untitled

@rabbit090

第1話

 「一人で生きていく。」

 「………。」

 そんなこと言ったって、彼からしたら、だから何?という話でしかなくて。

 でも私にとっては十分大事な話しだった。

 私にとって彼は、社会であり、全てだったから。

 「生きてくったっていきなり部屋飛び出して、どうするのよ。」

 私の中に眠っている衝動性が、憎らしかった。ずっと大人しくしていたというのに、ある時に臨界点へ達し、全てを壊したくなる。

 ああ、仕方ない、これが私だ。

 そう思って、前に進むことにした。


 「ごめんなさい、帰ってきました。」

 「お前。」

 父は、怒ったような、呆れたような、そんな顔で私を見ていた。

 そもそも、私は父との関係を清算したくて、家出をしたのだ。家出、というか彼との同棲だったんだけど。

 でも、案外あっさりと、許可は下りた。

 そりゃそうか、もう成人してしばらく経つ娘なのだ。かまっている方がおかしい。

 「お前、別れたのか?」

 「…はい。」

 そして、お互いそれ以上何も言わなかった。

 私は本当にダメな奴だと、その時に思った。

 けどなんだ、悲観したって、現状がよくなるわけでもないし、また、前を向かなくては、と強く思った。

 彼とは、会社で知り合った。

 そもそも、私がその会社に事務員として採用されたのは、はっきり言って、自社の社員のお嫁さん候補だったから、でしかない。その証拠に、与えられる仕事も、お茶くみとか、受付とか、とにかくおじさんに愛嬌を振りまくだけでよかったのだから、簡単だった。

 昔から、人から好かれる、という感覚はあった。

 多分、すごく無害そうで、当たり障りのない感じだから、皆近づきやすいのだろう。

 でも、私はそれ以上先に、誰も入ってこれないように防衛線を張っていた。

 それは、私が自分を守るための、絶対に必要なものだった。

  

 高校生の頃、私は誰に対しても、否定をしなかった。

 だから、どんな子でも私に話しかけてきた。

 一緒に入れるだけでいい、という人もいたし、とにかくいいように使われている、と気づいてしまったのだ。

 そう感じた瞬間、色々なことが煩わしくなり、とても仲がいい子とだけつるむようになった。

 そしたら、疎遠になった、というか私がした女の子が、私のことを憎み始めた。

 ああ、それからだ。

 私は、きちんと防衛線を張らないから、ダメなのだ、と思い始めたは。

 そして、それを彼に対しても、張った。

 とてもよくしてくれる人だった、人を傷つけないし、無害な小動物のような顔で、笑う。

 けど私にはその全てがうさん臭く見え、ぶん殴りたい衝動にかられた。

 そして、関係はどんどん破綻していった。

 もちろん、ぶん殴ってなどいない、しかしその私の欲望が透けて見えていたのだろう。

 「いい加減にしろ。」

 彼は一言、本当に突然に、今まで見せたことがないような表情で、私を怒鳴った。

 しかし、きっとこれが彼の本当なのだ。

 私は、本当を見せ合いたかった。

 けど、私にはそれが、できない。


 荷物をほどく、と言っても元々彼の部屋にあるものを使わせてもらっていたから、大した量ではない。

 きっと、この週末が終われば、私は会社を辞めることになるのだろう。

 元々、彼は出世コースだったし、その彼と顔を合わせにくいのなら、たいして人数が多いわけでもないのだし、それが必然だった。

 ああ、また一から、けど大丈夫。

 私は自分の中に宿っているポジティブさが、いつも一番、憎らしい。

 そう、思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

untitled @rabbit090

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る