第33話 光っぱなしとか聞いてない
「なぁ、これ、どうにかならねぇか?」
冒険者ギルドでのこと。
セオドアへの報告を終えたタムラを捕まえ、サベッジはそう声をかける。
彼は、困った顔で少しだけ大剣を抜いて見せた。
光っていた。その大剣は緑の光で光っていた。
「あれから光りっぱなしなんだけどよぉ」
あの戦いから半日たつが、その光が落ち着くことはないようだった。
「えぇ、何それぇ」
今更になって、タムラも大蛇を刺した短剣の刃を確認しようと鞘から抜く。
光っていた。選ばれしものの短剣と言わんばかりに光っていた。
「う、うわぁ」
困惑する人間のおっさんに、無言で、青い肌の
こちらも、もちろん、光っているままである。
「便利っちゃ便利なんだけどよぉ。これ、ずっと光りっぱなしなのかよ」
「もうランタンとして使うかぁ?」
困り顔のオークと蜥蜴人に、剃髪した頭の人間が「リ、リグさーん!!リグさんちょっときてー!!」とブロッコリーのドリアードを呼ぶ。
この武器はリグの、つまりは『世界樹の祝福』を受けた武器になっている。
どうにかできるならリグだけなのだろう。
「え、光りっぱなしなんですか?う、うわぁ本当だ」
短剣や投擲剣が置かれたテーブルに乗せられ、その光続ける刃物を見てうわぁ、となるリグ。
光らせた張本人がこの調子なので、おっさんどもがさらに困惑する。
「どうにか抑えられねぇか?」
「やってみます」
リグが、そっと、タムラの短剣に触れる。はぁー!と力を入れること数秒。
ニコォ……っと誤魔化すような笑みを浮かべ、こちらを伺うブロッコリーに「あ、無理なんだな」と全員が思った。
「なぁ、リグ、逆にこっちの短剣に、その力追加お願いできるか?」
ラドアグの言葉に、おまかせください!とリグが光っていない普通の短剣を受け取る。
「はぁーーー!!」
「……前はそんなタメ必要なかっただろ」
ラドアグの言葉の数十秒後、冷や汗を浮かべ、なおもニコォ……っと誤魔化すような笑みを浮かべてこちらを伺うブロッコリー。
「あ、これも無理なんだな」と全員が思った。
「ダメかー火事場のなんとやらか?」
「残念だな。光る剣とか売れそうなんだが」
「ちょっと!間違っても売ったり捨てたりしないでくださいよ!!」
オークと蜥蜴人の呑気な言葉にタムラが慌てる。
特殊な恩恵を受けた武器だ。どこかに売られていいモノではない。
「そんなあ、なんでぇ……」
ペソペソと悲しそうな顔をするリグ。
せっかく役にたつ力が使えるようになったと思ったのにぃと、ブロッコリーは萎れそうなほどしょんぼりと落ち込む。
「そんな気にすんなって」
「まぁ、鞘に入れればいいだけだからな!」
オークと蜥蜴人が萎れるブロッコリーを慰めるという、何かの風刺画かと思える変な構図の横で、タムラが静かに考える。
リグの力は世界樹が分け与えたものだ。
だがそれは人間のためではなく、『カラントを死なせない』ため。
むやみやたらに使えないようにしているのは、人間にリグの力を利用させないためだろうか。
「そうだ、タムラよぅ。まだ時間あるか?オメェんとこで買い物してえんだが」
剣のことは一旦諦めたサベッジの言葉に、タムラは顔を上げる。。
「何せ金貨100枚だ。ここで一気に必要なもん買って一度俺たちの集落に戻ろうと思ってな。ついでにおめえの幌馬車も貸してくれよ」
「でも、うちの馬逃げちゃいまして」
「オークの若え奴らで。ひいていきゃあどうにかなるだろ!!」
ガハハハ!とサベッジが笑う。
「やっぱりまずは塩と砂糖に、小麦だろ。家禽も増やしてえな。あぁ、若いもんの武器も整えてやらねぇと!」
タムラは少し考える。荷馬車用の馬なら小金貨20枚から銀貨50枚と幅広いが。
シルドウッズの馬は交易用の優秀な馬が多いから、銀貨100枚が最低価格だろう。
自分が馬を買うよりは、とタムラは考えた。
「かまいませんよ。ただ、馬車を使うなら、いっそ丸ごと買っていただけると助かります。私はしばらくこの街から出られないので」
行商に出られないなら、今馬を無理に買う必要はない、一度手放すのもいいだろうとのタムラの提案にサベッジが豪快に笑う。
「思い切りがいいな!いいぜ乗った!」
少し前ならこのオークも人間相手の商談を疑ったであろうに。
タムラを信頼し、サベッジは快く了承した。
その様子を見て、ラドアグが一人こっそりと笑う。
『それができない奴らがどれだけいるか、こいつら知らないんだろうな』
商談で騙される者も。その報復に殺される者も。ここを出れば冒険者界隈ではよくある話だ。
「あ、ついでに宿にいるカラントさん達に食事を買っていきましょうか」
多分今日一日は少女を休ませると、グロークロは過保護になっているだろうから。
「おぅ、じゃあ嬢ちゃんの好物があるいい店教えてやるよ」
ヒヒヒと、ラドアグが笑って見せた。
*****
窓の外からは、人々の喧騒や鳥の声がわずかに聞こえてくる。
宿屋の一室、寝台で、一人の少女が寝巻き姿で横になって眠っている。
傷だらけの白い肌に、細い体、赤い髪は乱れていた。
清拭を終え、水桶を宿の主人に返してきたグロークロが戻った時には、カラントは泥のように眠りについていた。
寝息が規則的に聞こえていることに安堵し、グロークロは武器や防具の手入れを静かに始める。
「嫁か」
カラントにとうとう求婚してしまったなと、グロークロはくすぐったいような気持ちになり、そわそわと部屋をうろつきまわる。
他種族婚姻は珍しいが、忌避される時代はもう過ぎている。
グロークロがカラントを嫁として集落に連れ帰っても、仲間達は受け入れてくれるだろう。
毛皮のベールを緩く被り、懐妊祈願の刺繍が施されたオーク伝統の婚礼衣装を身に纏い。
紅で口元を化粧して微笑むカラントを想像して、思わず口角をあげそうになり、グロークロはその口をその手で覆い隠す。
そんな想像してしまう自分が気持ち悪いな、と一人恥じる。
とにかくイナヅに報告と……
そこまで考えて、ようやくグロークロは一つの事に気づく。
カラントの、両親は誰だ?どこだ?何者だ?
