第10話 とんでもない新人と受付嬢



 ミルンは冒険者ギルドの受付嬢歴二十年のベテランである。これだけの年数勤めていれば、登録にやってきた新人がどの程度なのか見当もつくようになっていた。


(今年は有望な子はいなさそう。殆どは二年以内に引退するわね)


 冒険者は「力」が必要な仕事だ。しかしそれだけでは務まらない。魔物という強敵と対峙するための勇気、胆力。危機的状況に陥った時に冷静さを保てるか、命を守るための判断ができるか、真面目に鍛錬を重ねられるか――冒険者として身を立てるには、複合的な能力が必要なのだ。

 ただの力自慢では務まらない。しかし力しか取り柄がない者も、冒険者ならできると思ってやってくることがある。そういう者は長続きしない。……引退するか、命を落とすのだ。前者はともかく、後者は何年経っても悲しくなる。


 その日は伝説のS級冒険者、リュカがヒュドラの討伐を終えて帰還した。危険な竜の討伐を一人で片づけてしまえるのは彼だけだ。二百年も冒険者として活動してきたキャリアは伊達じゃない。


(さすがリュカ様。やっぱりS級は特別だわ……生きる伝説だもの。本物を目にできて光栄よ)


 こんな辺境の、最果てと呼ばれる冒険者ギルドで、伝説級の冒険者を目にできた。人の目を引く美しいエルフであり、隙のない立ち姿から相当の実力を感じさせる冒険者である。そんな彼に目を奪われていたからか、その後ろに人がいるということに気が付かなかった。



「それから、こちらの彼女の冒険者登録をお願いします。保証人は私が」


「……リュカ様が?」



 二百年もの間活動を続けているリュカは、初期は固定のパーティーに居たと言われているがもうずっとソロで活動しており、特定の誰かに肩入れすることのない孤高の存在だった。

 依頼内容の必要に応じて臨時のパーティーを組むことはあっても、基本的には常に一人でいる。そんな彼が新人を連れてきたという。……期待しないはずがない。


(きっととてつもない実力者ね。どんな新人かしら……)


 気合を入れてリュカの後ろから現れた人物を見る。見た途端、正直に言えば期待外れで困惑した。


(女の子……しかもなんてひ弱そうな)


 雪のように白い髪と、美しく輝く黄金の瞳を持った少女。見すぼらしい服を着ているが、その肌は磨き上げられた玉のようになめらかで美しく、傷一つない。

 くりくりとした大きな目でミルンを見上げていて、大変愛らしいがそれだけだ。ミルンに心配されているのが分かったのか腕を曲げて力こぶを作るような動作をして見せるけれど、盛り上がる筋肉などできるはずもない。細い二の腕が晒されているだけである。……絶対に冒険者などできない。不安しかない。


(どうしてリュカ様はこんな子供を……あ……耳が)


 ちらりと覗いた耳の先がとがっている。どうやらエルフ混じりのようだ。……リュカといえど同族が気になって、連れてきてしまったのだろうか。



「……本当に大丈夫ですか? 冒険者は危険な仕事ですよ?」


「大丈夫です。力には自信があります」



 少女に「貴女には無理よ」と言外に伝えるつもりで尋ねても、力に自信があると返ってくる。そんな返答では不安はぬぐえない。十代半ばの小さな少女は、現実を分かっていないかもしれない。



「……分かりました。登録後に冒険者としての実力を見るための試験がございます。それをクリアできるまでは、正式な依頼を受けることはできません。ではまず、登録料金は一万ゴールドとなります」



 冒険者になれるかどうか、登録の際には適正を見る試験がある。それに合格できなければ冒険者として認められることはないし、彼女も現実を見れば諦めがつくだろう。

 まずは登録料が必要で、お金がないという彼女は素材を売ることを提案してきた。腰に下げた小袋から出せそうなものと言えば、薬草くらいのものである。



「素材はどのようなものでしょうか? 薬草なら今はププ草の相場が上がっておりますよ」



 高騰しているププ草であってもその袋に入る量では登録料には足りないかもしれないな、と思いながら待っていると彼女は小袋からよく分からない小さな物体を取り出し、受付台へと置いた。


(何……? ゴミ……?)


 小さいが同じものではないようで色とりどりの欠片である。ゴミのようにしか見えないそれに困惑しながら首を傾げていると、彼女は聞き覚えのない呪文を唱えた。

 するとどうだろうか。ゴミのように小さかった欠片たちは形を大きくし、本来の姿を現していく。鹿や猪など森の動物の皮の中に一枚、白く美しい毛皮が混じっていた。


(こ、これは……氷狼の毛皮……!? しかも頭つき!?)


