第4話 イベントTRUEエンド

適量のスパイスと切った野菜・ソーセージを鍋でグツグツと煮込み、30分。


「トロミが無いからスープカレー風になっちゃったけど……充分に美味しいはずだ」


サラサラのカレースープをスプーンでひと掬いし、口に運ぶ。

味見だ。

そしてこの世界で初めての実食。

唇からスープを流し込むと、


──フワリ。


スパイスの爽やかな香りが鼻孔を突き、そして舌へと染み入るような塩気と口の中に広がる具材のエキスの豊潤な"味わい"。


「……美味いっっっ!!!」


半年ぶりの味覚。

半年ぶりのカレー。

口内に満ち溢れる幸せにガッツポーズする。


「ああっ、すごいっ! 俺、本当にカレーを味わえてるっ!」


思わず二口目を行こうとして……

おっと。

ダメだ堪えろ、今はキャシー婦人も待っているのだから。

俺はカレーを2つの深皿へとよそい、食卓へと運んでいった。


「あら、できたのね? ありがとう」


キャシー婦人が微笑みかけてくる。

その食卓にはフランスパン、バター、ミルクが用意されていた。


「これは……?」


「待っている間ちょっと買いに行ったのよ。あなた若いんだから、たくさん食べるでしょう?」


「すみません、ありがとうございます」


確かにスープカレー1品だけというのは寂しかったのでありがたい。

それと同時に気を遣わせてしまったようで申し訳なくもある。

あ、さっきキッチンを覗いた感じ小麦粉もあったし、同時並行でナンを焼いてればよかったか……?

ま、反省は後回しだ。


「さあキャシーさん、食べましょうっ! 美味しくできましたからっ!」


「ふふ。さっき『美味い!』って大きな声がキッチンから聞こえてきたものね。楽しみだわぁ」


「はい。お熱い内にお召し上がりを。【ポトフ具材からできたソーセージスープカレー】です」


キャシー婦人はひと口スープカレーを飲んで、その顔を綻ばせた。


「美味しいわぁ。お野菜の甘味がよく出ているわねぇ」


「それはよかった!」モグモグモグ


キャシー婦人の口にも合ったようで何よりだ。

俺は俺で久方ぶりのカレーにがっついている。

ああ、美味い。

カレー美味い。

カレー最高!


「キャシー婦人、すみませんがおかわりをしてきても?」


「ふふっ! あなたが作ってくれたのだから、遠慮せずに沢山おあがりなさい」


「ありがとうございます!」


それから2杯目をよそい、再び食卓へ。

今度はゆっくりもっと味わって食べることにしよう。

ひと口ひと口を噛み締めるようにして食べているキャシー婦人のように。


「それにしても、本当に温かいわぁ」


「まあ、カレーですので」モグモグ


「そうね。それもあるけれど……誰かの作ってくれたお料理を食べるのが久しぶりでねぇ。心も温かくなるようだわ」


「……」モグ…


それは、調理に入る前から気になっていた違和感だった。

キャシー婦人はレシピが無いと料理ができない方のようだ。

なら、種類豊富な調味料は料理人の旦那さんが使っていた物なのだろう。

だというのに『誰かの作った料理を食べるのが久しぶり』ということは、つまり……


「その、キャシーさんの旦那さんって……」


「ええ。1年前に亡くなったわぁ」


キャシー婦人はテーブルの中央に置いてあった写真立てを見やり、しみじみとした口調で、


「主人はね、週末になるといつも美味しいご飯を振る舞ってくれたわぁ……私はそれをいつも楽しみにしていてねぇ」


「それが寂しかったんですね。だから、市場でわざとジャガイモを落とすような真似を?」


「……あら、それもバレてしまっていたのね」


まあ、さすがに1日で10回もバスケット落とすとかあり得ないからね……。

それがゲームで仕組まれたイベントなのだとしても、これだけ精巧なAIでNPCが動いている以上、それなりに行動の裏付けとなる理由もあるんじゃないかなとは思っていた。


「ごめんなさいね。私、ひとりでご飯を食べるのが寂しくてねぇ。本当は旅人さんたちと話して、こうしていっしょにご飯を食べるキッカケが欲しかったのよ……」


「ポトフのレシピを落としたというのは?」


「それも嘘。こうして、誰かの作ってくれる料理が食べたかったから」


「ああ、やっぱり」


つまりこのイベントはキャシー婦人が落としたレシピを探しに行く"おつかいクエスト"なんかではなく、"手動によるマニュアル生産クラフトクエスト"だったというわけだ。

これを無駄イベントと判断したプレイヤーたちはそこをはき違え、このキャシー婦人のためにポトフのレシピを用意したのだろう。

結果、報酬は無し。

できあがったポトフを貰うだけとなってしまったわけだ。


「これはあなたに迷惑をかけてしまったお詫びと、お料理を振る舞ってくれたことに対する感謝の気持ちよ。受け取ってくださるかしら」


キャシー婦人は戸棚からハンカチに包まれた何かを取り出して、俺へと手渡してくれる。

包まれていたのは銀色のシンプルなリングだった。


空腹のリング

└手動で"料理"を生産すると満腹度ゲージが下がる


「これは……?」


「これはご飯を連続で食べたいときなんかに便利な装備アイテムよ。普通、満腹度ゲージが最大だと追加でご飯を食べることができないけど……料理を手動クラフトすることでそのゲージを減らせるの」


「おおっ! じゃあカレーを手動クラフトしまくれば、無限に食べられるっていうことっ!?」


「ふふっ、そうね。ぜひ役立ててくれると嬉しいわ」


俺はさっそくリングを装着する。

うん、ピッタリ。

カレーも食べられて装備アイテムも貰えて……

しょっぱなから最高のイベントだったな!


「あの、キャシーさん。ご迷惑でなければまたカレーを作りに来てもいいですか? またいっしょにご飯を食べましょう!」


「えっ? でももう渡せるアイテムも無いのに、悪いわ……」


「いえ。俺ひとりだとまだスパイスもまともに揃えられないし、調理道具も無くて……カレーが作れないんですよね」


「あらあら」


「食材くらいは何とか自分で用意するので、どうかキッチンなど貸していただければ嬉しいんですが……!」


「ふふっ! カレーが作りたくてしょうがないのねぇ。そういうことならもちろんいいわよ。食材も、ここにあるものなら使っていいからね」


「! あっ、ありがとうございます!」 


なんたる幸運!

ゲーム開始初日からキッチン、スパイスを確保できてしまうとは……!


「さっそくカレーの食材集めにいってきます!」


「あらあら」


手を振り見送ってくれるキャシー婦人へのあいさつもそこそこに、俺は家を飛び出し再び市場へと向かった。




=============

次の話は19時に更新予定です。

よろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る