第34話 破滅の足音
「聖女の召喚獣の早急な廃棄を求めます」
王宮の会議室の一室で、静かに、しかしはっきりとした言葉が響く。
アールジュオクト子爵は集まった面々を見ながら、笑顔で己の要望を告げる。
その内心、苦々しい顔をして舌打ちでもしてやりたい気分だった。
集められたのは騎士団長のランカスターと、老年の魔術師である魔術団団長のグリムリーフ、それと数名の高位貴族だけだった。
『王も宰相も僕の話は直接聞く必要はないってか。いいとも、それぐらい予想はしていた』
もとより、王宮の腹の探り合いが嫌で階級が上がらないよう、悪癖と趣味を両立させていた結果だ。残念ながら当然の結果であろう。
「なぜだ?聖女は我々のためにその力を奮ってくれている」
近々天馬による交易を打診されていた貴族が、セオドアに問う。
すでに投資も始めており、ここで手を引かれては大損のためか、セオドアの言葉に懐疑的である。
「わが領地の冒険者ギルドから『魔神』と思わしき魔法生物の存在が確認されました」
貴族達がざわめく中、魔術団長のグリムリーフだけがセオドアを見据えていた。
「その魔法生物の討伐の際、冒険者とギルド戦闘員が『魔神』が『召喚獣』に乗り移れることを確認しております。『魔神』はこちらで活動する肉体に、『召喚獣』に目をつけているでしょう。早急に廃棄と管理を。『魔神』が乗り移ってからでは遅い」
ふむ、と貴族達は少し考え。
「早計では、ないかね?」
と、耳を疑うような言葉を吐いた。
「まだ一例だろう?」
「聖女殿は召喚獣を完璧に管理していらっしゃる」
「そもそも、君の領地で確認された魔神がどうやって王都まで『召喚獣』を奪いにくるのかね?」
この、馬鹿どもめと叫びたくなるのをセオドアはどうにか抑える。
「では、せめて、『召喚獣』の完璧な管理を。魔道具の首輪の徹底を、なにかあればすぐに廃棄できるように」
「アールジュオクト子爵。君も一度『召喚獣』を見るべきだ。かの聖獣がそのようなものではないとすぐにわかるだろう」
「爵位が低いから、なかなか授与はされないだろうがね」
はははと、朗らかな笑い声が上がる中、騎士団長と、魔術団長だけが神妙な顔で資料を見る。
「それに、なぜ貴殿の領地に聖女の召喚獣が?」
「……とある誘拐犯の馬車に使われておりました」
カラントのことを伏せながら、セオドアがそう告げればわざとらしい笑い声が上がる。
「誘拐犯?その馬?まさか聖女様がそんなことの手伝いをしたとでも?」
「召喚獣ではなく、『魔獣』ではなかったのか?」
あぁ、全く予想通りの反応で、セオドアは怒りを通り越して退屈だなと、思わず呆れ顔を表に出しそうになってしまった。
「私はすでにお伝えした」
自分より高位貴族の言葉を遮るように、セオドアは語気を強める。
「『魔神』が『召喚獣』を乗っ取ろうとしている。今まで語られた魔神は人間や獣の死体を借りたものだけだ。それが『召喚獣』の体を奪ったならば、何が起こってもおかしくない」
ーーー今回の、カラント誘拐もそうだ。
きっと『魔神』は本気ではなかった。やつらが本気で戦えば皆、殺されていただろう。そのまま、シルドウッズを死体の山に変えるのも容易なはずだ。
今回そうならなかったのは『魔神』が手遊び感覚だったのと、世界樹の代理、リグの存在があったからだ。
「言わせてもらいますが、あれらを聖獣とは烏滸がましい。あれらは生き物の形をした『ただの肉塊』だ。本物のグリフォンや天馬の真似をしているだけのな。とにかく、後から文句は言わないでくれよ?子爵としての務めは果たしている」
セオドアの言葉に数名の貴族が冷たい視線を向ける。
「……息子を通して、聖女フリジアから馬を頂いたが、どう廃棄すれば良いか」
騎士団長ランカスターの言葉に、周りの貴族が口をつぐむ。
「……魔獣と同じなら首を斬ればいいはずですが、それでも死なない場合は聖女フリジアに命令すべきでしょう」
そして、流石のセオドアも言葉を選びながら続ける。
「可能ならば、ご子息も、聖女からも引き離すべきだ」
