本編 本陣優 独白
人に合わせず、自分の思うようにやってきた。だが、おかしいのはおそらく自分であることも自覚していた。だからといって、直そうとも思わなかった。
不思議と学校生活においては、個性を重んじる生徒が集まったのか何なのか、特に疎外されることはなく、なんなら普通に会話すらしていた。
ただ、学校外でのプライベートな遊びなどに呼ばれるなんてことはなかった。もっとも、呼ばれても断った可能性が高いし、向こうもそれを察して声を掛けなかったのだと思う。
やはり、面倒な奴とは思われていたということだろう。
そんな風に、人と深い付き合いをしてこなかった面倒な俺と、よくやり取りしてくれる女子が現れた。
美並菜水
現れた、というのは少し語弊があるだろうか。近付いたのは俺なのだから。
テストで一位を狙う俺の障害だった女子。しかし、そんな美並と協力すれば、美並以上の障害である姫川に勝って、俺が一位になる確率もずっと上がるという算段だった。
そう、一緒に勉強するだけの仲のはずだった。
いつのころからか、勉強の話だけではなく、世間話であったり色々な話をするようになった。他の生徒とするような、他愛のない話であったが、どこか違った気がする。
二学年の二学期末テストが終わったころ、思うように順位が出なくなっていた俺は、美並にどこかに出かけないか提案した。
勉強に疲れての息抜きというのも嘘ではなかった。だが、理由はそれだけではなく、美並となら出かけても楽しいかもしれないと思っていたというのもあった。
俺には、誰かとどこかに出かけた経験はほとんどなかった。だから美並の行きたいところにしようと、任せることにした。
美並は映画を提案してくれた。
俺は観る作品までも美並に任せた。
映画なんてほとんど行ったことがないし、美並が女子ということもあって、何を見ればいいか分からなかった。だから、本当の意味で観る映画が何でもいい俺が、相手に任せるのは合理的だと思ったからだ。
そんな映画はまぁまぁの出来だったが、美並と観れたことが、美並とそのことで話せたことが、俺には楽しかった。
その後で貸してもらった原作の本も面白かったが、それについて美並と話すことの方が本よりも面白く楽しかった気がする。
少し不機嫌にさせてしまったこともあった。それでも、美並は俺と変わらず付き合ってくれた。
美並は喧嘩のように思ったかもしれないが、俺は議論しているようでそれすら楽しかったんだがな。
そして、いつの間にか姫川への恋心、そもそも恋であったのかどうかも危ういそれは消えたかのようで、美並と話したり遊んだりしていたらそれでいいかと思うときもあった。
それが、あの二学年の学年末テストの六位という結果だった。
「私は、本陣くんと一位二位で並んでいたいの!」
まさか美並がそんなことを考えていたとは思ってもいなかった。
成績を少し下げても、もう少し二人で楽しんでいたかったのだが、美並の希望には応えたいと思った。もちろん、美並のためじゃなく、俺自身のために。
どうでもよくなっていた一位だったが、もう一度取りにいってみようかと思った。
一位を取ったら、美並菜水に告白するために。
三学年の一学期中間テストで調子を取り戻しつつあるのを実感し、一学期末テストでは完全に取り戻したといえた。後は、更にその上を次のテストで出すのみと思っていた。
だが、その二学期中間テストでは、あの姫川を上回ったものの、美並に負けてしまうことになってしまった。今までのパターンではあったのだが、ここにきてまさかという思いだった。
美並、お前はどこまで俺を楽しませてくれるんだ。
思うようにはならないが、楽しかった。
美並と勉強することも、順位を競うことも。
一位を美並に阻まれてしまうことさえも。
だが、決して諦めたわけではなかった。まだテストは残っているのだから。
しかし、残る二回のテストは、美並とは一勝一敗。そして、一位はどちらも姫川で俺が取ることは叶わなかった。
少しは沈んだ気持ちになっていたものの、美並とは一緒の高校を受験するし、地域屈指の進学校といえど俺と美並なら難なく合格もするだろうから、告白を急ぐ必要もないかと致命的に落ち込むことはなかった。
さすがに僅かには引きずったまま受験に挑むことにはなってしまったが、知識には影響がないし、受験直前の美並との会話がそんな不安材料である精神も安定させてくれただろうか。
受験校に姫川がいないことには、少なからず驚きと残念な気持ちがあった。彼女と競うこと、いや、美並と一緒に彼女と競うことがもうできないことは、何とも寂しく思ったからだ。
楽しかったのだろうな。それも。
卒業式の日、高校受験では俺が校内一位だったのではないかと、校舎裏で美並から聞かされた。基本一位から三位に入る三名。その中の二人に勝っていたというのだから。
一位を取ったら彼女に告白する。
我ながら、下らない条件であったと思う。だが、今はそれに従うことにした。
美並に告白する。
だが、その前にしなければならないことがあると思った。
下らない条件の、一番最初の相手、姫川悠子。
彼女に今の思いを伝える必要がある気がしていた。
姫川がいたから、俺は一位を目標にした。
そのおかげで、俺は美並と出会えた。
そして、美並に告白する前に確認したいこと。
自分が本当に、姫川を前にしても恋情を覚えないのか。
好意というものの、勘違いと本当を明確にしなければ、誠意をもって美並に告白できない。
最後の最後に、そんなことを思ってしまった。
突然のきっかけに、すぐには対応できなかったせいかもしれないが。
俺は、姫川のところに行って、今までの感謝の気持ちを告白した。
そして、姫川と対峙して話をしても、美並に想うような感情は湧いてはこなかった。
分かっていた。俺がもう姫川に気持ちがないことは。でも、この感謝の気持ちだけは、伝えずにはいられなかった。
姫川に告げた俺は、急いで美並と別れた校舎裏に向かった。
美並はまだあの辺りにいるだろうか。いなかったら追いかけるが。
そんな心配は無用だった。どうやら、美並はあのまま動くことなく、校舎裏で俺を待ってくれていたようだった。
何故か、美並は涙を流していた。
「随分、早かったんだね。結果は?」
「聞くな」
問題ない。全て終わらせてきた。
しかし、告白する気で戻ってきたのだが、卒業で感極まり、涙を流すほどに気分が落ち込んでいる美並に言うのは、フェアでないような気がした。
この後、二人で出かける約束をした。
そのとき、美並は切り替えが済んでいるだろうか。済んでいたのなら。
この想いを伝えよう。
一位を取ったからじゃない。
一位を取っていなかったとしても。
好きだから、告白する。
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