その後 これからの二人

「美並、大事な話がある」


 卒業式が終わって、私たちは一旦それぞれ家に帰って着替えをした。

 それから、昼食も兼ねて高校の合格祝いと中学の卒業祝い、そして本陣くんの告白の残念会をしに、ここファミレスで食事をしていた。


 広げられた多数の皿もほぼ空になり、中学の思い出話も終わりそうになったころ、本陣くんが真剣な顔で言ってきた。

 その目に見つめられると、ただごとではないと思い、まだ口の中に入っていた食べ物を慌てて咀嚼して飲み込んだ。ドリンクも飲んで、口の中を潤しておく。


「え? 何、改まって」


 間が空く。


 中々切り出さないけど、本陣くんは真剣な表情を崩すことはなく、私を見つめ続けた。


 話ってなんだろう? 急に同じ高校に行けなくなった、とか? まさかだよね。


 店の奥に他の席からほとんど見えない一席があり、私たちはそこを使用していた。

割と人気な席だけど、少しお昼どきをずらした平日だったからか、空いていてよかった。さっきまでもそうだったけど、ここならあまり人目を気にすることもないし、何の話にしても落ち着いて話ができそうだ。


 待っていた私に、ようやく本陣くんの口が動いた。


「美並、俺はお前が好きだ。俺と付き合ってくれ」


 ……。


 私の思考は停止して、時も止まったように感じた。


 ……。


 ……。


「駄目か?」


 本陣くんの次の言葉で、私ははっと我に返る。


「え? え? 何で? どうして?」


 動き出したはずの思考も要領を得ない。疑問ばかりが頭を駆け巡り、そのまま言葉として口に出ていた。


 私はいつか本陣くんに自分の想いを告げようとしていた。それが、逆に本陣くんが言ってきて、しかもこんなタイミングで。


 タイミング?


「だって、本陣くんは姫川さんが好きで、姫川さんに告白をしにいって」


 そうだ。姫川さんに振られて、すぐに私というのはあんまりじゃないか。好きな人が駄目だったからって、身近な人で済ませようみたいな。告白は嬉しいけど、そんな気持ちの告白なんて嫌だ。


「何を言っているんだ? 俺が好きなのは美並だが」


 二度目の好きに一気に顔が熱くなる。赤い。間違いなく、赤い。体温も上がって、汗をかいている気がする。好きと言われたからか、顔が赤いのが恥ずかしいからか。


 落ち着いて。落ち着いて。


 喉も一気に渇いてきたから、ドリンクを飲んで水分補給しておこう。


 こくこく(飲む音)


 うん。


「ちょっと待って。理解が追い付かない。じゃあ、何をしに姫川さんのところに行ってきたの?」


「三年間の感謝を述べてきただけだが」


「は?」


「白状しよう。俺は入学当初、確かに姫川に惹かれていた。だが、相手はその名の通りの姫のような存在だった。だから俺は、テストで一位を取ることで彼女にふさわしい存在になろうとしていたんだ」


 何か始まった。


 姫川さんに惹かれていた。過去形だけど、ズキッと少し心が痛んだ。


「だが、ことはそう簡単じゃなかった。姫川に美並、二人にことごとく一位を阻まれてしまったからな」


 その節はどうも。


「そして、俺は美並に協力を申し出た。既に会ってはいたわけだから妙な言い方になるが、出会ってしまったってやつだ」


 懐かしいな。思えば、あれがなければ、今こうして本陣くんとここにいることもなかったかもしれない。


「俺にこんなに付き合ってくれた奴は美並だけだったし、心地よかったし楽しかった。それで、いつの間にか好きになっていたんだ」


 今日、三度目の好き。でも、手放しでは喜べない。姫川さんのことがあるからだ。


「姫川さんは? 好きだったんじゃないの?」


「惹かれていた、と言った通りだ。いや、当時は好きと思っていた。でも、俺は彼女のことを実は何も知らないんだ。あの容姿に、恋焦がれそうな中身を勝手に想像したんだろうな。恋に恋していたってやつかな。ある意味、黒島を始め、姫川の周りにいる連中と大して変わらなかったのかもしれない」