 氷狼は魔法攻撃、物理攻撃共にトップクラスで危険度Aに相当する魔物だ。群れで行動しており、連携とその手数の多さで冒険者を殲滅していく。炎系の攻撃には弱いものの、それを使えば毛皮も肉も駄目になって素材など採れやしない。毛皮が欲しければ風の刃で首を両断するのが最も傷をつけずに狩れる方法とされている。

 そんな氷狼の毛皮を、どうすればこんなに綺麗な状態で手に入れられるのか。いや、そもそもこれらを小さな袋に仕舞っていた魔法は一体なんなのか。

 物を損傷させることなく圧縮し持ち運ぶ魔法。こんなものを使っている人間、見たことも聞いたこともない。


(この子……只者じゃない。リュカ様が連れてくるだけのことはあるのね)


 新人冒険者は本来F級からスタートする。依頼のレベルやこなした数でランクを上げていくのだが、しかし彼女をそのランクから始めさせるのは、もったいないと思った。

 査定をして待たせている間に、支部長室へと駆ける。支部長は大層な面倒臭がりで普段から部屋に引きこもっており、ホールに顔を出すことはほとんどない。今日も部屋でゆっくりと昼寝をしていた彼をたたき起こし、先ほど起こったことを説明した。



「そんな新人いるわけねぇだろ」


「いるんです。……リュカ様も目をかけていますし、実力を保証しています」


「……あのリュカが、か。なら間違いないんだろうな。……氷狼を狩れるならA級冒険者か。さすがにそこから始めたやつはいねぇな。ちょっとどんな奴か見てくるわ」



 登録場所のギルドの判断で、新人の冒険者が最初から高ランクに認定されることはある。まさにリュカがそうで、彼はB級からスタートしたという。

 支部長は部屋を出たと思ったら、すぐに戻ってきた。元からいかつい顔なのに眉間にしわを寄せていて、さらにいかつい顔になっている。



「おい、本当にあの嬢ちゃんか……? なんだかとても華奢で心配になるんだが……」


「私もそう思いましたよ。……けれどリュカ様の話では、全属性に適正のある魔法使いだと」


「おいおい、そんな奴いるのかよ。それなら多少体が弱くても問題ねぇな。……よし、B級スタートだ。もしかするとこのギルドから伝説が生まれるかもしんねぇぞ。よっしゃ、俺がギルド証を発行してくるわ」



 新人冒険者の階級をはじめから上げて登録することができるのは各地のギルドを任されている支部長だけだ。もし実力にそぐわないランクを与えれば責任を問われるので本来なら慎重に決められるはずだが、この支部の長は元冒険者なだけあって「冒険心」が強い。

 珍しくやる気を出した支部長もホールへと出て仕事をし始めた。他の職員が「あの支部長が事務仕事を……?」と驚いていたけれど、彼がB級のギルド証を発行していることに気づくともっと驚きが広がった。


(B級の新人なんて、歴史上数える程だものね。……これは、周囲にも悟られない方が良さそう)


 この辺りで活動しているのは主にE級からC級、まれにB級の冒険者がいるくらいだ。そんな彼らがあの少女を見たらどう思うか。こんなひ弱そうな新人がいきなりB級冒険者だなんて認められない、そう言って絡む輩がでるのは予想できる。

 犯罪は取り締まられるとはいえ、犯罪にならない範囲で横暴な者はいくらでもいる。あの儚げな少女は、強面に恫喝されたら怯えてしまうかもしれない。


(魔法はすごくても腕力はなさそうだし、精神面も……心配よね。世間知らずのようだし……)


 少女には素材の査定分の金額を渡し、そこから登録料を引いて登録用紙を渡す。

 無試験での合格だと耳にした冒険者たちが驚いたように騒いでいるが、それは彼女の見た目が愛らしいからだろう。先に素材を持ち込んだものが無試験合格になること自体は珍しくない。

 登録用紙を受け取り、魔力を登録してもらったらギルド証に名前を刻んで完成させる。名前は「スイラ」というらしい。



「スイラ様、冒険者ギルドへようこそ。こちらが貴女のギルドカードになります」



 彼女がB級からスタートすることは周囲には聞こえないようぼかして伝えた。傍で見ているリュカはそれに気づいたようで、じっとカードに刻印された「B」の文字を見つめている。

 さっそく新人指導の案内をしようとしたら、リュカがその役を名乗り出た。「俺が新人指導をするぜ」と張り切っていた支部長には悪いが、S級冒険者のリュカがやってくれるというなら間違いがない。

 後ろの方で話を聞いているだろう彼はショックを受けているかもしれないが、仕方がない。S級冒険者の方が優先度が高い。


(さて、あの子は初めての依頼にどんなものを選ぶのか……)


 リュカは説明をぼかした意味を分かっているのだろう。彼女を最低ランクの依頼掲示板の方へ案内している。

 そうして初めての依頼を選んできたスイラが提出した紙を見て、ミルンはなんだかとても温かい気持ちになった。


 どう考えても大した収入にならない、けれど切実な願いの込められた子供の依頼。

 こういった依頼を受けてくれる冒険者はとても少ない。けれど、スイラはそんな冒険者になってくれるようだ。


(この子はきっと大物になる。……私も、応援しているわ)


 優しくて強い、まるで英雄のような冒険者。今はまだ儚げな少女だが、経験を積めばいつかきっと強者の風格を備えた強い冒険者になるだろう。偉大な魔法使いにはなれるだろうから、あとは経験を積んで冒険者としての気迫を身に着けるだけだ。

 これがきっと伝説の始まりなのだ――そんな予感をひしひしと感じた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る