よく考えれば王都から逃げてきたとしか、グロークロは聞いていないような気がする。
『カラントを狙うのか、よぉし!わかった!殺す!』という己が単純明快オーク思考だったと、今更ながら気づいてしまう。
カラントは記憶を失っていたから仕方ないものの、リグは知っているようだった。
オークの求婚なら、嫁の父親と戦い力を示さなければいけない。
カラントの両親がもしいないなら、親代わりとなる予定のイナヅと戦わなければいけない。
「カラントの両親も心配しているだろうな」
己の娘がこんな目にあっていたとしれば、怒り狂うのは当然だろう。
もしその親が『うちの娘をこんな目に合わせたやつがいるのか、よぉし!わかった!殺す!』という考えならばグロークロも喜んで力を貸そう。
「リグから聞いて、カラントの実家のことを聞かなくてはな」
挨拶にもし行くなら、何を持っていくべきだろうか。
大灰熊の毛皮か、野生の馬を数頭生け取りか。
集落で今も語り草になっている婚礼の贈り物は、一角獣の首だったな。もちろんツノ付き。
そんなことを考えてしまうほど、知らず知らずのうちに浮かれているグロークロであった。
「ただいま戻りましたー!」
はしゃいでいるリグの声がする。足音から察するに、タムラも一緒だろう。
二人に婚礼の品は何がいいか聞いてみようかと、オークは厳しい顔のまま考え込むのであった。
*****
「まず、お互いの認識の共有としましょう。カラントさんは?」
「寝ている。起こしたほうがいいか?」
「……できれば……」
タムラは少し悩んだあと、カラントを起こすことを選んだ。
寝かせてやりたいとは思ったが、今後の大事なことだとグロークロも理解したらしく、カラントの寝ている寝室へと向かう。
まぁ、寝ぼけ眼のカラントをお姫様抱っこで連れてくるのは、タムラも予想していた。
恥ずかしがってカラントが慌てて降りて、髪を手櫛で整える。
「ごめんなさい、大事なお話よね?」
だらしない姿を恥ずかしがり、ちょっと身支度してくるとカラントが急いで別室に消える。
「何がだめなんだ?」
「もーぅ、乙女心は繊細なんですから」
不思議がるグロークロと、知ったかぶりをするリグ。カラントの心労を思い、タムラは苦笑いを浮かべるばかりだ。
カラントが戻ってくると、タムラは自分が知り得たことを二人に伝える。
セオドア、シャディアとタムラがカラントの『奇跡』を知ったこと。決して利用する気はないこと。
『魔神』が、またカラントを狙う可能性が、低いながらもあること。
何も絶対に自分を信じろとは言わないがと、タムラは続ける。
「セオドアが戻るまで、シルドウッズに滞在してくれませんか?明日から宿もギルドの管轄の場所を借りれるので、ここより安全です。それに、その『奇跡』は一度セオドアに調べさせたほうがいい」
「あいつは信用できるのか」
グロークロの当然の言葉に、タムラが言葉に詰まる。
全員の頭に、リグの頭に顔を突っ込んで吸い込んでいた
なんならサベッジの部下の若いオーク青年を口説こうとして、害獣のようにシャディアに追い払われていたり、『僕の養子になるかい?パパって呼んでいいよ?』とカラントを口説いて、グロークロにアイアンクローされていた事を思い出していた。
「っっっ……信用は、できる、と思いますっ……」
ものすごい判断に迷いながらタムラが言葉を出す。もうそれが信用ならないと言っているようなものであるが。
「うん、ありがとうタムラさん。ここでセオドア様を待ちます」
ちらり、と、カラントはグロークロに返事を促すように見る。
「……元々カラントの『奇跡』をどうにかしたくてここにきた。カラントがそれでいいなら、俺もかまわん」
あぁ、よかったと、タムラが安心し、ついでにと話を続ける。
「あと、リグさんが『世界樹』の分身であるって、お二人知ってました?」
グロークロとカラントが顔を見合わせ、照れるリグを見る。
「タムラ、真面目な話でそんな冗談はやめろ、混乱する」
「こら、リグもふざけて!そんなの引っ掛からないからね」
「ふえっ!?」
まさかの反応に、ブロッコリーは二人の顔を凝視したまま固まる。
ーーーしばらく二人に信じてもらえなかったものだから、ブロッコリーは目に見えて拗ねるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます