第9話 新人B級冒険者



 こちらの話が聞こえたらしい周囲から「おい、無試験だってよ」というような反応が聞こえてくるので、普通の事態ではないようだ。ここにいる冒険者たちは皆その試験をクリアしているのだろうから、私だけ無試験でずるいと思われているかもしれない。……そんなことで目立って嫌われたくはない。



「あ、あの、私、皆と同じように試験を受けます」


「いえ、必要ございません。リストの中から素材を採集してくるような試験ですし、貴女はもう充分魔物の素材を集めてこられていますから。こういったケースはたまにありますよ。……では、登録を。文字が書けるならご自分で登録用紙にご記入ください」


「……そうなんですか……」



 先に試験をクリアしてしまったような状態だったらしい。それなら無試験というのもおかしなことではないのだろう。

 文字はジジから教わったので書ける。渡されたペンを握りつぶさないように魔力で包んで保護しつつ、登録用紙に記入していく。……気を抜くとあらゆるものを壊すので、ヒトの規格のものを触る時はいつもこうしている。というかそもそもほぼ全身を魔力の壁で覆っているのである。ぶつかって相手を跳ね飛ばしでもしたら大変だからだ。


(名前は……スイラ。種族は……えーとハーフエルフかな。年齢…………)


 年齢を書こうとしたところで止まった。私の年齢は三百歳くらいだったと思うけれど、正確な歳は覚えていない。そもそもハーフエルフで十代半ばの少女のような見た目の時は、何歳くらいなのが正しいのだろうか。



「どうしました? 分からない所がありましたか?」



 筆が止まったままでいる私の様子が気になったのか、リュカが書類を覗き込んだ。親切な彼はただ教えてくれようとしたのだろうが、私は年齢を書けずにいる言い訳が考え付かずに少し慌てた。



「ええと……その……」


「ああ、年齢ですか。長く生きると曖昧になりますからね。……貴女はまだ百は行ってないでしょう。細かい年齢が思い出せなくても大まかで大丈夫ですよ」


「ああ、そうなんですね。ありがとうございます」



 リュカの目で見て私は百歳未満のハーフエルフらしい。それならばと適当に八十歳と書いておいた。……二百歳以上鯖を読んだ。前世では二十年も生きられなかったことを考えると本当に長生きしていると思う。

 そのほか出身地だとかはっきりしない部分も多かったが、必須なのは名前と種族と年齢だけだという。それですら偽っていいと以前言われたので、そんなに登録がゆるくていいのかと心配になった。



「人種で歳の取り方が違いますからね。冒険者としてどれくらい活動できるかはそれぞれです」


「なるほど……」


「冒険者として一番多いのはジン族です。エルフで活動しているのは私と貴女くらいですよ」



 ジン族は人間の人口の八割から九割を占めている種族なので、必然的に冒険者の割合も高くなるという。たしかにこのギルド内でもジン族以外の人間は見当たらない。

 しかしエルフの冒険者がリュカしかいないというのも意外だ。……いや、排他的な種族だと言っていたから自分たちの領域から出ないのが普通で、リュカのように他の種族と関わっている方が特殊なのだろう。


(じゃあリュカは、少ない同族だと思って気にかけてくれてるのかもしれない。……本当は、私もエルフじゃないんだよね)


 いつかは恩人である彼にも本当のことを打ち明けたいものだ。竜である私を人間こちらの世界に連れてきてくれたのは、リュカなのだから。


 登録用紙を提出した後、受付嬢は人の頭くらいの大きさの水晶を取り出した。ただの水晶ではないらしい、というのは精霊たちがそれを囲っていることから判別できる。



「では魔力を登録しますのでこちらに手を置いてください」



 魔力というのは指紋のように人によって全く違っていて、ギルドでは魔力を登録することで個人の識別をするらしい。なるほど、登録情報が少々ずさんでもこれがあれば個人を特定できる仕組みなのだ。……本当に指紋採取とかじゃなくてよかったよ。私、実は指紋ないんだよね。

 その水晶は各地のギルドにある水晶と繋がっているので、どこのギルドでも登録者であることは分かるのだそうだ。私もそれに触れて魔力を登録した。竜の魔力だからと何か問題がおきることもなく登録できたことにほっとする。



「スイラさん、冒険者ギルドへようこそ。こちらが貴女のギルドカードになります」



 魔力登録後、出来上がったカードを受け取った。鉱石類でできているようで頑丈そうだ。銀色のカードには私の名前と、元の世界での「B」に近い意味合いの文字が刻まれている。




「本日からスイラさんは冒険者です。ギルドカードに表示されているのが貴女の階級で、同等ランク以下の任務ならお好きに受けていただいて構いません。それでは新人指導の担当の者を案内いたしますので……」


「いえ、彼女は私が指導します」


「……リュカさん自ら、ですか?」



 受付嬢はかなり驚いた様子だったので珍しいことなのだろう。しかしリュカが指導すること自体は問題ないようですんなり受け入れられた。

 初めて私を見た時は「この子は本当に大丈夫なのかな」というような子供を心配する顔だった受付嬢が、いまや「この子なら納得」という顔をしているのは何故だろうか。……そんなに目立ってしまったのか。受付嬢の座っているカウンターのさらに奥の席からこちらを凝視してくる男性もいるし。


(目立ちすぎるのはよくないよね……リュカといるのもあんまりよくないのかな)


 リュカは実力のある有名な冒険者で、周囲から注目される存在だ。一緒に居れば私にも視線が向けられる。

 目立つ、注目される、ということはよく観察されることと同義だ。よくよく見ると私の体のどこかに人間と違う部分があるかもしれないし、なんなら今でも床や地面を踏みぬかないように足元には魔力の壁を張りながら歩いていて足跡も足音もないことを不審がられるかもしれない。

 疑問や不信感が積み重なって、人ではないという噂でも立ったら大変だ。……本当に人じゃないし。お前人間じゃないだろうなんて言われたら動揺しそうだし。



「スイラ、まずは依頼の受け方を教えますのでこちらへ」


「はい!」



 リュカに呼ばれてついて行く。受付嬢同様、リュカが新人指導をする姿が珍しいようで「あのリュカさんが……!?」という驚きに満ちた声が聞こえてくる。

 本当に冒険者の中で彼のことを知らない人間などいないのだろう。そしてこの反応から察するにリュカは、あまり他人と関わらないタイプだったのではないかと思う。


(エルフだから、かな? 人間同士でも種族が違うと合わないのかな。……でも優しくて親切だし、リュカが他の人と衝突するとか想像できないけどなぁ)


 それならリュカの問題ではなく、周りが彼から距離を置くのかもしれない。エルフは飛びぬけて長寿だし、近寄りがたいくらい美形だとジジが言っていた。

 そういえば気にしていなかったが、リュカも整った顔立ちで美麗だと思う。ただあまり表情が動かないので冷たい印象を受けるのかもしれない。

 私も彼が笑った顔は見た事がないし、大体真顔か私を心配そうに見て――あれ。これはもしかして私が悪いのかな。



「こちらのクエストボードに依頼が張り出されています。難易度でランク分けされていて、階級ごとに貼られているボードが違います。貴女はB級の冒険者ですが……まずは一番下の、F級の依頼から受けた方がいいでしょうね。好きな依頼を選んでみてください」


「そうですよね、分かりました」



 B級の冒険者はBからFまでの依頼を受けられる。しかしそれでも新人だ、最初は簡単な依頼からやるべきなのだろう。リュカに勧められた通り、F級の依頼が張り出されている掲示板を見に行く。


(……ん? 一番下がFなのに、新人冒険者ってB級なの?)


 もしかして、依頼を失敗したり何かしらの罰則を受けると下がっていくシステムなんだろうか。あとでリュカに聞いてみよう。

 ひとまずF級の依頼書が張り出されている掲示板を見た。その中で目に留まった一枚を指さす。



「リュカ、これを受けたいです」


「ではその紙を取ってください。……随分珍しいものを選びましたね」


「そうですかね……?」



 依頼書をはがして手に取った。そこに書かれた文字はとてもヘタクソで、小学生が覚えたての文字を懸命に書いたような印象を受ける。


依頼内容:おかあさんのためにやくそうをとってきてください

報酬:おこづかいぜんぶはらいます

依頼者:ロン


 この依頼の報酬はほとんどないに等しいかもしれないと察することはできる。けれどあまりにも切実な願いが込められているように感じられたし、このボードを見ていた他の冒険者が誰もこの紙に興味がないようだったので、それならばと受けることにしたのだ。



「ええ。……とてもいい選択だと思います」



 その時、リュカが初めてやんわりと笑った。この人の笑った顔を初めて見た驚きもあったが、何よりその表情からは「好意」を感じる。私の行動を、彼は「良」もしくは「善」と感じているということだ。

 そんな彼の顔を見て、私は自分の行動に間違いがなかったことを確信できたのである。


(やっぱりヒトの方が……私の価値観に近いんだ)


 困っている子供を放っておけない。けれど同族であれば、弱い者は放っておく。強者が絶対で、弱者は虐げられても仕方のない存在だから。……でも、元人間の私はそう思えないのだ。リュカも同じように考えているから、こうして笑ってくれたのだろう。



「絶対にこの依頼、成功させます!」



 私もリュカに笑顔を返して、気合のあまり握りしめた依頼書を慌てて広げ直した。


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