第二章

第39話 スライム討伐は服が溶ける

交易と商売、出会いと別れの貿易の街、シルドウッズ。

天才魔術師と名高いセオドア=アールジュオクト子爵の領地である。


宝と名声、奇跡や魔法を求めて、冒険者ギルドに訪れるものも少なくない。


「最悪だわ」

そのシルドウッズ近くの林道。

悲痛な声で呟くのは、治癒術師のスピネルである。

普段は馬車や人が行き交う林道なのだが、今は数名の治癒術師が集まり臨時のキャンプ地となって、冒険者の怪我を癒している。

怪我人は皆、服が溶かされており、熱湯でも被ったかのような火傷を負っていた。

「おい、スピネル、怪我人追加だ」

青い鱗が特徴の蜥蜴人ラドアグが、駆け出し冒険者と思われる人間の少年を担いで、森林から道に現れる。

少年の背中は装備が溶かされ、大きく焼け爛れていた。

痛みで脂汗を流し、呻き声をあげている。

「もぉー!どいつもこいつも無闇矢鱈にツッコみすぎ!!」

「無理言うな、スライムとアシッドスライムなんて普通見分けつかねぇよ」


ギルドに依頼された大型討伐クエスト。

大量発生したスライムの殲滅。

スライムとは、液体型の魔法生物である。

一見難易度の低い依頼かと思いきや、ただのスライムだけではない。

獲物を分泌する酸で溶かして食うアシッドスライム。

赤火辛子アカヒカラシのように、一度肌に触れれば、激痛を伴う灼熱感をもたらすヒートスライムと、滅多に見ない希少スライムが増殖していた。

こうして、討伐グループと、治癒、補給グループと分かれて活動しているのだが。

「怪我をするなってわけじゃないのよ?」

スピネルは少年の治療を的確に終え、他の治癒術師に看病を任せる。

彼女は、ラドアグの後に続いてやってくる女魔術師、そしてオークと人間の男に叫ぶ。


「あんたら裸になって帰ってくるの何回目よ!!」

ヒステリックなスピネルの叫び

「仕方ないでしょう」

ほぼ上半身裸のタムラとグロークロが、げんなりとした顔をしてみせた。


スライムは生き物よりも腐った肉、排泄物を好み、人間やエルフの匂いのついた衣服も好んで食べる習性もある。

そのため、スライムに集られている新人を助けるには、餌となる肉を投げるか、仲間が匂いのついた服を投げ捨て囮にして助けるという方法がよく使われる。

また、スライムが仲間の体にへばりついている場合は、助ける側は布を腕まで覆うように巻き、力づくでこそぐ様に剥ぎ取ることも多い。


さらには今回のような酸スライムに集られると、布や革鎧などはすぐに腐食する。

かといって鉄の鎧を着込めば、中に入り込まれ、鎧をもたもたと外す前に肉を溶かされるのがオチである。


つまりどういう事かというと。


スライム退治すると否応なく、衣服が失われていくというわけだ。


「すまない、服をくれ」


屈強な上半身裸のオークに、別の治癒術師の女があわわわわと顔を赤くしてギルドが用意し、支給している適当な布服を急いで渡す。

別の治癒術師の女達がチラチラと、逞しいオークの肉体を盗み見る。

「あんたもさぁ!カラントちゃんに言いつけるわよ!」

「無茶を言うな、相手は音もなく這い寄って服を溶かすスライムだぞ。衣服をなくさないわけがない。だからカラントに言いつけるのはやめろ。本当にやめろ。やめてください」

真面目に言い訳をするグロークロ。彼とて好きで裸になっているわけではない。

「カラントは今日の仕事を理解してくれているが、変な心配をかけさせたくない」

目を瞑り、そっと自分の胸を抑えるオーク。きっとギルドで待っている可愛い未来の嫁カラントのことを思い出しているのだろう。


なお、カラントも「私もお手伝いします!」と、このスライム退治に参加しようとしたのだが、このオークがものすごい形相で阻止していた。


「カラントが裸になるぐらいなら、いくらでも俺が脱いでやる」

「わかったから、早く服着て」

キリリとした顔のグロークロに治癒術師スピネルは冷徹に言い放つが、不満ははまだつづく。

「なんで服がギリギリ無くなるまで戻ってこないの?」

「ギルドの予想よりもスライムが多いんですよ。罠用の肉はすでに使い切りましたし、普通のスライムじゃないアシッドヒートスライムが大量発生してます」

予備の装備を受け取りながら、タムラも急いで服を着る。

その鍛えられた体に、数名の女が顔を赤らめていることにタムラが気づかないことも、スピネルの苛立ちの一つである。

「しまった。これはサイズが小さい、前が閉まらん」

「だははは!」

グロークロが渡された白い綿シャツを着たが、その胸筋が収まり切らず、ぱつんぱつんで胸元の半分以上が開いている。

錫色の胸毛を見せつけるセクシーオークの登場に、膝を叩いて爆笑するラドアグ。

「しかしさっきもすごかったな。ひひひっ。グロークロが脱ぎ捨てた服にスライムがブワアアアアっ!群がって……いでっ!」

なおも笑いつづけるラドアグの言葉に、さすがのグロークロも羞恥を感じたのか蜥蜴人の頭を頭をべしんと叩く。

「次はお前が服を使え」

「残念。蜥蜴人はスライム好みの匂いじゃないんで効果ありませ〜ん。ヒヒヒ、悪かったって!!」

ヒヒヒとなおも笑い続けるラドアグに、むむむと顰めっ面のままのグロークロ。

二人の間にタムラが「はいはい、喧嘩しない」と間に入る。


「まぁ、私もサイズ間違えてしまったんですがね」

「だはははははは!!!」


グロークロに負けないぐらい、セクシーに胸筋を見せつけるタムラに、ラドアグがなおも大笑いを続け、ヒィーヒィーと軽い過呼吸を起こしている。

「遊んでないでさっさと着替えなさい!」

スピネルが男三人を叱りつける様に、くすくすと女魔術師ガーネットが笑う。

「ね、あまり怒らないでちょうだい」

ガーネットが相棒スピネルに囁く。

女魔術師の装備がスライムの被害にあってないところを見ると、あの三人が積極的に脱いで、ガーネットを守っているのだろう。

そこは評価してあげてと言われれば、スピネルとて何も言えない。


「スライム、まだ必要かしら?」

今回の依頼は殲滅がメインだが、この大量発生の理由を調べるために、スライムの捕獲も必要だった。

キャンプ地に置かれた樽には捕獲されたスライムが蠢いている。

「いや、あるで程度集まったから大丈夫みたい」

「そう、よかったわ」

今回のスライム討伐。どうにか数を減らせただろうが、どれだけ旅人や移動に使う馬車、商品の流通に影響がでることか。


「あと、女物の下着の予備ある?」

「あんたはパンツ捨てとるんかい!?」

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