、小柄な人物が声を出した。


「助けて、ください」


鈴のような声、黒髪に、青空のような瞳。

修道服を着る美しい少女に思わず全員が、男も女も、人間もオークも蜥蜴人も関係なく目を奪われた。




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