これは、セオドアからすれば、親切心だった。しかしこの無礼な言葉に貴族達の表情は様々だ。
眉根を寄せるもの、彼の失言を聞いてほくそ笑むもの、意図が分からずとも嫌な予感をさせる勘の良いもの。
「わかった。貴殿の言うとおりにしよう」
冷静な騎士団長の言葉に、貴族達は顔を見合わせる。
「我々も、現在召喚されている獣の再度のリストアップと首輪を準備しよう」
魔術団長グリムリーフが、セオドアを見てニコリと微笑む。
それは『テメェ他にも情報持ってるなら後で全部だせクソボケが』という威圧も込められていたことに、セオドア以外気づかなかっただろう。
「では、アールジュオクト子爵、是非とも我が魔術団で、念のため、召喚獣殺しの首輪作りを手伝ってくれますかな?これも務めの一つとして」
魔術師団長がにこやかに微笑む。有無を言わせない笑顔だ。
「えぇ、喜んで」
セオドアはとびっきりの作り笑顔を見せる。
何もしらない淑女が見れば、ほぅと頬を赤らめて吐息を漏らすほどの美しい笑顔だ。
その、内心『テメェふざけんなよ。すぐに領地に帰らせないためにそういうことするぅ!?』とブチギレアヘ顔ピースなのは誰も予想できないだろう。
*****
聖女の召喚した聖獣は、学園のみならず王都へもすでに派遣されていた。
王妃の心を慰める、美しい歌声を囀る聖鳥。騎士団長へと献上した千里をもかけ、矢も剣も通さぬ頑丈な駿馬。
聖女が通う学園では、そんな、強く美しい聖獣が、学舎の生徒を見守っていた。
「聖女様の御力は素晴らしいわ」
「かの天馬だけで我が国の流通がどれだけ救われることか」
「空駆ける天馬部隊にグリフォン部隊ができれば、国家への貢献になります」
学園の生徒のみならず、学園の教師、王宮魔術師までもがそう彼女を褒め称えた。
やがて、人の形をした召喚獣が、メイド代わりに学園に配置された。
フリジアの名声はこのまま上がり続け、やがて護国の聖女として祀りあげられる、予定、だった。
「すべての、召喚獣を停止させろ、ですって?」
学園の豪奢な一室で、お気に入りの美形の取り巻きを侍らせつつ、フリジアは目を丸くする。
「すべて集めて、早急に破棄するようにとのご命令です」
フリジアの取り巻きである一人の男子生徒が頭を下げる。
「なぜ、でしょう?私の召喚獣は有益だとオスカー王子も認めてくださっております」
「アールジュオクト子爵のお言葉もありまして」
「子爵?たかだか子爵の言葉でしょう?」
元は平民のフリジアがとんでもないことをいうものだから、メッセンジャーの生徒は助けを求めるように、同室している別の生徒に目で助けを求める。
「フリジア。アールジュオクトだけは別格なんだ。あの男は子爵の立場に甘んじているものの、この国に大きな貢献をしてくれている」
例えば、上下水道の整備。浄水、温水魔術道具。
大量増産可能とした製紙と印刷技術。長期の船旅も可能にした造船技術。
鬼辰国、竜の国との交易拡大。
そして、公にこそされていないが、各領地と王都を繋げている、遠隔通話魔術などなど。
故に、彼の発言力はそこらの貴族とは比べ物にならない。
少々悪癖はあるものの、貴族たる人々には害にならないため黙認されている。
「ですが、この子たちを消す前に、殿下に、私の世話係を決めていただかないと」
困ったように笑うフリジアと、それもそうだと、機嫌を損ねないように同調する取り巻きの生徒たち。
「せっかくこの国のために呼び出して働いているこの子たちを消してしまうのは心苦しいですが、仕方ありませんね。殿下とお話しして決めていきましょう」
それは、自分の力の象徴でもある召喚獣を、そう簡単に消してやらないという意図が、露骨に見えていた。
フリジアはまだ気づかない。
世界樹とその精霊によって、その『召喚術』が封じ込められたことに。
エルフの国では、すでにその悪名が知れ渡ってくることに。
ーーー数日後。
貴族子息殺害の犯人として地下牢に入れられることも。
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