 姫川さんの、姫力とでも言おうか。それに本陣くんでさえ魅了されてしまっていたと。


「美並の人となりに触れて、好きになって、ようやくそれに気が付いた。ああ、姫川へのは違うってな」


「都合のいい言い訳みたい」


「そう思ってくれてもいい。だが、俺が今好きなのは間違いなく美並だ。それだけは確かだ」


 本当に、本陣くんは勝手だ。

 私の心を無視して話さなくてもいいことを話して、好きを連呼して。


「私のことだって、まだ大して知らないかもしれないよ」


 自分のことを棚に上げてどの口が言うのか。


「だったら、これからもっと教えてくれないか。美並のことを」


 全く。こんな告白、私が本陣くんを相当好きになっていなかったら、失敗していたんだからね。


「はい。私も、本陣くんが好きです。私にも、もっと教えてください」


 精一杯の笑顔でそう答えると、本陣くんの顔がようやくほころんだ。


 優しい時間に包まれた気がした。


 そんな時間に浸っていると、まだ聞いていないことがあるのを思い出した。


「それで、姫川さんへの三年間の感謝って?」


「ああ、姫川がいなければ勉強を頑張ることも、美並と出会うこともなかったからな。いてくれてよかった、みたいなことをな」


 姫川さん、相当戸惑ったんじゃないだろうか。


「でもさ、あれ、もう好きな人に告白する流れだったよね。その、あの時はもう私のことを好きだったわけで、あそこで私に告白してくれてもよかったと思うんだけど」


「姫川への気持ちに、けりを付けてからの方がいいと思ってな。一位を取ったら告白っていうのも、そもそもの相手は美並ではなく姫川だったわけだしな」


 分からないわけではないけど、何だか腹が立つ。


「もしかして、期待していたのか?」


 その言葉に、私の感情は爆発した。


「そうだよ! 何なの? けりとか言ってないで、私を優先して先に告白してくれてもよかったじゃん! そうだ、本陣くんはいつも先に姫川さんの名前を出すんだ。あの時も、今日も」


「あの時っていつだよ」


「黒島さんと白柳さんが教室に来た日だよ!」


「二年の時の話かよ。よく覚えているな。というか、たまたまだろ、それは」


「好きなら先に言ってよ!」


「いや、あの時はまだ好きでなかった、あるいは自覚してなかったと」


「じゃあ、今日は!」


「今日? 何か言ったか?」


「私たちに一位を阻まれたって」


「あー、いや、話の流れ的に姫川が先になるだろ。先に一位を取っていたのも、より脅威だったのも姫川なんだから」


「うう、ああ言えばこう言う」


 どこまでも冷静に受け答えしてくる。それに影響されてか、少しは発散できたのか、私も少しずつ冷静さを取り戻す。

 そして、ここが公共の場であったことを思い出す。元々声は大きくない方だから、少し声を荒げても気に留められていないとは思うけど。

 周りを見渡す。お客様は少ない。もう昼とは言えない時間だからだろうか。その少ないお客さまも、こちらを見たり気にしている様子は特になかった。


 よかった。


 もしかしたら、触れないでおこうとしているだけかもしれないけど、そう思っておこう。


「美並、すまない」


 え? 姫川さんを優先したことを謝ってくれるの? 本陣くんが?


「俺、美並とこういうやり取りしているのも、結構好きなんだ」


 全然違うのがきた。


「でも、あんなに声を上げるのなら、美並は嫌なのか?」


 はぁ。


 もういいや。私も楽しいといえば、楽しいし。


「嫌ではないけど、心を乱したお詫びは欲しいです」


 でも、ここは少し欲張らせてもらおう。


「お詫び? 何が欲しいんだ」


「これから私のことは名前で呼んでください。す、優くん」


 本陣くんが『何だ、そんなことでいいのか』と言う顔をする。


「分かった。菜水」


 簡単に言うなぁ。


 それでも、無性に照れてしまう。自分で提案しておいて、呆れる話だ。


「改めて、よろしくな。菜水」


 まだまだ至らないことも多い二人ではあるけど。


「うん。よろしくお願いします」


 二人の未来は、これからだよね。

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